私佐藤道子は他人に本心を見せられない。
乙女ゲームをしていても悪役令嬢ばかりに感情移入してしまう。
彼女たちだって本当はもっと柔らかくなりたいはずなのに…
そう私はどこにでもいる天邪鬼な20歳と72ヶ月の若者(彼氏募集中)。
そんな私は気がついたら、見知らぬ部屋で髭の豊かなおじ様と向かい合って座っていた。
会ったことがないはずの人だけど、どこか既視感のある顔ね…
この部屋もまるで応接室のような作りだけど、わたくしとお父様の間にあるテーブルなんて木製だしまるで中世にタイムスリップしたみたい…
え?わたくし?
私自分のことを”わたくし”なんて言ったの?
それにお父様って誰?
「ミレーユ。聞いているか?」
「ええ。確か今日私の誕生日でしたわね」
お父様、ヴァンドーム侯爵家当主が次女である私を執務室に呼び出すイベントは確か、誕生日に婚約者の話をするためだったはず…ですわ。
「ああ、改めて誕生日おめでとう」
「嬉しいですわ」
「そこでだ。ミレーユ、17歳になったのだから婚約者と会う機会をそろそろ設けた方が良いかと思ってな」
この世界の貴族は物心がついた時には婚約者がいることが多い。私なんて20歳(+72ヶ月)なのに彼氏できたことないのに…
この世界?
人によっては生まれる前から婚約者がいることもあるようだ…ですわ。
しかし、婚約者といっても頻繫に会うとは限らず、結婚する前に会うことも多いのですわ。
わたくしは学院生でございますので、18歳で卒業した後に結婚する予定でしたわ。
予定でしたわ?
私は20歳(+72ヶ月)。
でもわたくしは17歳(+0ヶ月)。
私は佐藤道子。
でもわたくしはミレーユ・ヴァンドーム。
私…わたくし…
乙女ゲームの悪役令嬢になっておりますの!
「ミレーユ。誕生日プレゼントに服と宝石を与える。それで着飾ってアルフレッド殿下と食事でもするといい」
「お父様。考え事がございますの。少々お静かに願いますわ」
「お、おう」
わたくしが転生したのは悪役令嬢ミレーユ・ヴァンドーム、17歳(と0ヶ月)!
高飛車な振る舞いでドジな主人公アリアを糾弾する侯爵家の次女ですわ。
ゲームでは、忠実な執事がフォローをしてくれましたけど、終盤になると婚約者の第三王子のアルフレッド様には婚約破棄されますし、お父様には勘当されますし、さんざんでしたわ!
惨劇を回避するためには、周りに愛想よく振る舞わなくてはなりませんわね。
ミレーユは素直になれないだけで…
クリア後のおまけエピソードを見ていただければわかりますわ!
努力家で自分にも他人にも厳しいミレーユは誤解されやすいのですわ!
わかってはくれないのですね…
ミレーユを幸せにするためにはわたくしは変わるしかないのですね。
でしたらわたくし素直になってもよろしくってよ!
* * *
「~おっほん。ミレーユ、そろそろいいか?」
「よろしくてよ!」
いけませんわ。気合いを入れすぎて天井を指差してポーズしてしまいました。
さらにお父様に高飛車語を使ってしまいましたわ。
「ミレーユ。先も言ったように殿下との件、頼んだぞ」
「わかりましたわ」
「存分に楽しんでいくといい。なにか問題があればセバスチャンに聞くといい」
お父様が右手を少し上げ、指を鳴らすと執務室の扉が開き、銀髪の少年が入ってくる。
「旦那様。失礼いたします。」
「セバス。トパーズの首飾りとそれにあうドレスをお父様に買っていただくの、それに似合うポーチを選びたいのよろしくて?」
「お部屋に並べております」
執事というのは本当になんでもお見通しなのかしら。
執事には大別して2種類あるというのは公式ガイド本で見たことがございますの。
一方は、己の一生を主人に捧げ、執事でいる限り独り身を貫くもの。
もう一方は、既存の子弟が教育の一環としてある程度の年齢になるまで勤めるもの。
今わたくしの後ろを歩いているセバスチャンがそのどちらに属するかは、
主であるわたくしでさえ知らされていない。
セバスはどちらに属するのかしら。
部屋に入り、ソファに腰掛けると膝の上に布がかけられる。
視線を動かすとセバスと目が合った。
銀髪の少年。物心ついた頃からわたくしに仕えていた男の子。
顔つきは幼さを残すというのに、物腰は大人びている。
彼は慣れた手付きで膝掛けの皺を伸ばしている。
「お嬢様。ご不要でしたか?」
「いえ、そんなことなくってよ。」
いけませんわ。この素っ気ない態度がわたくしを悪役令嬢と勘違いさせておりますのよ。
わたくしは膝掛けを左手でゆっくりと撫でる。
「暖かいですわ。ありがとう。セバス」
「光栄でございます」
少年執事は右手を胸に当て、礼をする。
こんな芝居がかった仕草でも様になっているのはイケメンのズルいところですわね。
あと数年もすればV系のロックバンドにでも入れそうな美形なのに
子犬のような性質も兼ね備えているなんて…恐ろしい子。
「なにか気になることでもあったの?」
「いえ、お掛けしたらお嬢様と目が合いましたのでご不満な点でもあるのかと思いまして」
この世界ではエアコンなどないのですから、温度調節は布と毛皮、火とあとひとつ、魔法で行いますの。
だから春先の暖かいこの季節であっても、普段着は薄着をして、膝掛けや上着などで調節をするのが一般的ですわ。
そして貴族の令嬢に膝掛けを掛けるのはキザな殿方か、使用人ですの。
しかしーー
「そんな風に思われるほど、わたくしはあなたと目を合わせていなかったのですね」
ふと思ったことが口から出ていたことにミレーユは気がつかなかった。
* * *
「下の者を思いやられるようになられたのですね」
少年執事はそう独り言ちた。
ミレーユのポーチ選びの片付けがようやく終わる。
一人で仕事をしていると口から声が出てしまう。
「まだまだ一人前の執事は遠いです」
執事はミレーユのことを考えていた。
セバスの主は弱者を虐げるような方ではない。
そのような方ではないが、ただ厳しく、偏りのない方なのだ。
貴族の子息とは、平民とは異なる。
それは生まれながらにして地位が固定されている点だ。
そのため、貴族というと地位に胡坐をかき、堕落している者をイメージする人も多いだろう。
ただ、その貴族が堕落しているかは外から見て判断できるものではない。
自身の地位を理解し、高貴なる者、青き尊き血を示すのが貴族の在り方である。
一見豪勢な性格をしているように見えても、民や外交相手へ威厳を示して統治を安定させ、
豪商たち資本家階級の情景をくすぐり、金銀を市井に流すことで経済を回している。
貴族と平民では在り方が異なるのです。
その中でお嬢様のあり方は異質でございました。
立場ではなく、一人の人間であることを意識して努力をし
令嬢としての研鑽だけでなく、学院の学問など優先度があまり高くないものにも満遍なく取り組んでいる。
ただ、やっかいなものは全ての人間が自分と同じだけ努力して当然であると思い込んでいること。
それが問題である。
執事として、僕はお嬢様を諌めなければならない。
ミレーユ様のひたむきな努力をする向上心があれば、社交など令嬢の主たる分野に専念されれば、
もっと評価されるに違いない。
伸びるはずなのに伸ばせていない。これは執事として、由々しき問題だ。
しかし、何事にも努力せずにはいられないミレーユ様の姿を僕が好ましく思っていること、
これこそが最大の問題なのかもしれません。
『暖かいですわ。ありがとう。セバス』
『そんな風に思われるほど、わたくしはあなたと目を合わせていなかったのですね』
主人の言葉が脳裏に響く。
「ただ、お嬢様は周りの者を見るようになられたのではないでしょうか」
真面目なお嬢様は、使用人や平民の領分はしっかりと理解なされ、貴族とその他との壁は理解できていらっしゃった。
他の者、特に学院生など同世代のご令息・ご令嬢方にはやや冷酷な子供に見えたかもしれませんが、
成人貴族とはかくあるもの。早熟といえる。
なにがあの方を変えたのかはわからない。
しかし、良い兆候のように思います。
「まずは殿下にお褒めいただくようなお嬢様のお召し物の準備をしなければ」
「ッ」
胸に針が刺さったような感覚がした。
疲れが出たのだろうか。
体調管理もできてないとはーー
「まだまだ一人前の執事は遠いです」
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それではご機嫌よう。
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