マジックバレル・ガンスミス

敗残兵の矜持と悪魔の哲学
我楽娯兵
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魔法の銃

公開日時: 2024年1月8日(月) 22:00
更新日時: 2025年3月22日(土) 01:22
文字数:3,215

 過去、伝説や逸話に語り継がれてきている魔法の道具はあまたあれど、今の今迄『銃』は存在しなかった。

 その理由はなぜか。

 魔法とは対極に位置する科学の結晶たる銃砲火器。火薬を使い弾丸という質量を火薬の爆発力と慣性の力を使い発射する。


 正しく科学的。理論的に、論理的に、自然物理学的に、理詰めの果てに人間が手にした誰もが再現の出来るパーフェクトな武器だ。

 対する魔法はどうだ? 

 剣や杖を使い異様な力で現象を発生させる。傍から見れば正しく超常現象、『魔法』としか言いようのないそれだが、しかしながらそれらは魔法が完全に発動しかてからしかその威力を発揮できないだったり、剣ならば修練が必要だ。

『魔剣と杖を持った魔法使い』と、『トンプソンを持った一般人』。

 この二人が戦って一体どちらが勝つ? 

 明快だ。至極単純で解であり結論で言えば『トンプソンを持った一般人』だ。


 先手必勝。引き金を引くだけで.45ACP弾のフルメタルジャケット弾頭が魔法使いに炸裂し、初速にして70 m/s、炸裂エネルギーにして561Jジュールのエネルギーで魔法使いの身体を八つ裂きにする事だろう。

 銃のそのお手軽さもさることながら、面倒な詠唱や、必要とされる魔力もいらない。

 世界が、そのいびつに歪んだ法則の賜物である魔法に打ち勝つルールを、自然定数に仕込んでいたのだ。


 人間はその真実に気づいた。過去では『錬金術』とされた化学は発達し、黒色火薬から無煙火薬を生み出し、工学は発展し先込め式フリントロックマスケット銃から弾薬の長期保管性能を突き詰めより洗練されたユニットと化した実包とM1ガーランドなどの銃小火器に姿を変えた。

 果てには戦車や戦闘機と言った兵器群を生み出すに至る。


 科学の躍進に休みなし、しかしながら翳り闇に葬られた遺物に成りつつある魔法もまた進化するに休みは無い。

 衰退はすれど、その息の根は止める事など一度もなかった。

 細々とその息を続ける魔法や魔術は、その特異さを誇示する為により多くの者たちの目に入らないように、ある時は『奇跡』として、ある時は『権威』として、そしてある時は『霊能力』として生きながらえる事を許された。

 数少ない稀少な能力は次第に強大な権力と付随するようになる。

 青幇、バチカン、ビルダーバーグ会議、様々な秘密結社達と手を携え歩みを共にしてきたが、世間というのは強欲なもので秘密を秘密とすることを良しとせず、公然と世に暴き立ててもうこの世界で『秘密結社』なんてものはもう存在できなくなった。

 アメリカのイェール大学発のスカル・アンド・ボーンズは会員名簿を公開しているし、フリーメーソンだって入会条件を公開している。

 秘密なんてありはしない。この世は隠さざるを良しとしない。


 だが時として、秘密は秘密であることが、影は闇の中でこそ重要な意味を持ってくる。

 魔法使いたちはその出で立ちから産まれ、歴史的背景を見れば自ずと隠れざるを得ないのだ。中世では魔女狩りにあった、セイラムでは虐殺に合い、オセアニアでは未だに死刑にされる可能性がある。

 故に隠れた。隠れるざるを得なかった。

 だがそれももう『時代』が許すことがないのだ。

 魔法使い達は時代の矢面に立たされ、己等の行く末を決める分水嶺に直面している。


 ーー1947年に、魔法使いは復活する。ーー


 だが昔の世界ほど今の地球環境は魔法を行使する性質を持っていない。

 大気中に含まれる魔法行使に必要な要素、『第五元素』が枯渇している為に、より複雑化した術数式を複雑怪奇な幾何学構造を用て編み込み、効率よく効力を引き出さねばならなかった。

 黒魔術師みたいに人やニワトリの生き血を十字路に撒いて悪魔召還で魔法が行使で来た時代は過ぎ去り、今はそれら超常の力を行使する為に緻密に制御され、物理定数に従うように生成された出力装置が必要だった。


 十数世紀前は杖だっただろう、五百年前は魔法陣だったろう。

 様々な装置や工程を経ていただろうが、だが現代の魔法行使の道具や工程は、緻密に演算されたゲマトリア計算式の数値とそれら計算機資源となる巨大なコンピュータ装置であり、それらが導き出した魔術式データを紙テープに穿ち、公式化された魔法は地域ごとに編纂ローカライズされ魔法に成る。


 大気中の微量の第五元素を収集し、圧縮、濃縮する事で魔法行使に必要な環境からまず整えるのだ。

 出力される魔法は超弦理論に基づき無数の可能性、現実、現象を生み出す。

 過去魔法使いたちはガイヤやアカシックレコードに接続し、魔法を引っ張り出していたと言うだろうが、現在の魔法使いはその接続を断たれ、実現可能な超常しか行使できない。

 箒に跨り空を飛んだり、ヒールと唱えて傷を治したり、カボチャに魔法をかけて馬車にしたり──そう言った事は現代の魔法使いは出来ない。


 だが、物理定数に乗っ取た超常を科学の結晶たる銃砲火器に付加価値化エンチャントすることは可能だった。

 中世ならば身に溢れた武器と言えば剣か弓矢だろう。

 現に伝承として魔剣、魔弓の類は多く伝わっている。それは偏に剣や弓がありふれていた武器だったからだ。

 現代の武器は『銃』だ。刀剣はあからさまな殺意が見て取れる。弓矢なんて以ての外だ。

 だからサクっと取り出せて、引き金一発ですべてを終わらせる銃こそが、現代においての『魔剣』だ。


 ここに『M1911コルトガバメント』がある。


 その銃砲身バレル内部、螺旋状溝ライフリングの溝に魔術式を刻み込んでいる。

 魔術効力は『着弾物に弾丸速度を付加する』という至極単純なモノ。

 物理学を極めた者ならその定数を理解できるだろう。運動の第3法則、作用・反作用の法則の反作用を作用の方向へ傾けるだけの簡単なモノだ。

 だが、これを作るのに多くの犠牲を払った。

 国家組織や世間体、魔術クランの眼などもあるが――一番は騎士団からの隠匿だ。

 一挺の銃身を製造する為に多大な犠牲を払った。だがしかし、犠牲に見合った成果はあった。


 世界中に個人で銃火器を改造、製造するガンスミスというのは五万といて、密造銃を量産しているが、魔法銃の製造ばかりは世界でも限られた人間しかできない。

 この時代、銃身内部に魔術刻印を刻む技法は大抵が精霊と契約を行い、その力を借りて刻む。手先の器用なモノたちなら手作業で刻むのだろうが、それも労力が掛かる。

 精霊と契約すること自体が困難な時勢で、コレしか確実な魔法銃の生成法が確立されていないためだ。

 魔法が付与された銃など、どの組織でも喉から手が出るほど欲しがっている。


 ギャングにマフィア、軍閥に軍隊、秘密警察から秘密結社、企業やら財閥、個人的なコレクターに至るまで『魔法』という付加価値は無視できない。

 一挺製造するのにかかるコスト──私の場合はガンスミスと顔なじみだったからそこまで費用は掛からなかったが、組織ぐるみとなれば大事だ。


 世に出回る魔法を欲す輩、世の光より隠れようとする魔法使い。

 物事は単純ではない、魔法使いたちも一枚岩ではなく、私の様に世に出ようとする者のも居れば隠匿せしめようと暗躍する者迄、人の数だけそれぞれの思想があった。

 私はただ魔法を極めんとするモノ、数あまたある魔法を極めそれを覚え発展させる。

 そう宿命づけられたんだ。


 そんな小娘が、悪鬼跋扈する世に身一つで出るのは心許ないと、一挺は自ら術式を計算し製造したコルトガバメント、そして師匠から盗み出した錆びた骨董品のマスケット銃の銃身だけ。

 準備は満タン。資金もある、戸籍も、国籍も、経歴も、仕事も、人が普通に生きていけるだけのモノはすべて揃えた。今まで存在しなかった架空の人物の出来上がり。


 チェコ共和国で生まれ、ドイツから逃げてアメリカのマサチューセッツで育ち、ロシアに留学し、イタリアの一角に居を構え、日本に戦時調査で出稼ぎに来ているピチピチの十七歳の従軍女子だ。

 名前は、ミハエラ・ソルティ・デシャン。少々とってつけた名前だなと、思うが仕方がない。実際とってつけた名前だ。

 さあ行かん、この未知広がる大海原の世界へと。

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