「炎竜・水竜・雷竜・空竜・土竜・氷竜」の六種の竜人が存在する中、一人の王が誕生した。
王は全ての力を行使した上で、瞬く間に「世界」という大規模の範囲に蹂躙し、全ての理を覆す。
ある族は王と「平和協定」を結ぶことで、争いをしないように避け、またある族は王を味方につけるためには、額を地に擦り付けることすら惜しまない。
周りからの評価が与えられると同時に、同胞である竜人族の評価も傾斜が急な右肩上がりとなり、いつしか竜人族は広く世界に名を馳せた存在となっていた。
すでに世界を王が支配していると言っても過言ではなく、恐らく王の名を知らぬ者はこの世にはいないだろう。
その王の名こそ――――ヘルゼア・ボルテギウンという。
「「竜王」と呼ばれし者よ。「魔王」とは一体何だと思いますか?」
竜王である俺に対して話を投げかけてきたのは、胸部を竜人族の宝剣として祀られてきた「竜剣」で貫かれた魔王ヘルネイラだった。
紳士服を身に纏うヘルネイラという男は、六つの人族の王国の五つを壊滅させたことで名を馳せた、史上最悪の極悪魔王だ。
そんな魔王を討伐すべく、協力関係にあった人間族である勇者ゼランとその仲間たちと共に魔界へと攻め立て、魔王にとどめの一撃を俺が食らわせた――――。
そして現に至るというわけなのだが、魔王ヘルネイラが一体何を思って俺に尋ねてきたのかはよくわからない。
「魔王ヘルネイラ、お前の言っている意味が分からない。ただの負け惜しみというわけでもあるまい」
すると、ヘルネイラは胸部から滴れる血に屈するどころか、余裕の笑みを俺に見せつけながら告げた。
「簡単な話ですよ、「魔王」とは一体どういう存在なのか。あなたの考えを聞きたいだけなのですよ?」
「お前・・・狂ってるな。よくもまあこの状況で、敵である俺にそんなことが聞けるな?あいにく、「魔王」は世界を脅かす魔族だと俺は思っている。だからお前を殺す、単純な話だろ?」
世界を脅威で染めるであろう「魔王」には、殺すだけの価値は十分にある。
五つの人族の王国を壊滅させておきながら、脅威とならないわけがなく、いつかは竜人族にもその災いが降り注ぐかもしれない。
だとしたら、人間族の勇者ゼランと共闘して魔王ヘルネイラの首を討ち取ることが俺の今為すすべきことであり、俺にとって「魔王」というのは、討たねばならない「害悪」だという認識で間違いなかった。
だが、魔王ヘルネイラは俺の思考を完全否定した。
「なるほど、なるほど、どうやらあなたは「魔王」という存在をまだ知らないようですね」
「俺が・・・「魔王」を知らないだと・・・?」
「ええ、だからあなたは人間と手を組むのですよ。なぜ人間と手を組むことがおかしいと言われるのかわかりますか?それでは無知なあなたにまず「魔王」とは何かをお教えしましょう」
ヘルネイラは、俺が履き違えていると指摘する「魔王」について語りだす。
「「魔王」は魔人族の長という意味ではないのですよ。「魔王」とは本来、「魔物の王」という意味だということを知っていましたか?」
「「魔王」が「魔物の王」だと・・・?ふざけるな、そんな話を信じるとでも思ったのか?」
「嘘ではないのですよ。だから私は人間以外を殺していない、それはその目で見てきた紛れもない事実だと思いますが?」
確かに、まだ人間族以外の種族は、魔王の手によって壊滅状態にならずに済んでいる。
一見、間違えたことを口にしていないように聞こえるが、それはあくまで、まだ人間しか襲っていないから言えることなのだ。
人の言動など、後からいくらでも変幻自在に変えることができる。
だから俺は、魔王ヘルネイラの一言一句に惑わされたりしない。
「お前の言葉が真実だとしても、五つの町を壊滅させたことには変わりはない。地獄で罪をあがなうがいい!」
そして俺は「竜剣」に全ての力を注ぎ込み、魔王ヘルネイラの核を完全に破壊した。
核を破壊された魔王ヘルネイラの体がこの世界から姿を消そうとする中、ヘルネイラは俺に向けて最期の言葉を放った。
「すぐに私の言葉の意味が分かると思いますよ?そしてあなたはきっと後悔するでしょう」
「お前は・・・何を言っている・・・?」
「あなたなら分かってくれると信じていますよ?なぜなら私とあなたは分かり合える横繋がりで結ばれているのですから」
「横繋がり?本当にお前は何を言って・・・」
魔王ヘルネイラは、言葉に魔法を吹き込んだのだろう。
俺は、ヘルネイラの言葉に乗せられる正体不明の魔法を問答無用で弾き飛ばそうとしたが、なぜか体がその行為を許さなかった。
魔王ヘルネイラの小細工に、まんまと引っ掛かってしまったのだろうか?
俺は抵抗虚しくも、ヘルネイラが死に際に放った魔法を食らってしまったのだが、奇妙なことに体に何一つ変化が起こらない。
「お前・・・、一体何をした?」
俺が何度も問いかけても、魔王ヘルネイラは笑っているだけで何も答えようとしない。
ようやく口を開いたかと思えば、ヘルネイラは俺に一言、不可解なことを告げるだけだった。
「また、会いましょう・・・」
その言葉を最期に、魔王ヘルネイラはこの世から完全に姿を消滅させた。
魔王ヘルネイラが何を言いたく、何をしたかったのか。魔王死後の今となっても俺には分からない。
何の意味があって、俺に「魔王」について考えさせる時間を作ったのか。
そんなくだらない事を口にするだけの余裕があるのなら、さっさと反撃の手に出ればよかったのに。
ーーいや、待てよ・・・?
今となって俺はあることに気が付いた。
魔王が俺に攻撃を仕掛けてきたことがあっただろうか?
魔王ヘルネイラの攻撃の先は、いつも人間族である勇者ゼランたちだけだった気がする。
--まさか、魔王の言っていたことは・・・・・・
本当だったのだろうかと一瞬思ってしまったが、恐らく勇者ゼランたちが使用する聖なる魔法が厄介だったから先に始末しようとしていただけだろう。
俺は、騙し入れようとする魔王ヘルネイラの言葉を脳内から振り払い、母国である竜人の国へと足を向ける。
魔王が消滅した今、俺たちを待っている未来は、きっと輝かしいものだろう。
知りえない未来に期待を膨らませながら、母国へと帰還しようとしたその時、恐れていた事態が起きてしまった。
魔王が蘇った?その程度で済まされる話ではない。
「ゴホ・・・っ!」
気がつけば、俺の口からは滝のように血が流れ出ており、胸には見覚えのある剣が突き刺さっている。
この剣は、人間が神の御加護だと崇めていた「人神剣サタルダス」で間違いない。
その神剣が俺の胸部を貫いているということは、犯人は言うまでもなかった。
「勇者ゼラン・・・!一体どういうつもりだ・・・?」
「人神剣サタルダス」を力強く握っている勇者の顔色を窺うことができない。
心臓を潰してくれたおかげで、呼吸が上手くできておらず、酸欠が原因なのか視界が歪んで見えたのだ。
しかし、視界が歪んでいたとしても姿ははっきりと捉えられている。
そして俺は、勇者ゼランに向けて魔法を行使した。
「吹き飛ばせ、「空風弾」!」
俺の体から吹き出される空風の弾が、勇者とその後ろで控えていた人間たちを吹き飛ばす。
彼らが倒れ込んでいる隙を見計らい、必死に止血をしようと試みるが収まる気配がない。
胸から溢れ出す血液量は、魔王ヘルネイラの時とは比べ物にならなかった。
「クソ、止まれ!止まれ!止まれー!」
俺は『炎、水、雷、空、土、氷』以外の魔法が使えない。
今回の魔王討伐において、回復担当は人間族の方に任せていた。
不運はさらなる不運を呼ぶとはまさにこのことで、魔王討伐のリスクを考慮した上で、竜人族は一人足りとも連れてこなかったのだ。
要するに、この場にいる竜人族は「竜王」である俺だけだった。
「クソ!なんでこんなことになった?」
俺が必死に止血をしている約百メートル先で、人間族の回復担当が同族の傷を癒している。
「おい・・・!俺も、俺も回復しろ!今ならなかったことにしてやるぞ?」
必死に訴えかけても、人間族は一人も俺に応じなかった。
それどころか、揃いも揃ってニヤついているように見える。
まるで、全ての作戦が成功したかのような顔つきだった。
「クソ・・・、舐めやがって・・・舐めやがって・・・!」
俺を陥れてくれた勇者一味を「獄炎」で焼き払おうとしたが、標準が定まらないほどに視界が揺れてしまっており、魔法の発動までには至らなかった。
そして俺は反撃の糸口を探りながら、しばらく視界の歪みに耐えていたのだが、限界が近づいてきたせいか、終いには無気力状態のまま倒れ込んでしまった。
視界はともかく、聴覚はまだ正常に働いているわけで、聞きたくもない人間族たちの歓喜の声が鼓膜に貫通する。
「なぜ、俺が殺される運命に遭っている?俺が一体何をしたというのだ」
自己分析をするも、心当たりが一切ない。
いや、心当たりが一切ないというのは、自分で逃げ道を作っているだけだろう。
本当は理解していた。だけど、信じたくなかったのだ。
魔王ヘルネイラと最期に交わした言葉が、まさか嘘偽りのない真実だったということを。
それにヘルネイラが最期に残した「すぐに言葉の意味が分かると思いますよ」という言葉。
その言葉の意味も全て知ってしまった。
「竜王も魔王と同じで、人間にとっては邪魔な存在だったというわけか・・・」
名声が上がったことで、名無き「魔物」から脱することができたと思っていたのは、俺単独の素晴らしい勘違いだったようだ。
人間にとっては、名無き魔物を統率する「魔王」も、名有り竜人族を統率する「竜王」も大した差は無いようだった。
人間族の理不尽な裏切りによって、十五歳という若き「竜王」はこの世から消し去られてしまう運命に陥ったわけなのだが、この時の俺はすっかり忘れ去っていた。
魔王ヘルネイラが、この身に掛けた魔法の存在を。
初めに読んでいただきありがとうございます。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!