寝たら死ぬ。どこかのチープなB級映画のテーマのようなそれは、私にとっては現実だった。
何度も死んで、それでも原因はわからなかった。
しかし、何事にも進展はあるものだ。
学園長の軽すぎるセリフによって、ついに私のここ最近の死因が、幽霊に取り憑かれてお仲間にされることだと判明したのである。
「あっはは、そんなに怖がることないのに!」
「いや……怖いですよ……」
太陽が頂きに近づいてきた、午前十一時過ぎ。宣言通り制服と学生証を持参してやってきた学園長は、ブランケットで必死に身を守る私を見て大笑いした。
「わからないのは、未知は、怖い。です」
そう言いながら、私はブレザーのボタンを外す。ハンガーごといただいた制服一式に不備がないか確認しているのだ。
「……なら、君にとってここは安心できない場所なのかな? リューネ」
「え……」
ふと、宙に浮かんだ学園長と目が合う。
学園長はあまりにも真剣な目をしていて、そんなの当たり前ですけど……。とは、口に出せなかった。
というか、今、リューネって呼ばれた?
「あの、名前……?」
「あーそうそう! これが君の学生証」
ポイと、皮のパスケースが投げられる。
開いた中には最初謎の言語が並んでいたが、瞬きをした次の瞬間には見知った言語だった。
さすがファンタジーだ。もうこれくらいじゃ驚かない私である。
「リューネ……私の、名前」
「良い名だろ? この世界は、天に輝く月がとても重要な存在でね。そこから取ったんだ」
「……ありがとうございます」
この世界でしか使わない名前だというのに、リューネと呼ばれるのは案外嬉しかった。呼ばれると、不確定な私の存在が認められた気になれる。
「まあまだ慣れないだろうけど、そのうちにちゃんと君の名前になるさ」
「そう、ですね」
とはいえど、そんなに慣れるほど長くはいたくない。そこまで辿り着くのにどれだけ死ぬのかわからないので。
「あとはそうだな、そんなに心配なら守護魔法でもかけとく?」
「守護魔法?」
どこからか、学園長の手の中に大ぶりの杖が現れた。きっと学園長がちゃんと地面に立っても、その身長より高いだろう。
それくらい大きくて、豪華な杖だった。
そして学園長は、呪文を唱えながらそんな杖を一つ振る。物に当たらないかヒヤヒヤしていれば、光の粒が発生して私にまとわりついた。
きらきらと視界が一面光り輝く。
「すごい」
「うん、完璧。まあ結局、幽霊に効くのは生きる気力だから。気休め程度なんだけどもね」
「あ、そうなんですね……」
奇跡みたいな光景に、これで今日は死なないかも。なんてちょっと期待したのだが、現実は厳しい。
デストラップ問題は変わらず早期解決が望まれるようだ。
「それでこの後なんだけ、ど……」
ふと、満足気に笑っていたはずの学園長の瞳が見開かれた。
同時に、私の視界がゆっくりと斜めになっていく。
「あ、れ?」
どうやら私は倒れそうになっているようだ。自覚はしても、地面がふわふわと柔らかくて、とてもじゃないが立て直せない。
私は流れに身を任せ、そのまま意識を失った。
微かな消毒液の匂いが鼻をくすぐる。ゆっくりと目を開けると、大きな紫色の瞳が私を見下ろしていた。
「ぇ、っと……?」
驚きからビクリと身体を震わせる。そして私は小さく声を発した。
倒れる最中もどうせ私はまた死ぬものだと思っていたので、この展開は予想外だ。
いや、そう何度も死ぬことに慣れるのもおかしいんだけど。
見下ろしてくる相手は、まん丸の目で一度だけ瞬きをした。それから、白いカーテンの向こうへ大声を出す。
「がくえんちょー! この子起きた!」
程なくして、少々億劫そうに学園長がやって来た。
「はいはい、そんなに大声じゃなくたって聞こえるよ」
「えー? でも学園長、もう歳じゃん」
「単位落とすよ」
「ごめんなさーい」
ふたりの関係性は生徒と教師のようだが、その掛け合いは遠慮がなく、まるで旧知の仲に見える。
彼も恐らく攻略対象なのだろう。
赤みを帯びた茶髪にワイシャツの上から羽織ったパーカーと、なんだか見た目も凡庸的じゃないので、ほぼ確定だ。
「さて、おはようリューネ」
「あ……おはよう、ございます」
くるりと学園長の頭がこちらへ振り向く。返事をしたけれど、私の声はパサついていた。水が欲しい。
「え! この子リューネって言うの! よろしくリューネ、オレは……」
「少し黙っていようか」
私に握手を求めようとした紫目の彼を、学園長はにっこり笑顔で封殺する。何度も言われているのか、紫目の彼はすぐさま両手で口を覆った。
「ここは保健室なんだけど、君、なんで倒れたか覚えてる?」
「……たしか、魔法をかけていただいて……」
「そうそう。意識はハッキリしてるね」
「むぐっ」
紫目の彼を押し退けて、学園長が枕元までやってくる。「ちょっと失礼」と一言置いて、瞳孔や脈を確認された。
「よし、良いだろう」
「あの……なんで、私は倒れて?」
「ああそれはね……」
根本のところを尋ねたら、学園長は言いづらそうに目を伏せる。困ったように笑う姿からして、気遣われているのだろうか。
どうやら、私にとって都合の悪い理由があるらしい。これ以上なにが? と思って、自然と眉が寄る。
「あのね! 君の魔力耐性がほぼゼロなんだよ」
見つめ合いの末、結局学園長より先に、紫目の彼が口を開いていた。
「……それは、どういう……?」
「ニオ、お前〜! 私が言いずらそうにしていたことを、どうしてそうも簡単に言うかなあ!?」
私の小さな呟きは、学園長の咎める声にかき消される。
「だって学園長が言えないなら、オレが言うしかなくない? オレ、みんなの代弁者だしー」
怒った学園長は怖いと思うのだが、紫目の彼改めニオさんは頭の後ろで両手を組み、悪びれる様子が一切ない。
心の傷が癒えない私はこんなにも空気になりたいのに、おかしいな。
学園長はまだ言いたいことがありそうだったが、最終的にはため息を一つ吐いて私に向き直った。
「ごめんよ、リューネ。あれだけ言われても意味がわからないだろう?」
「ひ……んん。あ、まあ、はい……」
一瞬出かけたか細い悲鳴を誤魔化し、私は頷く。学園長はそんな私にお水をくれた。ちょっと嬉しい。
「あのね、魔力耐性がないって言うのは……そうだな、アレルギーのようなもの。かな」
「アレルギー」
ごくり。水を飲み込んでから、オウムのように繰り返す。
「そう。魔法や魔力を持った物、人への耐性はそれぞれなんだけど、君はとにかく脆弱で……」
「脆弱……え、それは嘘でなく?」
学園長の言葉は、ほぼ今までの死亡率の理由と言っても良いものだった。
信じられなくてつい嘘かを聞いてしまったけれど、私が弱くて耐性がないから……だから、魔法で死んでいたのだろう。
「私だって嘘であって欲しかったよ」
学園長は心底そう思っているようだ。なんとなく申し訳ない。
「例えば初級魔法が向かってきた時。普通の人なら防御魔法をかけれるし、かけれない幼児や赤ん坊でも耐性があるから軽傷で済む。けれど君はどちらも不可能だから……恐らく死ぬね」
「マジ!? え、リューネってそんな弱いの学園長!」
「だからお前は黙ってろって言ってるだろう!」
「だってそこまでとは聞いてないし!」
言い合う二人をバックに、私は私の脆さに絶句していた。
初級魔法で死ぬ、赤ん坊以下のいきもの。それが私……。
どう考えても存在がこの世界に向いていない。
私がもし普通だったら、最初の光弾は怪我をしただけで終わったし、水泡も気絶するだけで終わったし、沢山の人達に殺されることもなかっただろう。
そもそも倫理観のある人間が不審者とは言えあんなにホイホイ人を殺すわけがない。
もしかしなくとも、私が弱すぎて耐えられず死んでしまっただけで、向こうはただ拘束したり無力化したりしたかっただけなのでは?
それが当たりなら、私をたまたま殺してしまったいつかの皆さんに謝罪したいくらいだ。
いや、魔法という私を殺す手段を持っているだけで正直割と怖いのだけど。
とにかく心底帰りたい。異世界こわいよ。もうやだ。
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