月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

六十二話 月は何も知りえないのです

公開日時: 2023年8月23日(水) 21:01
更新日時: 2023年11月20日(月) 18:48
文字数:3,857

「まずは我々の目的を明確にしよう」


 戯曲のように始まった学園長の演説を止める者はどこにもいない。ここがどこだとか、その言い方はどういう意味だとか、そんな質問があっても良いだろうに。反抗的なⅣ組生の姿は影も形もない。いや、もっと驚いたって良くない?


 ただまあそんなことを言ってもどうしようもないので、とりあえず私も静かに耳を傾ける。


「第一に優先すべきことは、リューネの蘇生だ。しかし死者蘇生は本来禁忌とされており、禁忌の使用は企むだけでも基本的には罪となる。ここまでは良いね?」


 なんにも良くないよ??


 初手からしておかしいと思う。それはもう、何もかもが。私が意見をしても誰も聞いてくれないのはわかっているが、眉が歪むのは止められない。


「ではそんな死者蘇生を行うためにはどうすれば良いか。必要なものは単純で、莫大な魔力。たったそれだけさ。まあ厳密に言えば、その魔力を伝達させるための詠唱やら魔法式やらがあるんだが……その辺りは私が何とかしよう」


 手を口元にやり、悩むような素振りをしたと思えば、学園長は急にパッと笑顔を見せる。なんで何とかできるんだろう……。

 まあそのくらい学園長が強いということかもしれない。魔力がどうとかそんな話は私にはよくわからないし。


 というかそれより、仮にも禁忌なのに、死者蘇生への抵抗感が薄すぎやしないだろうか。正直なところ、何かしらの禁忌を犯したことが既にあると言われたって不思議じゃないレベルだ。


「で、この莫大な魔力というのはね、当たり前ながら簡単に用意できるものじゃない。けれど、今日は紅月祭だ! 全く、これだけは幸運だったね。蒼月の時程ではないが、月の魔力はかなりのものだ。利用しない手はない」


 そこで学園長は先生の方を手で示す。


「月からの魔力を抽出するのはウィードルに任せる。その際、お前達の中から何名か……魔力の性質が近そうな者に手伝ってもらうから、そのつもりで」


 学園長にそう紹介されて、先生は一度何かを言おうとした。でも結局、先生が言葉を発することはなく。

 ただ、下ろした片腕を、空いたもう片方の手で、自身を覆うローブごとギュッと握り込んでいる。それはまるで何かを耐えるような、何かに縋るような……そんな仕草。


 もしかして先生、この禁忌に乗り気じゃない?


 だとするなら、さすが大人だ。倫理観がしっかりしている。もはやこの場にいる人の中で一番まともかも。私はずっと先生のことを怖いと思っていたけれど、これだけでじわじわ好感度が上がってしまう。

 それに、何よりあの少しだけ幼くも感じる立ち姿。あんな素振りを見せられると、なんだか心配になる。やめてもいいんですよって、言えたらどれほど簡単なのだろう。


 ため息をつけば、レムレスくんが急にこちらを振り向いた。


「えっ」


 肩が跳ねる。レムレスくんに追従するように、他のみんなも彼の目線の先を、つまり私を見てくるものだから、私は固まってしまった。そ、そんなつもりじゃ……。


「……レムレス。何かあったのかい?」


 学園長がそうレムレスくんに尋ねるのを耳にして、私は瞬時に首を横に振る。大丈夫だから! 何にもないから!


 なのにレムレスくんは何故かこちらへやってきた。なんで〜〜〜!?


「大丈夫か?」


 静かで薄暗い室内に、やけに切なげな揺らぎを持った問いかけがよく響く。触れはしないのに、それでも頬の辺りにレムレスくんの手が近づいて、誘導されるように私は顔を上げる。


「あ……うん……。あの、なんか……ご、ごめんね……?」


 優しいような、優しくないような。相反するふたつの印象を抱いてしまう、不思議な瞳に見据えられ、回らぬ口で何とか謝った。うまく笑えている自信はない。


「おい、レムレス。そこにいるんでしょ。お前、リューネに触んなよ」

「あぁ……?」


 ふと、私の頬の近くに浮いていたレムレスくんの手がニオくんによって叩き落とされる。ふたりの纏う空気にはギスギス、バチバチ、そんな擬音が良く似合う。火花が散っているような錯覚までして、私は幽霊なのに自然と縮こまってしまった。こ、こわ〜……!?


「や、やめよ……? その、喧嘩は……ちょっと……ね、ねえ……」


 しかし止める存在は私の他にはいないため、私が(主にレムレスくんへ)静止の声をかけるしかないのである。

 ああ、なんだかレムレスくんと初めて会った時のことを思い出す。あの時もニオくんはやけに怖い顔だった。普段はそんなに仲悪くなさそうなのになあ……。そういえば、いつの間にか粗暴な口調になっていたけれど、あの初対面の時のレムレスくんはもっと軽い……そうだ。さっき見たトレイルさんの喋り方によく似ていた気がする。彼の真似だったのだろうか?


 現実から目を逸らすように連想ゲームをしつつ、ふたりの冷戦状態が本格的な諍いに発展してしまわないよう祈る。


「……チッ、リューネ。なんか、言いてぇことあるか」

「え? えっと…………あ、じゃあ、先生に。あの、無理はしなくていいですよって……その……お願いします」


 すると突然、レムレスくん側の険悪ムードが霧散した。それに合わせて、ニオくんの冷たい真顔もいつもの……いや、いつもよりはさすがに少し暗いかもしれないが、とにかくゆるりと口角を上げた笑顔へと変わる。

 どうやらお互い矛を収めてくれたようだ。言いたいこと、と聞かれ真っ先に浮かんだのはさっき先生へ思ったことで、とりあえずそのまま伝えてみる。


「ん」

「あ! あと……ふたりとも、あり、がとう……っていうのも。レムレスくんと、ニオくんへ」

「………………ああ」


 こくり頷いてくれたレムレスくんは、ふらふらと名残惜しげな足取りで元の位置へ戻っていく。そしてそれをやけに静かな瞳で見送り、ニオくんもまた、私の前から離れていった。一瞬肩の荷が降りるような感覚を覚えかけたが、そういえば全然そんなことはなかったと思い直す。


 だって今から私は蘇生されるのだ。

 みんながそう、望んで。そう決めたから。


 また私の目が死んでいくような気がした。……疲れたな……。


「……うん、どうやらまとまった様だね? なら続きを話そうじゃないか」


 パンパン、と手を叩く音が聞こえて、顔を上げる。


「月から魔力を借りるとはいえ、人を生き返らせるにはまだ足りない。更に抽出することは出来なくはないが、そもそも月の魔力は我々人間が保有する魔力と比べると、あまりにも純粋な、原初のものだ。リューネの肉体が耐えれるか……という面で見ると、数人ほど生贄にした方がずっと不安がない」


 学園長はいつの間にか消えていたはずの杖を再度片手に持っていた。そして大振りな動きで杖を振る。きらきらと光の粒が舞って、九人ほどの男女が何も無いところに現れた。なんの抵抗もなく、どさりと地面に転がる彼らはどうやら気絶しているようだ。というかそれより……見覚えがある気がする。


「……あ」


 あの人たち、全員私に前話しかけてきた人じゃない!?


 ニオくんのお友達であるはずの女子生徒四名と、レムレスくんへ何か思うところ? があるとかいう男子生徒五名。それぞれに壁際へ詰め寄られたのをやっとこさ思い出す。え、なんでそんなピンポイントに……? 知られてたってこと……?


 というか、彼らが……生贄? 私のための? 私のために……こんなに大勢が、死ぬの?


 もうとっくに血なんて通っていないけど、それでもゾッとした。きっと今の私の顔色は真っ青だ。それは、それはダメだろう。人道的に、倫理的に!

 と言ってもただ私に優しかっただけで、ここのみんなが軽々しく禁忌を犯すような人達なのは、ここまで来れば揺るぎようのない事実。しかも私にこれを止めれるほどの力は無い。最早、声も出なかった。


「というわけで異論がなければこの九人を……と思っていたんだけど、かなり揉めていたからねえ。それに私としても、なるべく罪なき生徒を材料にはしたくないんだ」

「……後半はともかく、そりゃ揉めるだろって。バカなのあんた」

「おや、シャーニ! はは、随分良いタイミングだ。丁度お前の話をしようとしていたよ」

「は? 最っ悪! 結局あんたら……いや、お前ら全員、僕の一番嫌いなあいつらとおんなじだ! 禁忌くらいなら手伝ってやろうと思ってたけど、生贄ってなったら話は別だ。僕は降りる」


 誰も反抗しない、いや……出来ない静けさを切り裂いたのは、シャーニくんだった。誰が見ても嫌そうだと感じられるような、思いっきり眉を顰めた顔で、舌まで出して嫌悪を表す彼はこの場において確実に少数派だ。それはもうアウェーどころの話じゃないだろうに、堂々と私の蘇生へ反対をしてくれる。

 それに何故だか、私の感情を代弁されているような気までしてしまって、今度こそ身体中から力が抜けた。私だって生贄とか、やだよ。


「だからこそ、お前に抜けてもらっちゃ困るんだよシャーニ。はは、少し話し合おうじゃないか! 大丈夫、お前にもきっと納得してもらえるから」


 仄暗く、けれど遠目でもわかるほどにギラギラと、学園長の瞳が輝いている。逃しはしないとでも言うかのように。

 それを見ているうちに、何故か私の頭がふわふわしてきた。


「ハッ、なにそれ。相変わらず、イカれてるよ」


 シャーニくんが何かを言っている気がする。気づけば私の周りには光の粒がまとわりついていた。今、幽霊の私に干渉できるのは……ああそうか。レムレスくんか。

 回らぬ思考でぼんやり納得した。さっき、近づかれた時に何か仕掛けられたのだろうか。だとしても理由はわからないけれど。



 そうこうしているうちに、私の視界はぼやけ……意識はもう、保てなかった。


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