「ああもうほら、行きますよ」
「……はぁい……」
そのうちに痺れを切らしたペッカー先輩に引きずられ、私は三階へ戻ることになった。
これからどうすれば良いのだろう。私は死にたくないし、もちろん私以外の人にだって死んで欲しくはない。
けれどさすがにジュスティ先輩が命を狙われているなんて、そんなことは私がいたってどうにもならないのではないか。私はただ死に戻りがあるだけの一般人、いやなんなら一般人以下の生物なのだ。
でも巻き込まれて死んでるしなあ……。
仮に極力頑張って避けたとしても、彼の性格や世界の優しさや私の立場を考慮すると、あまり長くそうしていることは恐らくできない。しかし関わるとそこそこの確率で死ぬ。
これは……無理でもとにかく何とかしないと、ずっと私、死んじゃうのでは?
あっさりと導き出されたその結論は、中々に酷いものだった。ジュスティ先輩と私なんていつかの殺害犯と被害者くらいの関係値なのだが、そこの考慮はされないらしい。
C組とB組を通り過ぎ、私はA教室へ手前の扉からペッカー先輩に押し込まれる。
「わっ……」
「三年クトゥム・ペッカー、特待生を迎えに行って遅れました」
教室内にいた全員の視線がこちらを突き刺した。殆ど見知った顔とはいえ、さすがに気圧されてしまう。特に、教卓に立っている担任であろう男性は、モノクル越しに随分と冷ややかな目でこちらを見てきていた。
ああ……また私を殺した人だあ……。
つい、一歩後ずされば、ペッカー先輩にぶつかる。彼は私の心の機敏を読んだのか、何も言わずに場所を代わってくれた。まさかそんなことをしてくれるとは思わなくて、少し嬉しい。し、こういう優しさが私の心の傷を癒すので、私を殺した分どんどん優しくして欲しい。
「……学園長から話は聞いている」
「あっはい……よろしくお願いします……」
重々しい言葉に私は、ペッカー先輩の背後でぎこちなく頭を下げた。
緑髪を腰の辺りまで長く伸ばしている先生は、後ろ姿だけなら素敵な女の人だろう。しかしこうして相対すると、向こうが高身長なこともあり、普通に厳格そうな大人の男性で、割と怖い。私を殺したのもあって余計に怖い。これが品定めですか?
例えば、ジュスティ先輩が言葉の意味がわからなくて洒落が通じないタイプなら、この人は「馬鹿なことを言うな」と一刀両断するから洒落が通じないタイプである。いやまあ、偏見だけど。
「先程ジュスティ狙いで外部者が乱入したため、まだ出席を取れていない。それぞれ席に着け」
「はい……」
「はいはい」
教室にいる人数が少ないからか、みんなは一人で一つ長机を占領しているようだ。ペッカー先輩はさっさと先を行き、二列目の席を選ぶ。私も急いで向かって左奥の席に座った。一番後ろの列は視線が来づらいし、先生からも遠いので、安心出来る。
そしてようやく余裕が生まれた私は周囲を見回した。壁寄りのこちら側で、一番前を陣取るのがジュスティ先輩だ。床に転がされた暗殺者(仮)に繋がる縄をしっかりと持ち、真っ直ぐに先生を見つめている。
その横の机には淡い青緑の髪をした、見知らぬ男の子。隣にあれだけ手本のように制服を着るジュスティ先輩が居るというのに、彼はブカブカのシャツの上に深紅のニットベストで終わっている。なんとなく、勇気あるな……と思った。
次の真ん中の列にはペッカー先輩と、レムレスくん。取り立てて言うこともないだろう。比較的安心する面子の、慣れ親しんだ後ろ姿だ。ついでに私の隣は空席で、一層落ち着く。
「サーハシュ」
「はあい」
はじめに先生が呼んだ名は、早速聞きなれないものだった。しかしだからこそ、すぐに一番前のあの子の名前だとわかる。呼ばれた斜め前の彼は、男の子にしては珍しいほどの愛らしい声で返事をしていた。
「ジュスティ」
「はい!」
次はジュスティ先輩。返事をするだけでは物足りないようで、彼は左手を高く掲げる。その分落ちた袖口の隙間から、じんわりと赤色に染まる包帯が見えた。大丈夫なのかな……。
ちょっと落ち着けなくなった。
「机を汚すなよ。酷ければそれ相応の手当を受けに行くように。また、授業に支障が出る際は報告しろ」
しかし、なんだかんだ心配してしまう私とは違い、先生はジュスティ先輩に要点だけを簡潔に伝える。
一言目が汚すな、なのはどうかと思うが、それ以降は割とまともなことを言っていて、先生が本当は優しいのか普通に厳しいのかわからなくなった。
ん? いや、まともじゃないことを言っていたらそれはもうダメだね?
いけない、混乱している。
「はい!」
「それと、あとでそこのは引き渡すように」
「はい!」
……まあ、どうせここは異世界だし、こういう人も居るよね! くらいで割り切った方が良いのかもしれない。私はあの言われ方だとちょっと嫌だが、みんなは慣れているのか大して気にしていないようなので。
「スカブル」
ふと、また知らない名前が呼ばれる。教室に生徒は私含めて五人だけだ。不思議に思い首を傾げようとしたら、その前に先生が一足早く革表紙の出席簿だろう手帳へ何かを書き込んだ。
「欠席」
その単語に、すぐさま合点が行く。これで全員ではなかったらしい。私はそのうちスカブルさんとやらとも会えるだろうか。今後の学園生活を夢想してみる。数秒ほどで、それまでに私が何度死ぬのか? という連想ゲームへ発展してしまい、そっと考えるのを止めた。
「スプークト」
「………………」
四番目に呼ばれたレムレスくんは、なんと無反応。というか、なんだか酷く眠そうだ。スクープトは彼の苗字だというのに、長机に突っ伏したままで、微動だにしない。きっとリュックの中身を取り出そうとして、途中で眠気に負けたのだろう。いくつか物が机の上に散らばっていた。
「スクープト」
もう一度、先生がレムレスくんを呼ぶ。レムレスくんは起きない。先生の機嫌が急降下するのを感じた気がした。
そういえば先生の本名はなんだったか。ここ二日は手帳の確認を疎かにしていたので、過去に見かけたはずだが思い出せない。というかそもそも、開く暇が中々ない。ありがたくも都合の悪いことに、だいたいいつも私の周りには人がいるのだ。
何せあの手帳には、恐らくいつかルート? が解放され、攻略対象と判定されるのであろう相手、全員分のプロフィールが記載されている。
Ⅳ組メンバーなんてそれこそオールスターでのご登場だったはずで、そんなものを他人にチラとでも見られたら、私はもう言い訳ができない。これなんですか? イコール、死。他殺又は自殺のみの未来確定図だ。そりゃ慎重になる。
とはいえ同時にあの手帳には、有益な情報が載っていたりすることもある。今後更に関わる人数が増えることを考えると大至急で見ておきたいような、逆に見てしまうと何処かで無駄な墓穴を掘りそうな……微妙な心持ちだ。
まあ一番は、こんなことで悩まずに済むように明日にでも帰りたいんだけれど。
さて、そんな感じで我関せずと現実逃避をしていれば、いつの間にかレムレスくんは起きていた。遅刻にも欠席にもならずに済んだようだ。よかったね。そう、心の中で語りかけたが、今は心の中も若干読まれるのを失念していた。ちょっと恥ずかしい。
「眠るくらいなら朝から来るな」
「あ〜? そりゃまた、ひでえなあ、センセー」
「スクープト! 敬語を使え!」
「……あ〜……ハイ。すみません、センパイ」
「よし!」
「……ジュスティ、そういった注意は教職のこちらがする事だ。どうしても言いたければ後で言え」
「はい!」
「スクープト、単位は確認しておけよ」
「ハイハイ」
……うん、やはりジュスティ先輩は洒落が通じなさそうだ。私の勘は間違っていなかった。わざわざ二人の会話に割り込んでまで注意をするあの融通の利かなさには、一周まわって先生も少し毒気を抜かれている。
あんな人だからこそ、はぐれ者だらけなⅣ組の寮監なんて務めている? 押し付けられている? のだろうが、命も狙われていると聞くし、ジュスティ先輩に気が休まる時というのはあるのだろうか。
「リューネ」
「あっ……はい!」
最後は私の番だ。ぼうっとしていた反動か、つい勢い余って立ち上がってしまった。ガタンと音が鳴って、紙面に目を落としていた先生が一度こちらを見る。なんなら他のみんなの意識も地味に向いている。
「………………」
「………………」
先生と見つめ合って、数秒ほどの無言。だんだんと私の顔からは血の気が失せていく。そしてそれを軽やかに無視して目線を出席簿へ戻した先生。せめて何か言ってくれ。
「座れ」
「はい……」
続けざまの言葉に素直に従い、私は椅子へと逆戻りした。確かに何かは言ってくれたけれど、これは単純に恥ずかしい。
「今日の一限は実験棟、それ以降は各自時計で確認しろ。以上」
最後にそう告げた先生は片手でパタンと出席簿を閉じて、姿を消す。教室のムードは一気に明るくなった。私としても、無意識に強ばっていた肩から力が抜けた。
安堵のため息をついたところで、教室のみんなが周りにやってくる。レムレスくんは椅子をこっちに向けただけだけど、とにかく私は囲まれたのだ。これが敵なら、人生は終わってまた始まっているだろう。
そして彼らは一斉に、わっと私へ話しかけてきた。それぞれきっと私に接触する理由があるのだろうが、何を言われているのかはさっぱりだ。
ただただ個性が強すぎる顔ぶれに圧倒され、元から疲弊していた私の心は更にちょっぴり虚無へと進化した。
ところで不登校の引きこもりになることって可能ですかね??
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