月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

六十話 月は霞んでいます

公開日時: 2022年9月14日(水) 23:25
更新日時: 2023年11月20日(月) 18:46
文字数:3,028

 そこから始まった学園長の話を要約すると、こうだ。

 まず私が死んだのは、魔法具が発した高出力の魔力を近距離で浴びたせい。パフォーマンスをしていたクラスへその魔法具について尋ねたところ、何を勘違いしたのか、月の魔力に影響されて想定していたより効果が強くなっていたことを謝罪された。また、以前提出された企画書から、その魔法具は魔法具研究部の協力を得て作られたこともわかっている。


「さて問題だ。フィート、お前が図々しくも所属している部活動は?」


 最後にそんな悪意が丸見えの問いを投げかけて、学園長は冷たく笑った。そろそろ学園長の笑顔もトラウマになりそうなほど、空気がブリザードだ。


「………………魔法具、研究部……です……」

「はい正解。さ〜て、フィートは大事な部活の仲間を犯罪者にしていいのかな」


 言い方が軽すぎる。なのに、発言内容は完璧な脅しで高低差が酷い。学園長ってこんな人だっけ? ……まあ割とそうかも……。


「そ、んな……そんなことは……!」

「あはは、冗談冗談。私だって未来ある若者にそんな惨いこと出来ないさ」


 絶対冗談じゃないよあれ。割と本気の脅しだよあれ。


 一切本心から思っていないだろうに、あまりにも自然に言葉を紡ぐ学園長はやっぱりかなりペテン師の才能がある。対峙するフィートくんが哀れになってきた。


 たしかにフィートくんは私が死んだ原因の一端を担っているらしい。けれど、仕方ない気もするというか……不可抗力じゃない? ぶっちゃけ私が悪くない? って感じである。いや正確には悪いと言えば悪く、悪くないと言えば悪くない。みたいな微妙な立ち位置なんだけれども。


「……リューネ先輩、少し俺に着いてきてください」


 雲行き怪しい詰問を見守っていると、ふとメアくんが私を呼んだ。迷った末、私は彼に近寄る。


「ありがとうございます。こちらです」


 丁度目の前ほどまで向かった途端、お礼を言われ、少し驚く。

 ほんとに私のこと捉えれてるんだなあ……。


 それから、何故か誰にも止められることはなく迷いのない足取りでメアくんが向かったのは、少し開けた場所にある何の変哲もないただのベンチだった。私が首を傾げれば、ベンチに座った彼はわかっているかのように口を開く。


「フィートさんは、リューネ先輩にあの様を見ていられたくないだろうと推測したので……勝手ながら連れ出しました。すみません」

「あ、そうだったんだ……」


 なるほど、どうやらこの行動はフィートくんを思ってのものだったらしい。やはり二人に何か浅からぬ縁があるのでは。という推測は、間違っていないようだ。


「……リューネ先輩、今もしかしてお話になられましたか?」

「え!? そうだけど……なんでわかるの?」

「……もう少し沢山話していただければ、内容も解析出来るでしょうか」

「あ……でもそっか、喋ってることまではわかんないんだね」


 とは言えど、いつか解析? 出来る見込みがあるだけですごいと思う。別に気にしなくていいのに、真面目に悩んでくれているメアくんの横顔を見つめていると、不意に彼がこちらを見て、目が合った。


「あ、十字……」


 深い黄土色の中に煌めく十字形の瞳孔、それはフィートくんに初めて自己紹介をされた際にも見たものだ。あの時覚えた既視感の正体はメアくんだったらしい。気づけば、何を考えるでもなく手を伸ばしていた。

 けれどメアくんは瞳を隠さない。本来、他人の手のひらが迫ってくれば反射で瞼を閉じるのが普通だろう。しかも彼は私の動き自体はわかるのだから。もちろん私は彼にさわれないし、実体があったとしても人の目なんて無闇にさわらない。ただ、危険がないと分かり切っているようなその反応はなんだかまるで……。


「まるで機械みたい」

「……え?」

「昔、そう言われたことがあります」


 心を読んだみたいな一言に、メアくんの頭へ着地するはずだった私の手は止まった。作り物みたいに数ミリだけ口角を上げた笑顔未満の表情で、彼は言葉を続ける。


「でもそれも当たり前です。俺は、人間じゃありませんから」

「それ……って……」


 どういうことだと混乱するより前に、頭の中にはひとつの仮説が生まれた。そしてすぐ、本人の口からもそれが肯定される。


「俺はフィート先輩……いえ、フィートさんに作成された人間を模した機械です」

「……そう、なんだ……」


 それ以上言えることが見つからなかった。だが確かにその理由がわかれば、メアくんがフィートくんに従順だったことや何もかもに納得できてしまうのもまた事実で……。


 ていうかこんなメアくんを作れちゃうとかフィートくん天才過ぎない?


「きっとずっとは隠していられないでしょうから、話してしまいました」


 ツンと澄ました顔のまま、抑揚無く冷めた声のまま。だけど何処か寂しげに、メアくんは次へと進む。


「幽体のリューネ先輩を捉えれるのも、一人で服を選ぶのが難しいのも、食事をあまり必要としないのも、全て俺が機械だからです」


 それは、自分自身へ言い聞かせるみたいな言い方だった。

 見た目はどこからどう見ても人間なのに、話してる今だってこんなにも人間らしいのに、それでもメアくんは人間じゃないなんて。


「リューネ先輩」

「なあに」

「俺はかつて貴女に感情を教えて欲しいと頼みましたね」

「ああ、うん……」


 初対面の頃のことか、懐かしい。あの時はメアくんのことを不思議ちゃんとやらだと思っていたんだっけ?


「貴女は断りました」

「そ、その節は申し訳なく……」


 ああそれも懐かしい。そうだ、選択肢のせいで断るしか無かったあの願い。

 こちらもこちらで天秤に死がかかっていたので、そこは許して欲しいのだが、でもあの中にはもしかしたら彼にとって大事な何かが詰まっていたのかもしれない。今になってそんなことを思った。


「けれど、俺はやっぱり、貴女のおかげで心を知りました」

「……? そう、なの?」

「だから、貴女が死んだ時は驚きました。貴女が居ないということにも、自分がこれ程論理的に頭を動かせないのかということにも」

「………………」


 私のことを想ってだろうそれは、どうしてか責め立てられているようだ。


「なので、俺は貴女を蘇らせようと思うんです」


 そうなんだろう。そうなんだろうね。


「仕方ないね……」


 ああ、聞こえていなくてよかった。見えていなくてよかった。


「リューネ先輩」

「うん」

「フィートさん共々、これからもよろしくお願いします」

「……うん」


 幽霊に対してこれからもよろしくだなんて、おかしなことだ。しかも彼は、私が生き返ることが絶対のように話している。具体的にどうやって生き返らせるのかは知らないが、失敗する確率がゼロだなんて、それこそ機械的に考えたら有り得ないのに。


「それからセルテやリエス達も」

「うん。メアくんは、大事な人が多いんだねえ」


 メアくんには多分、きっととっくに感情があったのだ。確かに彼は人工的に生み出された存在なのかもしれない。雑に、簡単に言ってしまえば機械なのだろう。それでも彼は、多分、ずっと人間でもあった。少なくとも私はそう思いたい。


 笑いかければ、メアくんは何故か不思議そうな顔を見せてきた。


「リューネ先輩、もしや笑っているのですか」

「あはは、うん。そうだよ。……ごめんね」


 ごめんね、死んじゃって。


 私は、私の死を悲しむ存在がまた一人増えたことを突きつけられて、自分の罪が重くなったように感じていた。メアくんが心を持ったこと自体はとても嬉しいことなのに。


 ごめんね、喜んであげられなくて。


 謝っても意味は無いんだけれど。


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