月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

十一話 知らない方が良いこともあります

公開日時: 2020年10月26日(月) 13:06
更新日時: 2025年1月19日(日) 17:05
文字数:3,098

 さすがに昼間は殺されないらしい。それ以前に、やって来た蔵書庫には誰もいなかった。ちょっと拍子抜けだ。

 普段からペッカー先輩が使っているのだろう。おどろおどろしい外装に比べ、中は綺麗に整頓されている。


 ていうか前はニオくんが使っていいんだよって教えてくれたけど、学園長からはなんの接触もないんだよな……。

 私の扱いってどうなってるの?


 弱い私では仮に雑用係になっても恐らく何の役にも立てないので、もしかしたら手に余ると思われているのかもしれない。職員会議されてそう。

 追い出される日が訪れないことを願う。


 ちなみにレムレス君は本に興味がないようで、後で迎えに来るとだけ言ってどこかへ行った。

 そんな子供じゃないんだから……と思っても、私はこの世界ではそこらの赤ん坊以下なので、何も言えない。あ〜あ。


「魔法薬学における精製技術の基本、魔法科学とは、呪いと祝福の違い、誰でもわかる魔法陣・魔法術式……」


 雑多に詰められた本達は、背表紙を見るだけで頭が痛くなりそうだ。今更だけど、本当に言語補正があってよかった。

 まあそれくらい無いとどうしようもなくない? という気もするけど。


 私はもう一列奥の、壁際の本棚の前へ移動する。下から順に見ていけば、少しだけ私の置かれた状況と関連性がありそうな本があった。


「平行世界の存在について、魔法具で広がる魔法の可能性、躓きがちな転移魔法・召喚魔法の入門書……」


 とりあえず何冊か手に取ってみる。そしてパラパラと捲ってみたが、そもそも私にはこのレベルを理解出来る知識が備わっていなかった。泣いちゃうね。


 このままじゃ完璧な無駄足だ。せめて何か、何か手がかりを見つけなくては。この際帰る方法ではなく、ペッカー先輩に関わることでもいい。


 私はもう一度本棚と向き合う。持っていた分を全て戻してから、適当に本を一冊抜き出した。


 本棚が動き、隠し階段が現れる。咄嗟にツッコミを入れてしまった。


「いや、そんなことある?」


 しかしそうは言っても、目の前には確かに下り階段が存在しているわけで。

 行くべきか行かざるべきか。一段だけ、降りてみる。


「さむ……」


 奥から冷たい空気が流れてきた。霊安室だとか、地下墓地だとか、嫌な妄想ばかりが膨らむ。

 けれど、せっかくの手がかりだ。どうせ私は死んでも戻るし、行かなくてはならない。それは一種の使命感だった。




「……うん。もどろう」


 あれから少し。真実に迫る探偵気分で降りていた階段だが、実は思っていたより長かった。なので、私はあっさり覚悟を投げ捨て、戻ることを決意したわけだ。


 後ろを振り向くと、まだ地上の光が見える。あれを目指して帰ればいい。

 ところが、私が足を踏み出した途端、光は掻き消えた。


「なんでえ?」


 恐らく出入口のところの本棚が閉じたのだろうが、そうなった理由はわからない。

 戸惑っていれば、カツンカツンと足音が響き出した。私は動いていないのに。


 もしかして、ペッカー先輩来てる?


 試しに、一段だけ降りてみる。足音のスピードが上がった。


 あっこれだめだ。一瞬で察した。


 さあ、そうなればあとは早い。私は一目散にダッシュで階段を駆け下り始めた。火事場の馬鹿力なのか、暗闇の中二段飛ばしで走っても足はもつれない。

 せめて最深部を一目見てやろうと、息が切れるのもそのままに、足を動かす。


 そしてとうとう、突き当たりの扉を最早体当たりの要領で押し開けた。


「……なる、ほど? ね」


 沢山のトルソーとそこにかけられた洋服。壁際に座らされた、私と同じ制服の人間。部屋の奥には空っぽの玉座があり、その周りには靴が散らばっている。

 様々なものが姿を現してくれたようだが、今は肩で息をするだけで精一杯だ。


 丁度よく、背後に気配も感じる。しっかりと光景を焼き付けて、私は口を開いた。


「……はあ、満足。ありがとうございました」


 どうせ殺されるのだ。私は背後の誰かさんにもたれかかり、瞼を閉じる。


 世界が再構築されていく──




 死に戻りのポイントはまた更新されていた。今回は蔵書庫へやってきた所からだ。火傷の恥がそのまま持ってこられたのは無念だが、まあ妥当な場面だろう。こまめなオートセーブは有難い。


 蔵書庫の手前側には絨毯が敷かれており、書き物机と木製の椅子が置いてある。左右の壁際には本棚、そして書き物机の奥にも本棚。先程物色し、秘密通路も見つけちゃったのはその奥の辺りだ。


「よいしょ」


 どうせもう一度地下に行ってもだいたい同じ末路になるはずなので、今度の私は座って大人しく、ペッカー先輩を待つことにした。


 書き物机には、小説が置かれている。恐らくペッカー先輩の読みかけ。気になって手を伸ばす。

 パラパラと捲れば、それは人形と人間が主役の、ヒューマンドラマの話であった。案外面白い。流しみをやめ、しっかりと両手で持つ。


「……何をしているんですか?」

「あ……すみません?」


 気づけば、真正面にペッカー先輩がいた。彼は腕を組み、本棚にもたれかかっている。



 序盤の良いシーンに入ったところだったが、私は本を閉じ、それを元の位置に戻す。


「何をしているんですかと聞いているんですよ」

「本を、読んでました」

「ここは基本立ち入り禁止のはずですが」

「えっと……許可は頂いています。恐らく」

「恐らく?」

「はい。又聞きなので……」

「……そうですか」


 ペッカー先輩は酷く不満げだ。しかしいつもは大抵殺されていたので、初めてこんなに話したなあ。という思いしか湧かない。

 ビクビク怯える時期はとうに過ぎていた。ついでに死んだばかりなので、今の私の心境はほぼ虚無である。悟りの境地なのだ。


「あの、私、リューネと言います。つい先日この学園に来ました。貴方は……」

「言う必要がありますか?」

「……多分ないですね?」

「そうでしょうとも」


 さすが人間嫌い。一切話が盛り上がらない。いっそすごいなと思いつつ、私はまた文庫本を見る。読んでも良いだろうか。


「じゃああの、私はこれ読んでるので……」


 さっき見たシーンは何ページだっただろうか。一応報告してから紙面に目を落とせば、何故かペッカー先輩から話しかけてきた。


「あなたそれ、気になるんですか?」

「え、はい。面白いと思いますけど……」

「……そうですか」


 あれ、ちょっと機嫌よくなった?


 けれど、マシになった雰囲気とは裏腹に、ペッカー先輩は蔵書庫を出ていってしまう。

 もしかして逆? 笑顔で怒っちゃうタイプの人だったかな……。


「まあ、いっか」


 気にしたって仕方がない。



 その後、読み終わった本は期待通り面白かった。まだ仲良くなれる気は全然しないが、案外本の趣味は合うのかもしれない。


 あとついでに、地下への道をまた開いてみようと、本をひたすら抜き差ししていたところをレムレスくんに見つかったりもした。いやー……あれはただの変人だったね、ごめんね。


「午後も行ってみようかなあ」

「はあ? そんなにおもしれ〜もんないだろあそこ」

「うーん……一応あった、よ?」

「ふうん。まあお前がそう言うならいいけどよ」


 というか、内容は理解出来ずとも、重要そうな書物は割とあった。そういう意味でも私はあそこに通うべきだろう。


 律儀にお昼だと迎えに来てくれたレムレスくんは、すっかり私の歩幅に合わせることを覚えたらしい。進歩を感じて嬉しくなったが、まだそんなことで喜べるんだ、と冷静な自分が言ったので、結果心情はプラマイゼロになった。


「レムレスくんは? 今日なにか面白いことあった?」

「……ねえよ」

「そっかあ」


 今日の死亡回数がたったの一回なのを噛み締めているうちに、寮が見えてくる。ニオくんは帰っているだろうか。


 午後も頑張ろ。


 少しずつ解決の目処が見えてきた、かもしれない。わかんないけど。

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