月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

三十一話 天秤にかけるまでもないことのようです

公開日時: 2021年8月18日(水) 20:26
更新日時: 2022年5月26日(木) 21:16
文字数:3,466

 あれからも私が意見できる隙はなく、流れるように全てが進んだ。馬車の中でも、私は舌を噛まないように揺れに堪えるだけ……正に無力である。

 そうしてガタンゴトンと運ばれて、やっとこさ着いたのは古びた大きな洋館だった。


「ほ、ほんとにこんなところにいるのかなあ……」


 歪んだ鉄の門扉をそっと押し開ける。キィ、と金属特有の軋む音がした。

 見上げた洋館は人が住まなくなってからそれなりに時間が経っているのか、とても廃れている。幽霊屋敷だと言われても納得してしまうだろう。


「……お邪魔します……」


 玄関扉も壊れているようなので、侵入は簡単だ。荒れ果てた庭を進み、私は洋館内へ足を踏み入れた。



 そして、すぐに死んだ。




「……あ、あった。じゃあこれを……」


 慣れた手つきで私はワイヤーを切る。ここでの初死亡から十数回後、私はとうとうこの洋館の仕組みを殆ど把握するに至っていた。


 一度目の死は、恐らく侵入者用トラップのうちの一つ。古典的な、ワイヤーに引っかかった相手に対して気絶させる魔法を放つもの……のせいだった。私の場合は死んでしまうので確証はないが、数回それで死んだ感覚としては多分そうじゃないかなあと思う。痛みや苦しみがあるというよりはプツっと意識が途切れて死ぬので。

 また、ワイヤーは仕掛けやすい? のか、他にも階段の手前や窓枠・扉の近くなどにも設置されており、最初のトラップを潜り抜けてからも中々長かった。しかも普通に老朽化による落とし穴があったり、トラップを避けれても発動したことがキッカケになって連鎖で天井が崩落したりなど、この洋館はとにかく手強い。


 試行錯誤を繰り返し、やっと一階のあれこれは一通り喰らったし攻略出来たかな! という感じだ。


「次はキッチンか……」


 私は近くの机に積もった埃を掴み、扉に向かって投げる。こうすることで埃が付着して、窓から入る光を浴びた時ワイヤーが少し見やすくなるのである。あまり太くない分、書斎にあった錆びた鋏で断ち切れるのは有難いが、代わりに巧妙な隠され方なのが困りどころだ。

 ちなみにモタモタしているとジュスティ先輩がやってきて、言い争いになったりならなくても何かしらトラブルが起きる。そうするととても大変なので、仕事人レベルの気持ちを持って迅速に終わらせる必要があったりする。


「よし」


 切って回収したワイヤーは、今までのと一緒にまとめてキッチンのゴミ箱に捨てておこう。鋏も元の場所に戻して、準備は万端だ。これでいつでもジュスティ先輩を待てる。


 連れてこられる時なんかは散々嫌だなんだと面倒事扱いをしたけれど、別に私も先輩の手助けをしたくないわけではないのだ。重荷を半分くらい下ろせばいいのにな、そうしてあげたいな、と思ったのも嘘じゃない。

 もちろん大前提として私が帰れるようになる日まで死なずにいるために極力面倒事は避けたいし、今回の件を面倒事だと認識しているか? と問われればその通りだし、なんならこんなのもう私が介入する領分じゃないよ! とも思っているのだが、ここまで来ると知らんぷりなんて出来ないので……。


 それに、なんとか出来ずに死ぬかどうにか解決して死なずに済むかの二択しかないのなら、後者をめざして頑張るしかないに決まっている。うん。

 ただあの、めちゃめちゃに気まずいんだけどね。


「……貴様、何故ここにいる?」

「あ……先輩。えーと……その、学園長が送ってくれました」


 決意を再度固めたところで、ジュスティ先輩がやってきた。ジュスティ先輩の行軍スケジュールの関係上か、必ず彼は私より遅く来る。そして必ず私に言うのだ。


「帰れ」


 あまりにも簡潔、簡素な一言。睨みつけるようなその眼差しには、遠いいつかのトラウマが呼び起こされる。


「先輩」

「…………なんだ」


 そのくせこうして律儀に返事はしてくれるのだから、真面目な人だ。まあ、今回はそうしてくれると知っていて名前を呼んだのだけれど。


「ごめんなさい」

「………………」

「何もわからないのに、勝手なこと言いました」


 ただ、頭を下げる。何度か彼と会話をしたことで、私はまた少し彼について詳しくなった。知れば知るほどジュスティ先輩は融通が効かなくてたまに話も通じなくて面倒くさい人だったが、それ以上に何もかもを無くしてしまった小さな人だった。


「でも、だからこそ私は先輩のことをわかりたいなと……思います」

「…………貴様に俺のことがわかるとは到底思えん」

「まあ……それはそうかもしれません」


 頭をあげていた私は、コクリと頷く。私のことだってみんなにはわからないのだ。それと同じように、私がジュスティ先輩を完璧に理解できるとは全く思っていない。


「ならば何故?」

「だって、理解しようと努力するのは悪いことですか? 歩み寄ってはいけませんか?」


 私が一歩前に出れば、ジュスティ先輩は半歩下がった。眉を寄せ、口を引き結び、苦しそうな顔。まるで何か図星を突かれたみたいなその様子に、予想は確信へ変わる。


「っ……俺は、貴様に歩み寄られたくはない!」

「知ってます。前、言われましたし……」


 あの時はさすがに結構落ち込んだ。しかし当時最も傷ついていたのは、きっとジュスティ先輩だった。


「ねえ先輩。でも、じゃあ、なんでそうされたくないんですか?」


 また一歩、進む。ジュスティ先輩もまた、下がった。


 私は死にたくない。故郷に帰りたい。そのためにはジュスティ先輩の命がもう狙われないように、事件解決の手助けをしなくてはならない。しかし、物理的に彼を助けるためには、彼の精神も救う必要がある。これはこの区画での死に戻りを繰り返した末の、一つの結論だ。

 まあ、今やっている方法はただの荒療治なんだけど……。


「そ、れは……」

「先輩。私はやっぱり、先輩にはもっと気楽に生きて欲しいです」


 ジュスティ先輩は片手で頭を押さえ、どこからどう見ても動揺している。こう言うのもなんだが、揺さぶりは効いているようだ。ちょっと申し訳ない。


「先輩は何かを探してここに来たんですよね? お願いです、お手伝いさせてください」


 めげずに近づけば、今度は後退されなかった。ジュスティ先輩の空いた片手を握る。


「っ!? き、貴様、急になんだ!」

「私、死にませんから……! 信じてください」


 見上げれば、視線が噛み合った。絶対に私から逸らしてなるものか、と青い青い瞳をじっと見つめる。


 彼は、自分のせいで他人が死ぬことを恐れている。だから周りに頼れないし、弱みも見せれない。Ⅳ組のみんなは彼の巻き添えにならない程度には強かったけど、ジュスティ先輩の事情に踏み込むほど仲良しでお人好しではなかった。

 では、私は? 私は本当に弱い。弱いけれど、死に戻りがあって、見て見ぬふりをしたくない気持ちがあって、自分のためにもこれを解決しなくちゃいけない理由がある。自分で言うものではないが、悪くないお供だ。


 まあ戦闘とかになったらさすがにちょっと足でまといかもしれないけど……そこは、学園長に持たされたアイテムとかでなんかこう、ね。うん。


「お願いです。一緒に行きましょう?」


 とにかく畳み掛ければ、ジュスティ先輩はとうとう目を逸らす。


「………………だめ、だ」


 何かを言いたそうに何度か口を開閉させて、やっと出てきた言葉はまあ概ね想像通りだった。


「俺は一人で行く。ついてくるな」


 ジュスティ先輩は強い言葉とは裏腹に優しく私の手を解いた。そして私の横を通り過ぎて、真っ直ぐ階段へ向かっていく。


 ……ん? あれ……二階って、多分まだ、トラップ解除してないよね……? ていうか、その前にあの階段、登り方間違えたら……!


「ちょ、先輩! 止まってください!」

「止まったら追ってくるだろう!!」

「いや、そういう話ではなっ」


 ジュスティ先輩が二段目に足をかけた瞬間、私のいた場所の床が崩れ出す。その音に、奇しくもジュスティ先輩の足が止まった。


 遅いよ、先輩。


「あ」


 これダメかもな。


 私の身体は足場を無くし、地下へ落ちていく。なんと、こちらへ走ってきたジュスティ先輩が手を伸ばしたが、それはさすがに掴めない。だってジュスティ先輩まで落ちてしまったら大変だ。


「リューネ!!」



 あーあ、なんか私こんなのばっかりじゃない?


 どうせ死ぬだろうと力を抜いて宙を見つめる。すると、急にジュスティ先輩が飛び降りてきた。


「えっ」


 グッと身体が引き寄せられ、庇うかのように抱き締められる。は!? 先輩!? な、なんで!?


 暴れようかとも思ったが、そんなことをしてもジュスティ先輩は地上へ戻れない。


 私には魔法も使えないものだから、どうにもならず、私とジュスティ先輩はそのまま落下した。



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