さて……この状況を打破するためにはどうすれば良いだろう。今こそ選択肢とか……なんならさっきの女の子たちでもいいから現れて、驚きの展開を見せてくれたら良いのに、現実はそうもいかない。
めげずに何かを言おうとしても、五対一じゃさすがに会話の主導権も優先権も向こうのものだ。
や、やっぱりデスポーンしか……!?
ここで死ねば、選択肢前セーブで逃げるか話を聞くかの二択に戻れる。それは普通に考えて、めちゃくちゃありがたい。いや、自分の命を粗末にはしたくはないのだけれど……でも……。
とりあえず軽く舌を食んでみたが、思った通り普通に痛かった。というかこれ人間の歯じゃ舌なんて噛み切れないのでは? この路線は諦めよう。もう二度とやらない。
あと私に出来ることと言えば……目の前の元誘拐犯五人組、この人たちをわざと怒らせて魔法を誘発させて死ぬことだろうか。
「あれ? なんか静かじゃん」
「お前らのこと怖がってんじゃねえの?」
「え〜マジか」
「ごめんごめん〜」
「そんな怯えないでよ〜」
「そうそう、俺達の仲じゃん?」
黙っていれば、彼らは相変わらずよく回る口でペラペラと言葉を紡ぐ。一体いつの間に仲良しになったんだ。
思いつく仲なんて加害者と被害者ってだけだよ……。
こうなってくると、この人たちの魔法で脅しをかけてこないという点が逆に困る。そういえばあの誘拐の時も、魔法を見せられつつも、結局は薬品の含まれた布によって気絶させられたのだったか。もしかしたら彼らはアナログ派なのかもしれない。味方ならフレンドリーファイアが起きず、ありがたいそれも、今この場においてはかなり都合が悪い。
「………………」
なおも黙り悩んでいたら、今まで聞き流してきていた言葉たちに、少しばかりトゲと冷たさが付属され始めた。「こんなに親切にしてんのにな〜」とか「ちょっとくらい喋ってくれたって良いじゃん?」だとか。
どうやらこの人たちは私に苛立っているようだ。
……これって、チャンス?
「っあの……!」
「リューネさん、目、瞑った方がいいです」
ここが勝負どころだ、と顔を上げる。すると、丁度名指しで声をかけられた。見れば、空に箒に乗ったフィートくんが浮かんでいる。
「えっ」
そして、彼の言った意味を理解する間もなく、フィートくんは手に持った丸い何かをこちらへ投げてきた。
カツン、とその何かが地面に触れて、閃光。せっかく忠告してもらったのに、目を瞑る暇はなかった。
「うわっ!?」
「まぶしっ!!」
「は!? また邪魔されんのかよ!」
「なんも見えねえ〜! 逆にウケる」
「ウケてんじゃねえわ!!」
慌てふためく声が聞こえる。真っ白な視界の中、近距離からまた「リューネさん」と呼ばれた。それに「掴まってください」と差し出しているらしい手。何とか握れば、身体がふわりと浮き上がる。
「わ、え」
「多分、もうすぐ見えるようになると思うんで」
「は、はい……」
「さっさと逃げましょ」
ポソポソと告げられ、私は何も見えないまま頷いた。助けてくれるんだ……。
絶対に落とさないよう資料を抱え直し、私は彼に従った。
瞬きを繰り返すうちに、少しずつ視界がクリアになる。すっかり目が元通りになった頃には、先程詰め寄られていた場所からは随分離れたところまでやって来ていた。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがとう……」
ゆっくりと降下して、役目を終えた箒は地面に転がる。
「………………」
「……? ああ、これ、自分の杖じゃないんで。俺、杖変化させるの苦手なんで、適当に借りてきました」
「え? あ、そうなんだ……」
なんとなく見つめてただけなんだけどな……。
拾った箒をそこら辺に立てかけ、フィートくんはこちらを見た。
「危なかった、ですね?」
「ああ……うん。本当、ありがとう。ごめんね」
「いや、別に。遅かったので見に行っただけですし」
「そっかあ」
フィートくんは初めて出会った時から一切態度が変わらない。たしか殺してきた時も、こんな感じで淡々としてたなあ。それとも驚きすぎて反応できなかったとか?
どちらにせよ、きっとあれは純粋な魔法じゃなくて、彼の得意な魔法科学とやらを使用されたから死ににくかったのだろう。閑話休題。
とにかくそういうわけで、フィートくんはずっと面倒ごとは御免、という振る舞いだ。だからこそ、まさか助けてくれるとは……今もちょっとだけ驚いている。
「あの……さっき投げたのって、何だったの?」
「あー……あれは自分が開発した、衝撃を与えると強い光を出す……一応、魔法具。なんですかね……」
後半に向かうにつれ歯切れが悪くなったものだから、私は首を傾げた。別に言い切ってしまえば良いのに。
それにしても、魔法具という言葉をここで聞くとは。久々に耳にした単語だ。
たしか……前にレムレスくんが軽く教えてくれたっけ。
「えっと、アーティファクト? では……」
「まさか! そんなわけないです。なんなら科学技術を使ってる分、魔法具と言えるのかも怪しいのに」
そう言ってフィートくんは薄く笑う。それはどこか自分を卑下するような笑みだ。魔法科学なんて凄いものに精通しているのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
「……フィートくんは、魔法具を作るのが趣味なの?」
「まあ……はい」
「フィートくんの作る魔法具には、科学技術が使われてるんだね?」
「そう、ですね。だから、厳密に言えば魔法具ってわけじゃない……と、思う。んですけど」
「そっか、すごいね」
「……は?」
私はちらりと、自身で書いた案の並ぶ手元の資料を見た。たった数枚の紙、しかもどれもお粗末なものだ。死に戻りなんて邪魔なものは望んでもないのにあるくせに、それ以外は全然なんだから嫌になる。
「私、魔法が使えないから……魔法具もきっと使えないんだよね。でも、一応この……腕時計とかは動かせるんだ。だから、多分科学技術で出来たフィートくんの魔法具なら、私でも使える……というか、使えたらいいなと思うんだけど」
「………………」
「でももし、本当に使えたら、それって凄くない? 使えない身としては、やっぱり魔法って万能に見えるし憧れるんだよね。そんな魔法をさ、再現したものを扱えたら……それってとても嬉しいし、感動するし、まるで奇跡みたいっていうか……それこそ魔法じゃん」
「………………」
「ええと……だからその、すごいね。って……話。あとその、多分、フィートくんが作るものも、魔法具でいいんじゃない? かな……?」
完璧に一個人の一意見なので、本当にそれで良いのかはわからないけれど。
それにしても、フィートくんがただ黙って聞いてくれるのを良いことに喋りすぎてしまった。今更ながら、何か的外れだったり、失礼なことを言っていたらどうしよう。と不安になる。
「………………」
フィートくんの表情は変わっていない。が、それは判断基準に出来ない。
「あ、あの……」
「リューネさん」
「はいっ!?」
沈黙が気まずくて何か言おうとしたら、先にフィートくんから名前を呼ばれた。
「貴方って、魔法使えないんですか?」
「え……うん」
「……たしか、ペッカー先輩が言ってましたけど、リューネさんは弱いとか」
「あ、うん。それもそう」
「それ、生きていけます?」
「生きてけないよ!」
私はブンブンと左右に首を振る。今生きているのだって死に戻りのせいであり、おかげなのだ。言わばお情け。本来ならば、ずっと前にこの学園の中庭で、見知らぬ焼死体として転がっているはずなんだから。
「ですよね……弱いって、どれくらい、ですか」
「えーと……初級魔法? が当たったら死ぬって」
「………………」
「そ、そんな顔しないでよ……!」
素直に答える度にドン引きされた。さすがのフィートくんも私の脆弱さには呆れ顔を見せるらしい。
「なんか、貴方も苦労……してるんですね」
「え……あ、ありがとう……?」
確かに苦労は山ほどしているけども。憐れまれたのもこれが初めてではないけども。ていうかなんなら異世界人だし。
まさかこういう反応になるとはなあ……。
あんなに長々語ってしまったのに、その部分に触れられないのは、有難くも少し寂しいような……。
まあ、いいか。一応これで、相互理解のはじめの一歩は踏み出しただろう。多分……。
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