巻き戻った地点は、三日目のニオくんが訪れる十分前。
死に戻りのターニングポイントが更新されたのはよかったが、ここから死の未来を変えるのは至難の技だ。
十分後にはニオくんが来てしまう。私はとりあえず見知らぬ彼について知るため、手帳を読み込むことにした。
まずは私を殺した見知らぬ彼のプロフィールからだ。
彼の名前はクトゥム・ペッカー。歳は先輩なのに、同じⅣ組。
まあⅣ組ははぐれ者を詰め込んだクラス。だそうなので、学年も関係ないのだろう。多分。
好きな物は無機物、嫌いなものは生き物。
……いやいや、初っ端から攻略不可能では?
ルートが解放されました、なんて言っていたのは嘘だったのか。それとも最初からこの難易度が当たり前なのか。
放り投げたくなる気持ちをぐっと堪えて、続きを読む。
手帳には、彼は人の心の機敏が視えるのだとあった。
「それって、どういうこと……?」
ベッドの上で首を傾げる。
考えていることがバレるとか、そんなものなんだろうか。
だとしたら、彼との和解は想像するだけで大変そうだ。
「……大変だな」
そしてそれと共に、彼がのびのびと生きるのも、同じくらい大変そうだと思った。
生き物が嫌いなのも、所属がⅣ組なのも、その特殊能力が原因なのかもしれない。
ぼんやりと彼のプロフィールを見つめていたら、遠くの方からパタパタと足音が聞こえてきた。ニオくんだ。
手帳を隠して待ち構えていれば、予想通りに彼が現れる。
「やっほー! 調子どう?」
一度聞いた言葉と一度見た笑顔。私も前と同じように返す。
「ニオくん、こんにちは」
このやり取りだって、何回でも繰り返すことになるのだろう。なるべく少ない回数で次のチェックポイントを迎えたい。
そういえば前回は結局、噂話……怪事件についての詳細を聞けていなかった。
まあどう考えてもペッカー先輩が関係していると思うのだが、肝心なのはそのペッカー先輩が"何をして"怪事件にまで上り詰めたのか? ということである。
大食堂に案内された私は、ここらで早速違う行動をとることにした。
「そういえば、さ。学園長から聞いたんだけど……怪事件? があるらしいね」
隙を見て切り出せば、キョトンとした顔をされる。学食の美味しさを語ってくれていたところ申し訳ないが、これは私にとって死活問題なのだ。
「んー……まあ、大丈夫かな。リューネリューネ、こっち座って」
ニオくんは辺りをさりげなく確認してから、壁が背に来る隅の席に私を座らせた。その何かへの警戒ぶりに、私も少しだけ緊張する。
「あのね。実は……最近、連続通り魔が出てるんだ」
ヒソヒソと、内緒話のように告げられた内容は、思っていたよりえげつなかった。
「え……っと、通り魔?」
「そう。一人でいると連れ去られて、標本みたいにされるんだよ」
標本。と言えば本来、蝶のコレクションや動物の剥製なんかを思い浮かべるところだが、この口ぶりだとどうやら人間がそういう目にあっているらしい。
え……普通にこわいが……? ペッカー先輩何やってるの……
「それ、死なない……?」
「魔法の力でやってるみたいだから魔法薬で治癒させれるし、そもそも時間で治るよ。あと、オレ達はみんな一定以上の耐性はあるからね。死にはしない、と思う」
「あっ、そうなんだ……」
人殺しという訳ではなかったようだが、それにしても同じ人間を一時とはいえ剥製にしてしまうのは、中々にクレイジーな行いだ。
手帳の中の彼はそれなりに優しそうな見た目だったのに、人は見かけによらない。
「リューネが忠告されたのは、標本化の魔法をかけられたら死ぬからなんだろうね」
「まあ……初級魔法? でも、私は死ぬらしいから……」
「うーん、リューネ生きていける?」
生きていけないし何十回も死んでるよ。とは到底言えないので、私は曖昧に返す。難しい顔をされた。
「……とりあえず! 三時、には早いけど、おやつの小休憩といかない? 怖い話聞かせたお詫びに、オレ適当に取ってくるから」
「え、ありがとう……じゃあ、待ってるね」
けれどすぐに気を取り直したらしい。ニオくんは軽やかに駆けていく。ほんのりと申し訳ない。
せめて私は迷惑にならないようにこのまま座っておくことにしよう。
「……はあ」
正直これでどう変わるかはわからない。
けれど、こうして時間を潰すことで日が落ちて蔵書庫に行かずに済むかもしれないし、ダメなら他にも手はある。だって、まだたった一回だ。
なのになぜ、こんなに辛いのだろう。
最初はまだ良かった。だって私しかいなくて、ただ自分の生存のために必死になっていればそれでどうにかなった。
みんな知らない人だから、何度繰り返しても相手に対する悲しみはなかった。
死に戻りは私だけだ。いくら仲良くなっても、私が死ねばその思い出は忘れられる。
そんな事実に、私は今更ながら、直面してしまっていた。
「それにも、慣れるのかな……」
しかしそこまで行くと、人間なのだろうか。感情を捨てたくはないのに、嫌な未来だ。
ていうか死に戻りと乙女ゲーム、あまりにも相性悪くない?
死んで覚えて効率化を図れってこと……?
「何に慣れるの?」
「っ、え?」
不意に、聞き覚えのない声が、正面から聞こえてきた。私はいつの間にか俯いていた頭を上げる。
また、知らない人だ。
雑に整えられた白髪と、灰色の瞳。全体的に色素が薄い。
「だ、誰ですか……」
「あ〜俺? ん〜まあ、そんなことはどうでもいいじゃん。さてさて、君がニオのお姫様?」
「は? いや、わかんない、です……」
切実な疑問は、間延びした口調で適当に流される。そして私が混乱しているうちに、謎の男はすぐ隣に座っていた。
いやなんで? パーソナルスペースどうなってるの?
どうやら彼は気配が極端に薄いらしい。近づかれても全然気づけない。
そのままグイグイと馴れ馴れしく来るので自然と私は横にズレる。男は追ってきた。その繰り返しをしているうちに、ソファの端まで到達してしまう。
「ひえ……」
「あのイカレ頭がさあ、最近大事な"オトモダチ"を蔑ろにするらしいんだよ。そんで〜俺は、君がその理由だ! って思ってるわけ」
謎の男は背もたれに片腕を乗せ、気安い笑顔でそう語る。
イカレ頭、はニオくんの事だろう。どうしてそう呼んでいるのかは不明だが、少なくとも彼とニオくんの仲はよろしくないようだ。
なんでこんなことに……!
助けて欲しい。欲を言うなら通りすがりの学園長とかに助けて欲しい。
というか、そろそろニオくんが帰ってくるのではないだろうか。
「リューネ! おまた、せ……」
「あっ……」
バットタイミングにも程がある。心の中で頭を抱えた。
「おおっと〜噂の彼がご登場だ」
ニオくんの顔から、今まで私に向けてくれていた笑顔が抜け落ちる。
そしてニオくんは、その無表情のまま大股でこちらまでやってくると、謎の男の腕を掴んだ。
「お前、なんでここにいんの?」
「お前のオトモダチ達からのヘルプコールに応じてやってんの〜宝物が出来たからって気ぃ抜きすぎじゃねえ?」
私なら泣いて謝っているくらい怖いのだが、般若のごときニオくんと対峙している謎の男は全く動じない。それどころか、掴まれていない片手で電話のフリをし、煽っている。
口を挟めるわけもないので、とりあえず空気を読んでくれない世界を恨んだ。
「……とりあえずリューネから離れろ」
「お〜こえ〜」
絞り出されたニオくんの声に従い、降参ポーズをしながら謎の男が立ち上がる。ちょっとほっとしたのもつかの間、謎の男は更にニオくんを煽り出した。
「そんなにこのお姫様が大事なわけ?」
「っリューネはめちゃくちゃ弱いんだよ! すぐ死ぬんだから!」
からかうような嘲笑うような表情で告げられた言葉に、ニオくんは至極真剣に返す。流れ弾が私に突き刺さった。
「うっ……そうです、ごめんなさい……」
「ええ〜? 言うてそんな……まあ性格は気弱そうだけど、さすがに過剰じゃね〜の?」
胸を押さえて謝る私を見下ろした謎の男は、案外背が高いらしい。ニオくんも私と比べると男の子らしい身長なのに、謎の男はそれより更に上のようだ。
まあそんなことに気づいている場合じゃないんだけど……。強いて言うなら圧迫感がすごい。
「初級魔法受けたら死ぬ」
「……嘘つくなよ」
「学園長が嘘つくかよ」
「…………まじ?」
謎の男がチラリとこちらを見る。肯定したら、有り得ないものを見る顔をされた。解せない。
「お前さ、自分の胸に手ぇ当てて考えてみなよ。標本事件の犯人をそんな……赤ちゃんより弱い存在に近づけれる?」
「無理だわ」
「だろ」
ふたりは深く頷きあった。よくわからないが諍いは集結したらしい。完璧に仲が悪いわけでも無さそうだ。
え? ていうか待って?
「あ、あの……その方って……」
「リューネ、あんまり近づいちゃダメだよ」
「ちが、え?」
「こいつ、レムレス・スプークト。さっき話した事件の犯人って言われてんの」
「ま〜証拠はねえけどね。よろしく〜」
「しなくていいよ」
いや、ペッカー先輩は?
黙った私をそっちのけで、ふたりはまたチクチクと言い合いを始める。
「はあ? お前が口出すことじゃねえだろ」
「オレは学園長からリューネを任されてんの!」
「権力を盾にするってかあ〜?」
「いちいち言い方に悪意があんだよなあ?」
私はひとり、大量のクエスチョンマークを浮かべていた。
もしかして、真犯人(恐らく)を知ってるのって私だけ?
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