決意に満ちた私が今までいた謎の部屋を出ると、廊下の奥が光っていた。それは徐々にこちら側に近づいてくる。
きっと先輩だ……!
私も合流のため明かりの方へ駆け足で進む。予想通り、次第に現れたのは杖の先端に光を灯したジュスティ先輩であった。
「先輩!」
「っ! 貴様!! どこに行っていたー!」
「ひえっ……す、すみませんー!」
しかしやっと出会えた彼はかなり怒っていた。いや、そうだよね。だって目覚めたらひとりぼっちだもんね!?
ジュスティ先輩が目覚める前にチラッと様子を見てきてサクッと戻ってこようと思っていた私だが、予想外のことが連続したせいで結果的に酷いことをしてしまった。さぞかし驚いたことだろう。申し開きもない。
「しかも何故こっち側にいる!?」
「え……っと、諸事情により……? ですか、ね……?」
うまく説明できずに首を傾げれば、ジュスティ先輩は空いた片手で頭を押さえ、唸った。
「普通、勝手に居なくなるか……なによりこの暗闇だぞ。単独行動をするにしても、よく未知に突っ込んでいけるものだ」
その言い方に違和感を覚え、私は恐る恐る口を開く。
「……もしかして、探してくれてました……?」
「当たり前だろう!」
「え〜っ……!?」
薄々そうかな〜なんて思いはしたが、それでもなんの躊躇もなく言い切られたものだから、私は愕然と申し訳なさの入り交じった弱々しい驚きの声をあげた。
「それは……すみません……」
「全くだ! しかも、どうやら侵入者がいるらしい」
「あっそう、そうなんです……!」
流石にジュスティ先輩も侵入者には気づいていたらしい。私はとにかく頷き肯定した。そうだその件が今は最優先だ。
だって、あんな馬鹿しかやらない強行突破を実行できてしまうような輩と相対したら、ジュスティ先輩はともかく、私なんかはその瞬間確実に死んでしまう。しかも先程、もう死なないぞ! と決意を固めたばかりだというのに。
さてでは、なんとか見つからず、ジュスティ先輩の探しものを回収した上で平和に逃げることは出来ないものか。私は考える。あの様子だと、もう上も無惨な状態にされているのだろうか?
ジュスティ先輩の心境を思うと、なるべくこのお屋敷には綺麗な状態で残っていて欲しかったのだが……正直今更かもしれない。そもそもホールの床も落ちたし……。
「……貴様に何かあったらどうしようか、と、思った……」
「え?」
頭を悩ませていたら、不意に、空気に溶けるかと思うほど小さなジュスティ先輩の声が聞こえた。なんなら語尾はもう尻すぼみに消えていたのだが、どうにか内容を咀嚼する。
「…………えっ? なんか先輩素直になってます?」
じっくり十数秒かけて言葉の意味を理解した時、私の口から零れ出たのはそんな台詞であった。
「はあ!?!?」
「わっすみませんすみません調子乗りました……!」
そして間髪入れずに、呆れなのか否定なのか、はたまた……照れなのか? 判断のつかないものが込められた、返事のなり損ないみたいな音が返ってくる。至近距離の弊害でそれが耳にキーンと来たものだから、私はすぐさま謝った。
「ぐ、っ〜……貴様にそのようなことを言った俺が馬鹿だった! さっさと地下から出るぞ!」
「ああ〜……待ってください、置いてかないでください〜……」
すっかりいつもの調子に戻ったジュスティ先輩はずんずんと私の先を行く。彼は右側の壁に光を寄せて扉の位置を確かめると、そのまま流れるように扉を開けて、中に入った。ジュスティ先輩が自らそんな行動をとったのは初めてだ。……少しは気分、というか精神も回復したのだろうか?
そうだといいなと思いつつ、私は後を追う。
その先は、私がジュスティ先輩のお母上の手記を手に入れた部屋だった。あの時は真っ暗で何も見えなかったが、今度はジュスティ先輩の杖の明かりのおかげでここが何かよくわかる。どうやらこの部屋は倉庫のようだ。
何か、見たことの無い薬草が詰まった木箱があったり、よくわからない抽象画が壁に立て掛けられていたりと、混沌としていた。
「……よし。リューネ、来い」
「あっはい……!」
そんな異世界産の見慣れないものたちに目を奪われていたが、ジュスティ先輩に呼ばれ私は慌ててそちらへ駆け寄る。目の前には蓋の外された通気口があった。
「……あの、これは……」
「貴様のサイズならここに入れるはずだ。この木箱を踏み台にして登れ」
「ですよね……!」
嫌な予感的中だ。異議を唱えたいが、それを聞き入れてくれるとは思えない。私は大人しく積み上げられた木箱に足をかける。あっ結構高くて怖い……。
木材や組み立て自体はしっかりとしているようだが、木だからこそ踏みしめ動く度にギシリと音が鳴る。これが恐怖心を煽るのだ。
「そのまままっすぐ進んで、左に曲がり、更に突き当たりまで行け。ここのように、出口も高い位置にあるから一人で降りようとはするな」
「は、はあ……えっと、じゃあ先輩は?」
「俺は別ルートから貴様が辿り着くであろう部屋に向かう。そして貴様を回収して、また別の外へ繋がる部屋から逃げる。恐らく蓋の隙間から俺の姿が見えるはずだから、それを待て」
「わ、わかりました。その……ご武運を……?」
テキパキと指示を寄越してくるジュスティ先輩は、とても手帳やら先生から来ていたメールのことなんかを言える雰囲気ではなかった。ガコン、と後ろで蓋が閉まる。別ルートとやらがよくわからないので彼の方は不安だったが、とりあえず私は私で言われた通りに進むしかない。最悪、本当に最悪の時のため、自殺の覚悟を決めておくことにした。
そんな人生ある?
死に戻りなんてものをしている時点で私が人間なのかは怪しい。けれど、深く考えたくなかったのでそこで思考を止めておいた。
ずるずる、ずりずり、無心で這いずり、私はやっと指定された出口に辿り着く。確かにここは高い位置にあるようで、縦に幾つも空いた蓋の隙間から下の内装が見えた。ここは……寝室だろうか。
にしても、地下からこんな高さまで段差無しで繋がるとは、なんともすごい発想だ。よくよく思い返せば、通気口の内部が何となくなだらかな傾斜になっていたような気がする。あれが構造の秘密なのだろう。
「………………」
ジュスティ先輩の姿はまだ見えない。ここでじっとしているだけはソワソワして心臓に悪いし、腕くらいは動かせるので、私はメールを確認することにした。
メールフォルダには、また一通だけ新着がある。開けばそこには前回より更に簡素になった本文。
学園長がそちらへ向かった。
その文字列に私はヒュッと息を詰まらせた。いや、うん。まあ、うん。正しい……というかありがたい。学園長が来てくれるならそれは戦力的にも、救いの手としても、とっても頼れる相手だ。だから、ありがたい。が……。
私、絶対怒られるじゃん〜〜!
学園長は愛らしい見た目に反し、いつも底知れず、だからこその不思議な怖さが存在する。いつかの私を殺した時も、あれ? というくらいで人を殺してしまったことに対する感情が大して見えなかった。
まあそれはただ顔に出なかっただけかもしれないけれど……とにかくそんな人に説教をされる恐怖がわかるか? という話である。
嫌だなあ……。
だが、ここからの安全な脱出には替えられない。私はそっとウィンドウを閉じた。それから、用事が終わってしまったので、再度下を見る。ジュスティ先輩は来ていない。
何も無ければいいな……なんて思っていれば、丁度待ち人は部屋へ駆け込んできた。
「……!」
咄嗟に声をかけようとする。しかし、続いてジュスティ先輩を追いかけるように部屋に現れた黒ローブの男に、私はピシリと固まった。もちろん声なんて出ず、なんなら逆で、私は息を潜めることに意識を方向転換させる。
やばい。え? やばいよね!?
バカスカ物理でトラップを無効化していたのは、あの人だったらしい。悲しいことに見慣れた黒いローブは、常にジュスティ先輩を狙い、何度か私も巻き添えで殺してきた暗殺者集団の目印だ。ジュスティ先輩がいることが何故バレたのかは不思議だが、暗殺者なんてものがいるなら情報屋だっているのだろう。ギラギラ閃光みたいに鮮やかで視覚的にもうるさいジュスティ先輩なんか、目立つに決まっている。
ではその次、この下にいる人が手帳の中にいた、リチャード・ロウさん(仮)であったならどうしよう。という問題。恐らくなのだが、飛行術の時最後に出てきた黒ローブさんの他にも、その更に前に階段で私を刺し殺してきた黒ローブとかは、個人的にロウさんだったんじゃないかと思うのだ。そしてそれはつまり、あのロウさん、めちゃめちゃ強いのではないだろうか。
的確に急所を突き刺すこなれ感、大多数を前にしても動じない場馴れ度。あれは完璧にプロの中のプロである。
「――また、貴様か」
微かにジュスティ先輩の声が聞こえた。表情は見えないが、彼の片手には無骨で重そうな剣がある。そして向こうはいつもの短剣。どうやらお互いすぐに斬りかかったりはしなさそうだ。ていうか先輩はそれどこから持ってきたんですか??
……とりあえず色んな疑問は置いといて、手練の暗殺者に対抗するならそりゃあ剣の一本くらいはあった方がいい。けれど、それでもジュスティ先輩があの人に勝てるのかはなんとも言えない。
あれ……そもそも手帳に攻略対象認定されてる人同士が戦うっていいのかな……!?
これで仮にどちらかが重傷を負うとか、最悪死亡、なんてことになった時、手帳と世界はどんな判断を下すのだろう。私が死なずとも時間が巻き戻るのか、私もとばっちりの心臓発作とかで死んでしまうのか。はたまた、そのまま続行なのか。
何にせよ、二人の衝突は止めなくちゃ大変なことになりそうだ。替えがきかないみんなが死ぬのはやっぱり避けたい。
だから、私が今できることを、考えなくては。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!