オレの目の前で、こめかみから血を流したリューネが倒れていく。
彼女の一瞬だけの驚いた顔は、すぐに何かを悟ったような安らかな表情に変わった。
なんで?
もうきっと制御ができないんだろう。滑らかで硬い廊下の床に、リューネの身体は叩きつけられた。ドクドクと血が広がっていくのに、オレも誰も動けない。
なんで?
でも、リューネはもう助からないって、みんなわかってた。
そしてこの、胸を裂くような辛く苦しい感情に浸る暇もなく、またもう一発、銃弾が飛んでくる。
「っ!」
咄嗟に監督先輩が杖を出現させ、それで弾を跳ね返した。先輩は嫌ってるけど、やっぱりその角材、よく似合ってるね。
無意識の現実逃避なのか、オレはそんな的はずれなことをぼんやりと思った。未だ心はジクジク痛む。
「リューネ、リューネ……」
倒れ脱力したリューネに駆け寄れば、オレの足元で血が音を立てた。リューネの血だ。それに、ゾワゾワと背筋が震える。
彼女は律儀にも瞼を閉じていた。この血溜まりさえなければ、もしかしたら眠っているようにも見えたかもしれない。こめかみの辺りに空いた小さな穴の奥に、赤が見える。銃弾は貫通したらしい。向こう側の景色ではなくこの色だったことは、まだマシだろうか。綺麗な黒髪も、半分ほど血で濡れている。ああ、酷い。
この世界において、死体は自然に返すものだ。弔う時だって基本、遺体そのものに人の手を入れては行けない。けれど、こんな死に方は、死に様は、あまりにも可哀想だと思った。
「……ニオ先輩」
「なに」
「リューネ先輩は……」
「言うなよ」
「はい」
告げた通りにメアは口を閉ざした。お前は、そうだよね。わかんないよね。
「ぐっ、おい! パリッソ!」
「うるさい! なんだよ、先輩のせいでリューネは死んだのに!」
「っ……!」
知らない間に、監督先輩はもう一人の暗殺者と鍔迫り合いをしていた。角材はなんとか宝石に外の光を当てれたようで、戦いやすい剣の形になっている。でもなんか、どうでもいいや。
血溜まりに座り込んだオレは、そっとリューネの頭を自身の膝に乗せた。
「……痛かった、ね……」
なんだかオレが泣きそうだ。リューネは泣いていないのに。
他のⅣ組のみんなも教室へ跳んできたようで、次第に辺りが騒がしくなる。
オレは周りの喧騒を全て切り離すように、ぎゅっとリューネの頭を抱きかかえ、縮こまった。
真っ白だったこのパーカーは、もう一生捨てれない。
「うるさい! なんだよ、先輩のせいでリューネは死んだのに!」
その言葉を聞いた時、その通りだと思った。パリッソの方へ振り向いて、同じように特待生の元へ駆け寄って、そうして彼女の死を悼む資格は俺にはなかった。
「っ……!」
図星であったことと、今回の相手がよそ見をして勝てるほど甘くない敵であることから、俺は咄嗟に何も返せない。そもそもあの特待生を死なせた時点で、俺に返せる言葉など、無いのかもしれないとすら思う。
「何故、お前達は俺を狙うんだ……!」
短剣での連撃を弾き、俺は顔の見えない刺客へ問いかける。
他人へ殺してやりたいほどの恨み辛みがあることも、そのために暗殺者を雇うのも、別にわからなくはない。そういう輩はこの世にごまんといるのだろう。
しかし、俺の巻き添えで、俺以外が死ぬことになるなんて。それは、それは……久方ぶりの、両親以来の体験であった。
「………………」
敵は何も答えない。それはそうだ。彼らは依頼された対象の殺害を、正式に仕事としているのだから。守秘義務だって勿論あってしかるべきだ。
とにかく攻撃に備え、剣を構える。
だが、わからない。なにもわからない。
俺はこの先もこうやって人に迷惑をかけて生きていくのだろうか。もしこのまま生きる限り追っ手が来るのなら、王宮勤めになんて到底なれないのではなかろうか。
俺は一体、あと何人分の人生を背負えばいいんだ?
ふと、そこまで考えて、急に目の前が真っ暗になったような感覚に陥った。本の一歩分の光も見つけられず、信じてきたもの達は途端に何の役にも立たなくなる。
「ぐ、うあっ!」
そして殺しのプロがその隙を見逃すはずがない。瞬間こちらへ投擲された短剣に反応出来ず、無様にも俺の手から剣が離れた。
死にたくない。絶対に幸せに生きてやる。と、そう思って、俺はただただ懸命に日々を過ごしてきた。
それ以外の選択肢なんて、俺の脳内には存在しなかった。
しかし、もしかしたら……俺に出来る償いは、俺が死ぬことなのかもしれない。
「……リューネ、か」
俺はさいごに目の前の敵から視線を外し、背後へ振り向いた。パリッソに抱えられ、数名に囲まれ、彼女の姿は殆ど捉えることができない。それでも、彼女から流れ出たのであろう血液が僅かに見えたその時にはもう、俺の覚悟は確かに決まっていた。
月の加護を受けし名を持つ彼女と、共にここで死ねたなら、少なくとも俺の両親くらいは救われるだろう。
罰は俺がいくらでも受け入れるから、だからどうか。
「おれ、を……帰らぬ旅の、道連れに……!」
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