結局、押しの強い二名に負けて、先生は私たちを外へ出すことにしてくれた。寮の前で待ち合わせ、と先輩や後輩たちは時計の力で一足先に行ってしまって、私は先生と共に賑わいのタイミングを見て、階段を駆け下りる。
「リューネ」
「……? はい」
比較的人が少ない裏玄関から校舎を飛び出せば、先程まで眺めているだけだったお祭りはすぐそこだ。未だかつて遭遇したことの無い異世界人の量に、これからあそこに行くのか……と思うとそれだけ危険を感じる。もちろん、紅月祭は楽しい行事なんだろうし、このために頑張ってきたわけだから、それなりにワクワクもするけれど。
「認識阻害の補助具は負担になっていないか?」
「ああ……はい、大丈夫です」
黒髪黒目は目立つ、しかもⅣ組の人間と一緒だと更に目立つ。ということで、道中で私は先生に気配を薄くする魔法具のリボンをお借りした。どこにつけるか迷ったが、腰のベルトの輪っか部分に結んでいる。その微妙な距離のおかげか、はたまた調整してもらったばかりのブレスレットが役目を果たしているのか、今のところ辛さは感じない。
「では早速三名を回収しに行くぞ」
「はい!」
視界から外れないように、と言われているので、いつものように三歩後ろではなく隣を歩く。私と先生ではかなり身長差があるというのに、置いていかれることはなかった。
殺されたことはあるけど、悪い先生じゃないんだよな……。
しかしその、悪い先生じゃない、という要素が逆にしんどいのもまた事実である。
これは他のみんなにも言えることだが……死ぬのは本当に痛いし疲れる。だから私を殺せるだけの力がある相手が怖い。また殺されたくもない。たまにヤケというか、何も考えたくなくてその感情すら失っていたりもするけれど、基本はそうやってトラウマにまでなっている。なのに、普段の彼らは程度こそ違えどみな優しい。これでは一方的に恨めない。なんなら、弱い自分が悪かったような気までしてくるというものだ。
きっと、一番正答に近いのは、誰も悪くない……なのだろう。実際故意に殺意を持って殺されたことはそうない。いっそ私がうっかり死んでしまった後の人々は大層混乱しただろうとも思う。でもだからといって、死ぬことをただそのまま受け入れられるほど、私は人間をやめてなかった。
……こんなこと考えたくないな。
いつもは考えないようにしているのに、何故だか連想ゲームのように頭が働いてしまう。やめよう、だって今日は紅月祭。折角の楽しいお祭りの日だ。
一度、ぎゅっと目を瞑り前を見る。視界の先では、カラフルな三人が、学生寮から少し離れた位置に立ち並んでいた。
「お待ちしていました! ん? リューネは……」
「あれれ、ほんとですねえ? リューネせんぱいはあ?」
みんなは、魔法具の力により私が見つけられないらしい。セルテくんがキョロキョロと辺りを見渡す。ちゃんといるのにこんなに気づかれないなんて、ちょっと面白い。
「ここにいる。メアならわかるだろう」
「はい、アルキュミア先生」
けれど、本当にメアくんにはわかっていたようだ。私の手をそっと持ち上げ、彼は「見つけました」と目を見つめてきた。
「……すごいね、メアくん。バレちゃった」
「これくらいであれば容易いことです。失礼しました」
「あ、いた! やっとぼくらにもわかりましたあ」
「む……そのようだな」
効果には個人差があるのだろうか。笑いかければ、またそっと、壊れ物を扱うような力加減で手が離される。そして、私がそこにいると認知できたからか、セルテくんとアレウス先輩にも私は見つかった。
「先生、これは一体何故ですか?」
「私の判断でリューネに認識阻害の魔法具を貸し与えた。体調面に問題は無いそうだ」
「なるほど! そうでしたか。リューネ! 貴様が一番危なっかしいのだから、必ず誰かの傍にいるのだぞ!」
「え? えーと……気をつけます」
アレウス先輩は私の何のつもりなんだろう。いや、一応お目付け役的なのだっけ? とにかく、人混みでみなと離れたくないのはたしかなので、頷いておく。
「よおし、それじゃあみんなで出かけましょおー!」
そうして、にぱっと笑ったセルテくんの号令で、私たちは遂に出発した。
正門から校舎までのメインストリートはもちろん、そこから少し逸れた敷地内のあちこちにまで立ち並ぶ出店たち。そこにはありとあらゆる料理が並び、趣向を凝らした娯楽が並ぶ。
依然宙には紙吹雪が舞っていて、所々に立つ街路灯からは三角旗が吊り下がっていて、更には門の前では風船をも配っていたりするようだ。お祭りというか、もはやテーマパークのような盛り上がりに、次第に私も楽しくなってきた。
「あ! これおいしそおー!」
ふと、セルテくんが言葉と同時にフルーツ飴の屋台へ駆け寄っていく。その手には既に食べ終わり様々な串だけが入った筒がある。元々唐揚げが入っていたそこに今収まる串の本数は実に十数本。やきとりやら、フランクフルトやら、トルネードポテトやら……通り過ぎる度に何かを食べて、しかし、彼の胃袋の底はまだ見えない。
「ははは! 相変わらずよく食べるな!」
「はい」
「パラミシア、貴様は良いのか?」
「はい。俺は最初の露店にあった唐揚げで充分です」
「そうか!」
そんな感じで、楽しみにしていただけあって、一番はしゃいでいるセルテくんだが、その様子を見るアレウス先輩とメアくん。彼らふたりも、私の勘違いでなければ普段より少し楽しそうだ。
みんな浮かれているのか、それともそもそも人が多いことが大きいのか、案外みんなはⅣ組の問題児だとはバレていない。
……私もなにか食べたくなってきたな。
魔法があって魔物がいる異世界ではあるが、ありがたいことにここは食文化にはあまり違いがない。
厳密に言えば全部もどき、ではあるものの、フルーツ飴の屋台にはリンゴもイチゴもモモもある。綺麗にコーティングされていて、とっても美味しそうだ。見ているだけで小腹がすいてくる。
でもフルーツの気分ではないから……。
近くの出店をぐるりと眺める。
「あ。先生、あれ……」
「行ってきなさい」
「……! ありがとうございます」
許可を得て向かった先は、多分フレンチドッグであろうものが売っているひとつの屋台。
しかし、その屋台は私たちとは反対側にあった。気配が薄いのをいいことに間を抜い、人を掻き分け、何とか屋台に辿り着くも、気配が薄いせいで周りに配慮されず、私は波に押されてみんなから離れ、一人元来た道を戻ってしまう。
「あ、あれっ……!?」
通りの進行方向が真ん中から綺麗に二分割されていたのも仇となっていた。
やばいやばい! こんなところで一人になったら……!
私はとりあえず、さっきまでみんなと一緒にいた反対側へ戻ろうと、もがいてみた。けれど私の意思と反して、もがけばもがくほど変に進んでしまう。人混みから頭一つ分飛び抜けていて、よく目立つアレウス先輩の青と先生の緑髪がどんどん離れていく。
こうなったらせめて、横道に逸れるしかない。屋台と屋台の隙間に一度身を潜め、時計で連絡を取ろう。それが一番良い気がする。
だってほら、なんだかこの先が随分賑やかだ。
後ろを見るのをやめて、正面の騒ぎをどうにか覗けば、どこかのクラスが展示を宣伝に来ているらしい。小型のロケットが辺りを飛び回って、ささやかながらも花火がいくつも上がっていた。これを目指す人間が多くて、進む流れも早かったのだろう。
花火は綺麗だし、ペットボトルロケットどころじゃない完成度で小回りの利いた空中遊泳を見せている小型ロケットももちろんすごいのだが、お馴染みの光の粒子がちらちら見えて、近づいたら終わりな気がした。
「え〜、と……あっ!」
あの一角に辿り着く前に隠れなければ! そう強く思っていたのが効いたのか、丁度抜け出すタイミングがやってくる。慌ててそのチャンスに乗っかった結果、私がやってきたのは池のほとりだった。
「な、なんで……?」
敷地内に池があるなんて初めて知った。いや、だが、私が知らなかっただけで、ないとも言いきれない。何せ軽い理由で寮を増築しようとするような学園長が管理する学園だ。それに脳内マップが正しければ、おそらくここは普段はあまり来たことがない西南の方。
「いや、うん。有り得るな」
一人頷けば、その時、頭上からヒュルヒュルと空気の抜けたような音がした。
「っ、え」
見上げれば、ロケットが堕ちてくる。しかも、弾けながら。きっとこれは他のロケットみたいに、花火をあげようとしているのだろう。……ちょっと、他と違って、地に触れた衝撃……いやもう私にぶつかって発動しそうだけど。
「死にたくない」
でも、逃げれなかった。
これは結構痛そうだ。
どこまで私、巻き戻るのかな。
次は絶対気をつけなきゃ。
色んな言葉が頭の中を駆け巡る。走馬灯は今更浮かばなかった。
バシャーーーン!!
「あ、れ」
目が覚める。
あ、そうだ。死んだんだ。しかもなんか……最後池に落ちた気がするな? 嫌だな〜
視界に映るのは空。
「……? おかしいな」
今日の朝まで戻ったとしても、見えるのは部屋の天井のはずだ。私は起き上がる。
辺りの様子は先程と同じだった。
「な、なんでっ!?」
その時、不意に自分の手が視界に入った。……透けている。
まさか、まさかだけれど。
「私……幽霊になってる……?」
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