酷い目にあった。私は最後、少しだけ残ったアイスティーを飲み干して、こっそりこっそり息を吐く。
命は一つだけ、なんて。そんな当たり前のことは知っている。けれど残念ながらそれは私には適用されないのだ。いや、私の命も確かに一つかもしれないが、その一つが無くなる度に巻き戻ってしまうのだからどうしようもない。
無事に帰れたら、こんな力無くなるよね?
もしくは、手帳に記されたミッションを解決していけば、きっとそのうち解放されるはずだ。少なくとも私はそう信じている。そうじゃなかったら……その時のことはあまり考えたくない。
「さて。実は今日アレウスは公欠なんだけれど、それは知っているよね?」
「あ、聞いた聞いた! なんでー?」
先生から一つのファイルを受け取った学園長は、それに目線を落としたまま私たちへ告げる。
「いやね、今までは刺客を捕まえられなかったし、ちょっと依頼人の心当たりも多すぎて特定できなかったんだけれど、とうとうわかったんだよね。で、張本人には流石に伝えておくべきだろう? だから昨日の夜一足先に呼びつけたらさ、最後まで聞いた途端、外泊届けを叩きつけて飛び出しちゃって! 全く生き急いでいるよねえ」
なんてことないように言っているが、先輩も学園長もどちらも中々に中々だ。いやそれ生き急いでいるとかの話ですか? と言うべきか。それとも、心当たりが多すぎてってどういうことですか? と聞くべきか。迷った末に、私はきゅっと口を結んだ。沈黙は金、なんて言うしね。うん。
「まああいつは真面目だからね。リューネのようにすぐ死ぬわけでもないし、別にこれぐらい目を瞑ってやろうと思って公欠にしたわけ」
学園長が中身を確認し終えると、ファイルはふわりと浮き上がり、こちらの手元へ飛んできた。見てもいいと判断されたのだろうか。
サラッと放たれた鋭い事実が私の胸を刺したけれど、まあそれはいい。とりあえずはこれが先だ。私はファイルを手に取った。
「あ、オレにも見せて〜! なになに? なんて書いてる?」
横からニオくんが覗き込んできたので、彼にも見えるように開いたそれを少し傾ける。一ページ目、すぐさま目につく場所にあったのは、文字の書かれた様々な用紙が切り抜かれ継ぎ接ぎされた……スクラップであった。私は、その中でも一際大きな見出しを辿る。
「ええと……名門ジュスティ家、没落の真実……?」
うわ、見ない方が良かったやつだこれ。読み上げた瞬間、面倒事の気配を察知してしまった。そろそろトラブル吸引体質とか、そんな馬鹿なものを疑った方がいいかもしれない。
「あー、あれかあ! まあたしかに監督先輩、ジュスティだし……いやでもほんとに?」
遠くを見つめてしまいそうになる私の隣では、ニオくんがひとりで納得したり疑ったり。そんなに有名なものなのだろうか?
「ほんとほんと。本家筋の生き残りっていうか、元跡継ぎ息子だよ。あいつ」
「えー! うわーなにそれ、そりゃ狙われるよーもう!」
……少なくともこの異世界の住人たちにとっては、中々のビックニュースだったようだ。
このままでは話においていかれてしまう。正直嫌だな〜という気持ちはありつつも、何も知らずに巻き込まれるのはもっと勘弁だ。致し方なく、続きに目を向けた。
長きにわたり王国へ金銭的扶助を行いながら、代々王宮へ勤め王族へ仕えてきたジュスティ家。かの家は候爵の地位と辺境伯としての権力を授けられ、領地内では王と同列といっても過言ではないほどの扱いをされていた。また、その優秀さと類まれなる愛国心・貢献度合いを評価され、数代前から公爵を名乗ることも許された。
しかし、正当な働きへの正当な見返りだと言えど、目に見えて優遇されるジュスティ家には敵も多く……裏切り、冤罪、殺害未遂と手段を選ばず失脚を狙う企みは数えきれないほどあった。だが、そんな過酷な状況に置かれながらもたしかにジュスティ家は現代まで存続しており、かの家の栄華が潰えることは今後も無いはずだった。
その認識が一夜にして覆されたのが、四年前のとある秋の日である。
突如、ジュスティ家が告発されたのだ。同時に提出されたいくつもの証拠によって、疑う間もなく司法は判決を下した。
更に追い討ちをかけるように、次の日出頭を求めジュスティ宅へやって来た者達が、屋敷内で死亡している彼らを発見。数日間に及ぶ調査の末、罪に耐えきれず自殺したものと片付けられた。ただし、次期当主とされていた一人息子だけは血痕のみで遺体が見つからず、足取りも掴めなかったため、消息不明とされた。
そうして、罰を与える相手がいなくなったことでジュスティ家の謀反(※)の件は有耶無耶になり、今に至る。
けれど、四年の月日が経ち、国の技術力が上昇したことで、当時の証拠は果たして本物だったのか? と上流階級者も含む一部の国民から疑問があがっている。また、王立魔法学園で毎年行われている紅月祭だが、一年前のそこでジュスティ家の一人息子を見たという証言も獲得した。
彼がなぜ急に姿を現し始めたのか。その理由はわからないが、彼の心中を察するに、ジュスティ家は今回も冤罪だ! という真実を伝えたい可能性は大いにあるだろう──。
※ジュスティ家が告発されたこと、ジュスティ家が事実上の没落をしたこと、の二点こそ説明がなされたが、告発内容についての正式な情報は現状不明。しかし、そうまでして隠すということは、謀反では? と噂された。
……その他にも、いくつかの記事や調査結果をまとめたものが続いている。後ろの方はもう見たくない。
「………………」
そこで一度、私はファイルを閉じた。キリのいいところまで読み終えた結果、確信してしまったのだ。
これ、無理でしょ。いや、だって、なに……なにこれ?
混乱してきそうなので、一旦脳内で経緯をまとめてみよう。
簡単に言えば、ジュスティ先輩はとってもすごい貴族のお家の人で、ある日何らかの罪……恐らく反逆? の罪を問われる羽目に。しかもその告発がなされた晩、ジュスティ先輩のお家では何かが起きて、結果的にジュスティ先輩だけが生き残った……と。それからは多分学園長にでも保護された? のかもしれない。
……で、結局これはどうすればいいわけ?
まさかさすがの死に戻りだって、過去を変えろなんて無茶振りはしない。と、思う。思いたい。けれど、だとしたらやはりこれは完璧に、私が手を出す領域ではないのではないだろうか?
貴族同士のいざこざを解決する力なんて私には無い。なんなら、ジュスティ先輩には踏み込んでくるなと言われたばかりだ。
「……リューネ?」
「えっ? あ、な、なに?」
これからについて考え込んでいれば、ニオくんに名前を呼ばれた。彼の顔は私を怪しんでいるように見える。
「ねえ」
「うん……?」
「もしかしてだけどさ」
「うん……」
「監督先輩のこと、追っかけたい?」
「……うん?」
一瞬、問われた意味がわからなかった。というか、脳内で復唱しても普通に理解が追いつかない。え? なんでその発想になったの?
「やっぱり……!」
やっぱりじゃないよ? 全然そんなことないよ?
つい反射で言ってしまったうんを、何故か彼は同意のうんだと誤解しているようだ。これはなんとか訂正しないと流れで大変な目に合いそうな気がする。例えば、死んで死んで死んで死ぬとか……。
「あ、や、あのね?」
「ううん! 言わなくていいよ、わかってる」
しかし、訂正しようとした私の発言は開始一秒で遮られた。どう考えてもいい意味でのわかってるじゃないというか、絶対伝わっていない。
「リューネ優しいし……そう思うかなとは何となく察してたっていうかさ」
いや、違うよ?? 全然行きたくないよ私……。
事実無根。全くの見当違いなのだが、自分を納得させるためなのか尚もぶつぶつと何かを喋るニオくんにはもう言葉は届かなそうだ。
けれどまだ手はある。なにせ、こう言うのはなんだが、私は先程まで危険な行動を怒られていた身。さすがにジュスティ先輩の後を追うなんてそんなこと、学園長や先生が許すわけがない。
「あ、あの……」
「駄目だよ」
「え……!」
ほら、やっぱり!
私は期待通りの返答にちょっとだけ嬉しくなった。
「って言っても、リューネはやるんだろう?」
「……え?」
なのにその気持ちはすぐ萎む。
あれ、れ? なんか、雲行き怪しいな……??
「見てないところで危ない真似をされるくらいなら、いつでも助けれる状態で無茶をして欲しいんだよね」
「は、はあ……」
「だから全面バックアップで行こうか。ね」
いや、え? ちょっと??
止める間もなく、学園長はぴょんと椅子から飛び降りた。そして軽やかな足取りでこちらへ近づいてくると、「じゃ、早速準備するから!」とニッコリ笑う。
違うんですけど〜!?
「せ、せんせ……」
「………………」
藁にもすがる思いで見上げてみたが、微かに首を横に振られて終わった。どうして……。
何がなんでも世界は私にジュスティ先輩の後を追わせたいようだ。いつの間にか気を取り直していたニオくんも、渋々そうに応援をしてくれるが、学園長を止めることはない。
そうして私は、魔法を使わず馬車で出せる最高のスピードで、ジュスティ先輩がいる場所へ送り届けられることになった。
もうやだ〜〜〜!
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