「ごちそうさまでした」
「はい、片付けるよ〜美味しかったかい?」
「うん、とっても」
この感動を伝えたくてこくこくと頷けば、学園長はにこにこ笑って食器を消した。
「よかったよかった。ニオは?」
「すごい高い食材使ってるな! って思った!」
「お前に聞いた私がダメだったね。よしじゃあ本題に入ろうか」
さあ、お待ちかねの本題だ。なぜ呼ばれたのか、その理由がとうとうわかる。
「ええと……どこから話すべきかな。まあまず昨日の事情聴取を順番に行っているから、二人も話してくれるかい? それから、アレウスの居場所についての説明に……ああそれと彼があんなにも狙われる理由もね、調べたから伝えよう」
その言葉と共に、今度は二人分のアイスティーがテーブルの上に現れた。うーん、サービスが良い。
事情聴取……ってことは、全部ちゃんと話さなきゃだめだよなあ……。
正直あまり気は乗らないが、断ることは無理だろう。それにジュスティ先輩の居場所やなんやらは普通に気になる。ニオくんが「じゃあオレから話すよ」と先に名乗りを上げてくれたので、私はその間に喋る内容を整理することにした。
「ねー学園長、どこから話せばいい? 朝? それとも二時間目?」
「どっちもかな〜」
「了解ーまず朝は、リューネが握手しようとしてきた監督先輩から逃げたんだよね。でもその後たまたま弾丸が飛んできて、オレはまあまた監督先輩のせいかあってぐらいだったけど、やっぱり危ないからさ。避難がてらにメアもリューネの方に行かせたよ」
なるほど、メアくんが私の方に来ていたのはそういう理由だったらしい。彼も中々強そうではあったけれど……たしかに一年生だもんね。
そして気づいてしまったが、他人の口から話を聞くと私の奇行がよく目立つ。割といたたまれない。
「で、他のみんなもチラホラ来たから一緒にしばらく警戒してたけど何もなくて、そのうちに先生が来てホームルームが始まって……でもまたAの方で襲撃が! みたいな? その後は教室待機だったからわかんない。てかねえ先生ーオレもリューネのこと迎えに行きたかったー!」
そうふてくされるニオくんへ、先生は目を伏せただけで何も返さなかった。ただニオくんも返事を期待していたわけではないようで、「ちぇ、先生のケチー」と呟いて口を閉じ、アイスティーを飲む。
「うん、他の証言とも食い違っていないね。じゃあ次も頼むよ」
「はーい。二時間目はさーオレ普通に飛行術じゃなかったから、教室で授業受けてたんだけど、まず監督先輩が落ちてきたんだよね。視界にチラって入ってさ、あれ? って思うじゃん。窓の方見るよね。そしたら……リューネが飛び降りてた」
ニオくんが、ジト、とこちらを見たのがわかった。私も堪らずアイスティーの入ったグラスに手を伸ばす。悪いとは思ってる、思ってるんだよ……。
けれど飛び降りは本当にあのゴミ選択肢のせいだ。あれが全ての元凶で、私はどっちかって言えば被害者。でもそんなこと言えないんだよな〜! 世知辛い。
「……まあ、そこも間違ってない、ね。リューネ」
「う……はい……」
「どうしてそんなことを? しかもあの時はブローチも持っていなかったらしいね。てっきりあるものだと思っていたのだけれど……だとしたら尚更、あまりにも危険すぎる行いだ」
叱るような目付きで学園長は私を見た。言っていることは至極真っ当で、私の胸にザクザク刺さる。味方が誰もいない。まあでも、あまりにもそれは……そう……。
「……飛んだのは……そうしなきゃ行けないと思った、から。です……」
結局私にはこれしか言えなかった。
私のことだ。何もしないよりはきっと、やけくそじゃなくても最後には飛び降りる方を選んだだろう。けれどそもそもやらずに済むなら紐なしバンジーなんてしたくない。あの時の私がどれほど第三の選択肢を願ったか……。
とにかく、世界にいじめられている私にはどれだけ嫌でもやりたくなくても"そうしなきゃいけない時"がある。だからそんな諸々を加味するとやはり、この言い方しか出来ないのだ。
「あの、あとブローチは朝の時点でひび割れちゃって……」
「……うん。それは薄々そんな気はしていたよ。アレウスから暗殺者を引き渡された時に、リューネが何かをしたと聞いていたし。ただそれでも無いよりはマシだからちゃんと持っておきなさい」
「あっはい……」
「まあじゃあ飛び降りたのは一旦いいよ。良くないけれど、とりあえず置いておく。次、その後校庭には不審人物が現れたと聞いているけれど。リューネ?」
学園長に微笑みかけられる。それは暗に危険を犯したことを咎めるものだった。私の心情を表すように、テーブルに戻したアイスティーのグラスを水滴が伝う。これまた痛いところを突かれてしまった。しかし、それに関しては私も言えることがある。
「あのまま結界? の中にいたら多分死んでたので……未知の死因で死ぬぐらいならナイフとかの方がわかりやすいっていうか、痛みが想像しやすくていいなって……!」
つい力説すると、正面の二人に何かとても哀れみのこもったような顔をされた。隣を見れば、ニオくんもなんとも微妙な表情だ。あれれ? これ今度こそ入院コースですか?
「……あのね、リューネ」
「はい……」
「人間に命は一つだけなんだよ」
「そう、ですね……」
そして学園長に、まるで諭すような声色で優しく優しくそう言われてしまった。過去最高に空気が重たくなったのを感じる。もう公開処刑だよこんなの。
「はあ……ウィードル、どう思う?」
「全体的に罪悪感はあるようですが、今の言葉に関しては腑に落ちないような素振りです」
「えっ」
ちょっと先生?? 今めちゃくちゃ余計なこと言いませんでした??
たしかに一瞬、いや結構! 文句は死に戻りに言って欲しいな……とか思ったのは認めよう。
でもまさかそれを見通すことあります?
「そうなの?」
「そんなことないです……」
私はふるふると首を横に振る。必要最低限以外の無茶はしないからもうやめて欲しい。まあそれ以前に必要最低限じゃない無茶はした覚えないんですけど……。
だって大体全部私の平穏な未来のために必要だった。多分。
「……これ以上言っても仕方ないか。次に行こう」
「はい……すみませんでした……」
学園長は暫く私を観察していたが、その果てに額を押さえ、渋々といった感じで私への尋問をやめてくれた。やった〜……学園長優しい〜……。
私は半分ほど氷が溶けてしっとりと濡れたグラスを手に取る。そして、今にも漏れ出そうだったため息をアイスティーごと無理やり喉奥へと流し込んだ。
「リューネリューネ」
その時ふと、ニオくんが私の肩を叩いた。呼ばれたものの嫌な予感がして、ぎこちなく振り向く。
「な、なに……?」
「ほんっとに、やめてね?」
「……はい………………」
そうして予想通り釘を刺され、再度私は項垂れたのだった。
先生の名前が判明したとか、ジュスティ先輩の話がまだ待ち構えているとか、そんなことももうどうでも良くなってきた気がしなくもない。
あーあ……そろそろ実績解除で世界が私に優しくなったりするべきじゃない?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!