月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

十二話 君を歓迎します

公開日時: 2020年11月19日(木) 08:56
更新日時: 2022年5月18日(水) 23:34
文字数:4,260

 さて。お昼の小休憩も終え、また蔵書庫へ向かおうとした私だったが……何故か現在ニオくんとレムレスくんに捕まり、学園長の元へ向かっている。

 ちょっと私の待遇話しただけなのにおかしいなあ……。


「学園長、忙しかったりしないかな?」

「そうだとしても押し通すよ!」

「あれに気遣う必要はねえ」

「そっかあ……」


 ダメ元で呟いてみたが、それぞれ別方向に酷い意見をいただいてしまった。こうなってはもう流されるしかない。弱いので。


 ずんずん進むふたりに半ば引きずられながら学園長室へ向かう。ニオくんがノックもなしに扉を開け放った。


「たのもー!」

「おいコラ学園長!」

「うわっなに!?」


 学園の最上階に位置する、学園長室。

 窓際の赤いソファに座り、優雅に紅茶を楽しんでいた学園長は、私たちの襲撃に勢いよく肩を震わせた。


「お邪魔します……」


 オラつくふたりの後ろで、私は控えめに頭を下げる。一応きちんと扉も閉めた。


「ちょっとちょっとがくえんちょー! リューネに何にも説明してないわけー!?」

「良識ある大人として信じらんねえなあ」

「ああ、急に二人してなにかと思えば。リューネのことか! 二人とも随分絆されたようで何よりだね」


 隙間から見える学園長はすぐに平静を取り戻し、また紅茶をひと口飲んだ。いつも通りにこにこと底が見えないので、驚いたのもフリだったのかな。なんて疑ってしまう。


「そういうこっちゃねえだろうがよ」

「私だってちゃ〜んとリューネには伝えるつもりだったよ。けれどまあ、学園長ってのは多忙でね〜」

「いや紅茶飲んでるじゃん。説得力無さすぎ!」


 そう言ってニオくんが頬を膨らませれば、学園長はため息をついた。


「この際だから説明しておこうか。ほら、三人とも。座りなさい」


 そして自分の向かいのソファへと、手で私たちを呼び寄せる。ふたりが何故か間を空けて左右に座るので、私は渋々真ん中に腰を下ろした。


「えっと、バレてたんですね?」

「私がリューネに気づかないわけないだろ?」

「はあ……」


 小さな見た目に似合わぬ老獪な笑み。サラリと言われた一言がやけにかっこよく聞こえる。

 なんだか落ち着かなくてつい変なことを尋ねてしまったが、気を悪くされなくてよかった。


 ふと、ティーカップを置き、身体を起こした学園長の手がこちらに伸びる。別段避ける必要も無いので静観していたら、それは私の頭につく少し前で進行を止められた。


「はーい、おさわり禁止ー!」

「調子乗んなよ学園長」

「おっと、こわいこわい」


 未だ機嫌の悪そうなふたりとは違い、学園長はどれだけ睨まれても楽しそうだ。またソファに沈み、「で、なんだっけ?」と笑顔を浮かべる。

 今のもふたりをからかうためだったのだろうか。


「だーかーら! リューネになんで何も説明してないの? って話!」

「ああそうそう。じゃあまずそのお前の疑問から答えようか」

「……くだんねえ理由ならぶっ飛ばすかんな」

「はは、やってみたまえレムレス」


 一通り掛け合いを楽しんだ学園長は、一瞬で真剣な雰囲気を醸し出してきた。切り替えの早さが異常である。


「まずリューネの今後についてなんだけど……私の一存で勝手に保護したから、流石に職員会議が避けられなくてね。結果、特待生として歓迎することになったよ」

「え。特待生、ですか……?」


 なにそれ。あとほんとに職員会議してたんだ……。


 追い出されないよりはマシかもしれないが、私の世界の特待生は成績が優秀で素行が良い人間に与えられるものだった。

 どう考えても、基礎知識も魔力耐性もない私が背負うような肩書きではないだろう。


「創立初の試みさ。まあ君の出身も特殊だからね。なった、というか……私がそういうことにした。なので、明後日から学業に励むように」

「え、ええ……でも私、なにもできませんよ」


 横暴な学園長の発言に私は食い下がる。こういう時こそ左右のふたりに助太刀してもらいたいのに、彼らは学園長の分であろう茶菓子を食べるばかり。なんでえ?


「助けてもらいなさい。IV組の生徒は現在十五名、そのうち二名を既に手懐けているようだから……なんとかなるさ!」

「いや、手懐けてるってそんな言い方は……」


 無茶苦茶だ。

 私は何度も何度も、死んで死んで死んで、そうして今にいるのに。山積みになった自分の死体の上に成り立っている今なのに。


 もちろんそれは死に戻りをしない学園長にはわからないことだが、それでも異世界で生きるのは簡単に出来ることじゃないのである。


 さすがに特待生は荷が重すぎますって学園長……。


「はーい質問! とくたいせーって、実際なにすんのー?」


 困り果てていれば、右隣のニオくんが手を挙げた。彼は学園長の言い方を大して気に留めていないらしい。それどころか、質問内容からして私の特待生化に乗り気に見える。


「お、良い質問だ。まず、座学は一緒に受けてもらうよ。実技や体育はその日の体調なんかを考慮して、目付け役の進言のもと、教科担任の指示に従ってもらう。定期試験で何点以上とれ、とかそんなのは無し! その代わり、IV組生徒全員となるべく仲良くなること」


 いや無理では? 反射的にそう言いかけた。言えないけど。でも本当に無理だとは思う。何せ三人目、ペッカー先輩の時点で手こずっているので。


「……目付け役ってのは?」

「基本はニオか、IV組寮監の彼にしようかな〜と思ってるよ。ほら、リューネ弱過ぎるからさ。あと異世界人だし、必要だろう?」

「は!? 異世界人!?」

「え、なにそれ! オレも聞いてないけど!?」

「おや。言ってなかった? リューネは異世界から来たんだよ」


 酷く動揺するふたりを無視して、学園長は「ね〜」と私に笑いかける。苦笑いしか出来ない。


「リューネ! ほんと!?」

「う、うん……」

「なんで言わね〜でいたんだよ!」

「ご、ごめん……?」


 鬼気迫るふたりと笑顔を崩さぬ学園長に囲まれ、何が何だかもうよくわからない。ただ、どうやらふたりは私がトリップしてきたことを即座に受け入れたらしい。なんでだよ。


「ま、そういうわけで。リューネには特待生として、IV組の生徒達の情緒教育に役立ってもらうよ」

「えっいやです」

「まあまあそう言わず」

「いやです……」

「だ〜め」

「………………」

「………………」


 今にも泣きそうな私を、学園長は微笑ましいものを見る瞳で見つめてくる。左右からも、じっと圧のある視線を感じる。


 口を開けたり、閉じたり。躊躇の末に、私は項垂れた。


「はい……お受けします……」

「よしよし。リューネは良い子だね〜」

「拒否権なかったですよね?」

「というか、こちらとしても特待生になってくれないと表立って支援ができないのさ。特待生はその名の通り、特別な待遇の生徒で"特待生"だからね!」

「はあ……」


 あんなに拒否したのに……。

 全く、大変なことになってしまった。今後は死亡回数が一気に増えそうだ。


「じゃあ、明後日までに間に合うよう色々適当に手配しておくから」

「あ、ありがとうございます」

「いいよいいよ。なんと言っても、かわいい生徒のためだからね?」


 けれど、これでもうご飯やお風呂や洋服に困ることは無いらしい。それは確かに魅力的である。


 IV組の人達と仲良くするのも、死なないように立ち回っていれば自ずとそうなるかもしれないし……うん。前向きに考えることにしよう。


「待って学園長オレ達にそんなこと言ったことないし助けてくれたこともないじゃん! 公私混同〜変態〜」

「年齢差考えろジジイ」

「そこ、うるさいぞ〜! まったくお前たちときたら……リューネを見習いなさい。第一、赤子には優しくするものだろう?」

「それはそうだけどー……やっぱり気に食わない! べー!」

「ぜってえそれだけじゃねえだろ。それも、どうせろくな理由じゃねえくせによ……」


 一人決意を固めていたうちに、ふたりはあんなに怖い学園長相手に、ポンポン雑な言葉をかけていた。私も慣れたらこんな風に減らず口をきけるようになるのだろうか。少なくとも弱いもの扱いは慣れてしまったけれど。


 早く帰りたいな。


 言い合いを傍観していれば、とうとう学園長が立ち上がった。


「よーしふたりとも。どうやら指導が必要なようだね?」

「チッ、やってやんよ」

「例え学園長相手でも負けねーかんね!」

「血気盛んだねえ。面白い! あ、リューネは危ないから避難しているように」

「はあい」


 ビッと指で出入り口の扉を示されたので、私は素直に外に出る。扉のすぐ横の壁にもたれかかれば、中からドタバタと微かに音が聞こえてきた。時間がかかりそうだ。




「………………」


 やっと一人になれたので、少し思考を整理してみる。


 まずはペッカー先輩の隠し部屋について。


 服と靴に、玉座という名の陳列棚。標本にされた人間はおそらく、あそこでお人形遊びの主役にされている。

 けれど、意識のない人間は重いと聞く。あの地下深くまでそれを持っていくのは、ペッカー先輩一人では到底出来ないだろう。協力者なんていないのではと考えたりもしたが、やはりいる。もうこれは断言してしまおう。


 また、ペッカー先輩は人の心が読める。しかも人間嫌い。だから人を標本にするのだろうが……それは憎悪からなのか、はたまた人形にした人間は好きなのか、悩ましいところだ。


「……小説読んでたし、好きなのかもなあ」


 呟いて、もたれかかるのをやめる。その瞬間、私は謎の人物に後ろから両手を拘束された。


「動くな」

「っ……!」


 知らない男の声だ。前を向かされ、脅しなのか、バチバチと光る玉を見せられる。十中八九魔法だろう。というかきっと背後を取られたのも魔法だ。瞬間移動とか……その辺だろうか。


「大人しくしろよ」

「………………」


 助けて、と叫ぶことも出来なくはないが、正直死ぬ確率の方が高い。し、私が誘拐? される理由もわからない。よって、今死に戻りをするのは得策ではない。


 そこまで考えて、私は自分の手首が縄か何かで縛られるのを素直に受け入れた。


「よし、眠れ……」

「………………」


 そして最後に、口元をハンカチで覆われる。え、これ死なないかな……。

 例えばクロロホルムとか、そんなただの薬品ならいいが、最悪これを嗅いだら私は死ぬわけで。


 まあでも仕方ないので思いっきり吸い込んだ。意識が遠のいていく。




 そうして目が覚めた場所は、古びた空き教室であった。私は死ななかったようで一安心。


「起きたんですね」

「! えっと、せ、先輩?」


 けれど何故か、傍らには同じように誘拐されてきたのであろう、ペッカー先輩。


 え? なにこれ。


 状況がさっぱりだ。これならまだ死んだ方が良かったかもしれない。

 私はすぐさま自分の選択を後悔した。

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