月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

五十一話 なんだかんだで上手くいっています

公開日時: 2022年3月17日(木) 22:50
更新日時: 2023年7月10日(月) 23:31
文字数:3,593

 怪我をしても、紅月祭は待ってくれない。とりあえず折れた手首は万が一の何かがないようにガッチリ固定してもらって、私は今日も準備を進める。

 それは例えば、新聞の紙面の構成を考えたり、実行委員の人たちと話し合ったり、現場の様子を見に行ったり、そんな感じだ。力仕事は骨が折れてなくても多分戦力外だし、魔法はもっと無理だから、私に出来ることと言えばその程度なのである。


「先輩〜次どこ行くの?」

「次は……ええと、占星術部? かな」


 そして、私のあずかり知らぬところで色々あったらしく、あの悪夢の骨折デーから二日後くらいには、リエスくんが正式? に助手のようなポジションに落ち着いていた。彼は今のところ、毎日必ず顔を合わせているニオくんもびっくりするほど真面目な働きぶりを見せている。


「ふ〜ん……なんか暗そう」

「人気らしいよ?」

「ええ〜? ど〜せ天体の力でしょ」


 ああそれから、Ⅳ組の展示も結構順調だと思う。フィートくんが本当に場所を見つけてくれたから、ホラーアトラクションの完成を目指して最近のⅣ組のみんなは基本ずっとそこにいるそうだ。問題児とされている彼らは、能力があり過ぎるというのも厄介者の理由の一つのようで、実際こちらに伝わる作業の進捗は予定よりもかなり良い。

 私がうっかり骨を折られた話を聞いて、絶対手伝わない派だったシャーニくんや、手伝ってもいいけどめんどいな……派だったらしい誰かさんたちが私を哀れんで協力してくれているとかなんとか? という話も聞いた。まあ、クラス一丸となっているのは良いことだろう。


 ただ、もうひとつの計画……校内新聞の方は結構大変だ。何しろこの世界、紙も印刷技術もなんなら製本技術もあるが、それらが大して進化していない。もっと言うなら、一個作るのは割と楽でも、それを複製するのが難しい世界だったのだ。

 更に、私の脳内計画では、校内新聞はⅣ組と他の組の人たちとの溝を埋めるためのものだ。だから、Ⅳ組のことだけじゃなくて他所の展示についても載せたかったのだが、これが中々の壁だった。Ⅳ組が基本的に怖がられていたり、疎まれているため、全然取材を受けてくれないのである。


「まあまあ……あ、ほらつくよ」

「ん! ほんとじゃん」


 今まさに向かっている占星術部が、新聞に載せてもいいと言ってくれた初めての部活だ。クラス展示は諦めて、クラブ展示を狙ってみてよかった。


 校舎の屋上に足を踏み入れれば、すっかり設置が完了されたテント小屋が見えてくる。展示場所、部室じゃないんだな……なんて思ったけれど、天体に一番近いのはたしかにここだろう。納得だ。


「あのー……こんにちはー……」


 指定された通りの場所のはずだが、周囲に人影は見えない。ならテントの方か? と入口から中を覗き、声をかければ、誰かがやってきた。


「はいはい! えーと……」

「あ、取材で……」

「あー! ね! よろしくお願いします!」

「い、いえいえ……! こちらこそ」

「で? 何が必要なの?」


 目の前の人は、雰囲気作りのためか、しゃらしゃらとした装飾だらけの深紫のフードを目深に被っている。また、顔がわからないだけでなく、男にしては高く女にしては低い声だ。


「展示物や展示内容の写真と、あとは少しだけお話を聞かせていただけたら……」

「了解了解! じゃ、まず好きに撮って」


 やけにせっかちな部員さん? に促されて、私はテントの中にお邪魔する。リエスくんが肩掛けカバンの中から杖を取り出した。


「ね〜なにこれ」

「あん? あー! それはホロスコープ。ここ占いしてんの」

「ふ〜ん」

「え? 反応うっす……」

「じゃあこれ撮るよ。ん〜と……スウテラディム」


 至極興味なさげに相槌を打ったリエスくんは、ホロスコープを見つめながら呪文を唱え、用意した紙を杖で何回か叩く。紙と杖の先端が触れ合う度、ホロスコープの絵が焼き付けられていった。そして十秒ほどで、私たち……正確にはリエスくんが見た、視界に映ったそのままが転写された紙が出来上がる。私はそれを離れたところで見ていた。

 これが、この世界における普通の写真だ。


 何せこの世界、カメラが無い。いや、それだと語弊があるか。一応腕時計の機能に存在はしている。前にビビりまくりながら撮られたことがあるから知っている。が、あれだと撮った写真はデータ上のものになってしまい、パソコンもメモリーカードやUSBもないこの世では、取り出すのが専門家でないと困難なので諦めたのだ。

 それに、見たままをそっくり紙に写すなんてカメラじゃできない。リエスくんの視力も悪くないようだし、これはこれでいいと思っている。


「先輩、ん」

「はいありがとう。外観も撮っとこうか?」

「え〜めんど〜」

「でもやってくれるもんね」

「……わかってる感ウザ」


 と言いつつ、ちゃんと紙と杖を持って外に行ってくれるんだから。まったく優しい子だ。怪我をしてから、だいぶ彼とも打ち解けた気がする。後ろ姿を微笑ましく見送ってから、部員さんに向き直った。


「おまたせしてすみません。あのですね……」

「てかその腕どうしたのキミ」

「え? ああ……じ、事故で折れちゃって……?」


 すると部員さんは、私の言葉を遮って、手首の骨折について尋ねてくる。リエスくんを待っている間に展示のこだわりなんかを聞いておこうと思ったのだが、たしかにこれは気になるか。一応何もかもをぼかして首を傾げれば「ウソの言い方じゃん」と乾いた笑い声をいただいた。


「それ、あいつでしょ」

「あいつ……?」

「さっきの子。じゃなきゃ他のⅣ組のやつだ」

「え……っと……」


 まあ、当たりではある。


 それでも、なぜ急にそんな話を持ち出したのか。意図が読めない。


「なんで、そんなこと?」

「噂だよ。キミ、生贄だって」

「い、いけにえ……」


 なんだそれは……え? Ⅳ組のってこと?


 混乱していれば、話は続く。


「この話も、部長は断るつもりらしかったけど……自分は気になってさ。特にスケープゴートなキミのこと。独断で取材受けちゃった!」

「ええ……だ、大丈夫なんですか」

「まずそこ? まーなんとかなる。こっちはね。でもキミさ、もうあんなとこ居ない方が良くない? 実際ケガしてんじゃん」


 居なくていいなら居ないんですよね……。


 でも、そんなことを言って、じゃあ居る理由って何?とか聞かれたらちょっと困る。死に戻りとか異世界がどうこうなんて話を言って信じてもらえるのだろうか。


「余計なお世話だって〜の!」


 ところが、とりあえず何かを言わなくてはと私が口を開くより先に、リエスくんが帰ってきた。しかも結構怒った表情で。


 完璧聞いてたじゃん……。


「やば! 聞いちゃった?」

「聞こえるように話してたのは誰だよ〜!」

「あは」

「先輩!」

「は、はい!?」

「写真撮った! もう行くよ〜!」

「ええっあ、うーん……し、失礼します……!」


 リエスくんにグイグイ押され、私はテント小屋を出る。去り際に、「ちょっとでも怒られないよう、いい感じの記事にしといて! あと今度は一人でまたおいでね!」との台詞が後ろから聞こえてきた。懲りてないなあの人……。


「リエスくん? あのね、押されるとちょっとね、歩きにくいっていうか……あ、階段階段! 私受け身取れないよ……!」

「あ……。ご、めん」


 あわや落ちかけるかというところで、リエスくんはようやく止まる。しかし振り返って見えた彼の表情は浮かない。


「………………」

「どうしたの?」

「……先輩、はいい人……だと思う。なんで特待生なのかも……あの、骨、折っちゃった時……後でがくえんちょ〜に聞いた。ほんとに弱いって。嫌いだったけど、今は……そんなに嫌いじゃない」

「ありがとう……?」


 それは嬉しいけど。


 階段をゆっくりゆっくり並んで降りながら、私はリエスくんの様子を伺う。


「あの時、酷い音した。バキって感じの。ボク、そんなことするつもりなかったよ」

「……? 知ってるよ」

「そう。先輩は知ってんだよね〜……変なの。なんで〜? なんで……信じるの」


 な、なんで……??


 よく考えれば、何故信じたのかはよくわからない。びっくりした顔をしてたから、とか。罪悪感がありそうだったから、とか? 細かい理由はあるにはあれど、殆ど無条件だ。

 しかしこれは重要なところだと思う。もっと、なにか……。


「あ」

「なに?」

「リエスくんが好きだからだよ」

「は……?」

「ありがとう、心配してくれて」


 うん。そうだ。好意だ。だってそれなら綺麗に説明がつく。実際嘘ではない。そりゃあ手首は痛かった。いや、今も痛い。でも殺された時の方がもっと痛かった。何せリエスくんにちょっとビクついていたくらいだ。だけど、やっぱりみんな根は悪くない。え、悪くないよね? ……とにかく、だから、みんながいい人だから、私は彼らが嫌いじゃないし、信じているのだ。きっと。多分。よし、今後もそう言おう。


「は〜……!? な、なんなの!? やっぱ先輩嫌い〜! ……ちょっとだけっ!」

「ええ〜……?」



 理不尽〜……。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート