「はあ……ごちそうさまでした」
口を拭いて、ティーカップに入ったアールグレイを飲む。すっかり満腹の私とは違い、目の前ではセルテくんが四個目のレーズンパンを食べていた。
その前にもイートイン限定で食べれるベーグルサンドを二個平らげ、他にもいくつかパンを詰め込んでいた彼は、見かけによらず相当大食いらしい。どれも決して物足りないわけではないと思うのだが、よく入るものだ。
一方メアくんは来て早々に二つほどパンを食べてそれで終わり。すぐさま満足したようで、そのあまりの正反対っぷりにはもはや感心すらしてしまう。
未だ衰えぬ潔い食べっぷりを見守っていれば、ふとメアくんが話しかけてきた。
「リューネ先輩、次はどこへ行きましょうか」
「あ……そうだね、どうしようか。ええと……たしか元々の目的は私の部屋に物を増やすこと、だったと思うんだけど、合ってる? セルテくん」
私は正直何もわからないので、とりあえずお出かけの発端であるセルテくんへ横流し。
もぐもぐと口いっぱいに頬張っていたのをきちんと飲み込んで、彼は楽しそうに提案をする。
「ん! はい! 合ってますーあのね、メアくん。ぼく、マダム・ティアのお店がいいかなって思うんだあ」
「……なるほど。そういう目的ならば、あそこは検討の余地がある」
マダム・ティア? さん? のお店は家具屋か雑貨屋か、その辺なのだろうか。やっぱり何もわかりはしないが、二人の反応を見るに変な場所ではなさそうだ。それなら別に断る理由はない。
「なら、そこに行こうか?」
「はい。わかりました」
「わーじゃあじゃあ、早く食べ終わらなきゃ! ですー!」
行き先が決まったところで、セルテくんはそう言ってトレーに乗ったパンへ手を伸ばした。これでもう……何個目だっただろう。トレーにはまだ、大盛りとまではいかないが、それなりに数えるのが億劫になる程度にはパンが乗っている。
「ゆ、ゆっくり食べてね……?」
「はあい!」
お願いだから、のど詰まりとかだけは気をつけて欲しい。私はどんどん消えていくパンを横目に、またティーカップの中身を一口飲んだ。
「せんぱあい! これ、これどうですかー!?」
「あ、すごい。かわいいね!」
くいくい、と可愛らしく袖を引き、セルテくんが見せてきたソファを褒める。
マダム・ティアのお店とやらは、パン屋にほど近く、通りを一本裏に行ったところに存在していた。
ふたり曰く、欲しいものが決まっているほど良い買い物先! だそうで……到着するまではそれに首を傾げていたのだが、入店してみれば理由がわかった。
明確な店名がなく、願った内容によって品揃えが変わる無人の店。それの通称がマダム・ティアの店、だったのだ。
馬車と同じ原理の魔法がかけられているのか、この店も外見よりずっと室内は広い。
「でも、私の部屋にはちょっと大きいなあ……」
勧められたソファは、大きさもさることながら値段も安くはなかった。くるりとしたねこ足が可愛らしいこういうのを、ロココ調というのだろうか?
人のお金でこれを買うのは……小心者の私にはなかなか勇気が必要だ。
「そっかあ……メアくんーメアくんは何かいいのあったあ?」
「……カーテンを見ていた」
「あ、かわいー! そっか、せんぱいのお部屋、元倉庫だし……きっと全部あそこにあったものだよねえ……」
「ふ、不自由はしてないよ……?」
なんだかちょっと同情され、悲しまれているようだったので一応言っておく。
そりゃあ女子として可愛いものを可愛いと思う気持ちはあるし、それが部屋にあったら嬉しいが、可愛いは私を生かしてくれないのだ。
あ、でも、癒しにはなる……? のかな……。
まあ、だとしたら、部屋に何か置いておいてもいいのかもしれない。殺風景過ぎるのは事実だし、例えばぬいぐるみの一つや二つくらいなら邪魔にもならないはずだ。
「でも、寂しくないですかー……?」
「えっと、それだけど……ぬいぐるみとかどうかなあって。家具を増やすよりはそういう方が、場所も取らないし!」
そんなわけで、今思いついたばかりのアイデアを話す。すると、セルテくんはぱあっと表情を明るくし、メアくんはなるほどと言わんばかりに頷いた。
「リューネ先輩はぬいぐるみが欲しいんですね」
「まあ……そう、だね?」
「ぼく、さんせえです! ぬいぐるみは、とってもかわいーですから!」
「気づかなくてすみません、探してきます」
「あ、そうだね! せんぱい、一緒に探しましょお!」
きゃっきゃとふたりは張り切りながら、一足先に大型家具のゾーンから雑貨のある棚の辺りへと移動していく。よかった、これで運び方も分からない家具たちを買う必要は無くなったはずだ。
私ものんびり彼らの後を追う。
にしても、こんなにすごい場所なら、もしかして帰る方法も強く願えば現れたり……しない? しないかなあ……。
この世界で生活する必要性を多少なりとも受け入れてきたとは言え、それ即ち永住の決断! ではない。帰れるものなら帰りたい。これは半ば意地であった。
もちろん、この世界が怖いのもあるけど……。
出会ってきたみんなは優しい。多少変わってる人もいるが、それでも一応今のところ私には優しい。私に優しくないのは世界だけだ。みんなの不可抗力で私を殺してしまうという唯一にして最大の欠点も、世界が違うのが根本的な問題なのだから。
だからそんな優しい彼らを振り切り、故郷に帰るというのは、やはり意地がないと出来ないことなのである。
「ぬいぐるみかあ……」
それぐらいなら、いつかの時一緒に持って帰れるだろうか。
薄ピンクのクマを抱えてああだこうだと何かを話すふたりへ近づいた。
紙袋を抱え、ふたりと歩く。結局私は、中くらいのぬいぐるみをふたつ購入した。もこもこの白いキツネと、ふわふわの茶色いイヌのぬいぐるみだ。
ふたりにはわかりやすく可愛らしいピンク色とか黄色のファンシーなのを勧められたが、これくらいのところからが合っている。
次は洋服を見て回り、その後お昼を食べて、まだ時間があれば散策をしてから、またあのバスによく似た馬車を使って学園に戻る予定らしい。
「でね! すっごくおーっきいパフェがでるんだよお」
「そうか」
「もちろん味も美味しくてねえ、メアくんも食べるといいよー」
「それは俺には荷が重い」
「くふふ、食べきれなかったら、ぼくが食べたげるね!」
「ああ。その時はよろしく頼む」
ずっと私のためのショッピングで、実際物を買っているのも私だけなのに、少し前を歩くふたりはなんだかやけに楽しそうだ。良い後輩だなあ、と感謝の心で並んだ後ろ姿を眺める。
その時、遠くの方で悲鳴が上がった。
「わっ……あれえ? ひったくり?」
「リューネ先輩、こちらへ」
「え、う、うん……!」
相変わらずどころか、昼時が近づいて更に人の量が増している中、どうやらそれに便乗したひったくりが現れたらしい。背伸びをして様子を伺えば、ひったくりらしき男はこちらへ走ってきていた。
「どけ!!」
男が向かう先にはそれをじっと見つめるセルテくんがいる。
「せ、セルテくん! 危ないよ……!」
とっさに声をかけたが、彼は動かない。逆に、なぜかきちんと男へ向き直った。
「おにーさん! わるいことは、しちゃだめなんですよう?」
しかも、そう言って近づいてくる男と目を合わせる。
その瞬間、セルテくんの桃色の瞳が怪しく光り……走っていた男はそのまま、セルテくんを突き飛ばそうと腕を少し前に出した体勢で、固まってしまった。
「……え?」
ど、どういうこと……?
状況的に、どう見てもセルテくんが何らかの力でひったくり犯を止めたわけだが、男はまるで石化しているかのようにピクリともしない。きっと生きてはいるのだろうが、見ていると少々不安になった。
「セルテ」
私を庇うように立っていたメアくんがセルテくんを呼ぶ。普段は隠すギザギザの歯を見せながらにんまり笑っていたセルテくんは、ハッと意識を取り戻し、途端に慌て出した。
「あっ……あ、ど、どおしよお……えとえと、うう……ごめんなさあいー!」
その上、最後には踵を返して逃げ出してしまう。あまりにも流れるような逃走だ。
「えっ、ええ!?」
「リューネ先輩、追ってやってください。俺はこれを何とかしてから向かいます」
「わ、わかった!」
正直あんまりわかってないけど……!
わかってないけれど、それでも一人でどこかへ走っていくなんて、心配になる。
メアくんは私が抱えていた紙袋を引き取ってくれた。一切動揺していないその振る舞いからして、この場を任せても大丈夫だろう。
そう判断し、身軽になった私は言われた通りにセルテくんが消えた方向へ走った。
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