この世には魔物がいる。基本的によく見る魔物はあまり害がない。しかし、エタティミという魔物には、暗闇から現れ、人の怖いものに化けておどかすという性質があった。
「……リューネ?」
それを最初に見つけたのは誰だったか。班ごとに別れ、授業中に逃げだしてしまったエタティミの捜索をしていた時のことだ。まさに変化中のエタティミとリューネが、校舎裏で向かい合っていたのである。
「………………」
見つけたは良いものの、捕まえれず。気づけばこんなところまで追いかけてきてしまった。
エタティミとかいう魔物は、人の怖いものに変身するという。なのに目の前のそれは逃げ惑った末にこうしてぐにゃぐにゃと動くばかりだ。どうやら形が中々決まらないらしい。
そういえば、私の怖いものってなんだろう?
私の一番怖いものはこの世界と死に戻りなのだが、死に戻りに実体はない。この世界もさすがに再現は出来ないだろう。
私はじっと、エタティミを見つめる。
その姿は学園長になり、ペッカー先輩になり、ロウさんになったと思えば先生になる。たまにレムレスくんや、アレウス先輩の見た目に近づいたりもしていた。
「……どうしたの?」
その不審さについ一歩近寄れば、エタティミは更に激しくぐちゃぐちゃと蠢く。そしてその果てに出来上がったのは、もう一人の私であった。
「ア、アァ……」
あちこちから血を流した私が、何人も何人も。ブレながらも重なって、その場に佇む。これって、なんだろう。
もしかしていつかに死んだ私? ならいつの私? それとも未来の私なのかな?
「……あなたは、だれ?」
尋ねれば、その瞬間エタティミの姿は破裂した。そして身構えていなかった私は、破裂の衝撃と、至近距離から飛んできた残骸によって、意識を失う。
そりゃそうだ。だってこれ、"魔"物なんだもんね。
「………………」
エタティミの残骸に囲まれ気絶しているリューネの周りに、一連の流れを影から見ていた数人の男が慌てて集まる。彼らはみな、いつかのリューネを結果的に殺してしまった者だった。
そして、先程エタティミに姿を模倣されたうちの数名でもあった。
「………………」
誰も口を開かない。いや、開けない。
エタティミは本来、もっとさっくりと。わかりやすく、対象の怖いものになるはずなのだ。だが、リューネを前にしたエタティミは散々解に困ったあげく、リューネ本人ではなく、彼女とエタティミを少し遠くで見守っていたこの男達が怖いと感じるものに変身してしまった。
そう、ずばり惨たらしいリューネの死である。
頭を打ち、胸を刺され、骨が折れて、足を引きずり、片目を瞑り、蹲り……そんな、誰かがそれぞれ考えた多種多様なリューネの死に様を、エタティミは再現したのだ。
それらはもちろん彼らの心に大きな痛手を負わせた。当たり前である。怖いのだから。
しかし、ならば結局リューネが怖いものとはなんなのだろうか?
まさか、自分達? なんて。そんなことは考えたくなかったので、彼らはそっと見なかったふりをした。これは秘密だ。同じく模倣されかけた他の奴にも、伝えることは無いだろう。
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