月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

四十九話 やはり天敵だった説は充分有り得ます

公開日時: 2022年3月3日(木) 20:19
更新日時: 2023年7月10日(月) 23:31
文字数:3,559

 学園長と話し込んでいるうちに、気づけば昼時になっていた。話す中で案の改善点や、問題への解決策などいくつも助けを貰えて、有意義な時間だったと言える。


 フィートくん、というか……ほとんどみんな? なんで学園長のこと面倒くさがるんだろ。

 まあ……たしかにたまに面倒っていうか……困ることはあるけれど。なんなら怖いけれど。ん? ならそれが理由だな……?


「学園長、色々ありがとう」

「全然いいよ〜応援しているからね」


 相変わらずにこにこと笑う学園長。知識量も豊富だし、なんだかやけに権力もあるようだし、まったく底知れない人だ。ていうか本当に人? それはさすがに失礼?


 ……でも、どっちにしろ今は私に優しいからな。


 死に戻りを繰り返すようになってから、なんだか色んなことに寛容になった。ただ、それが良いのか悪いのかはわからない。というか本当は寛容になったのではなく、深く考えれないとか……執着できないとか……諦め慣れたとか……そういう類いかもしれないとも思ったりする。

 とはいえ結局最終的には、死んでないから気にしなくていいか。に回帰してしまうのだが。


 急に物思いにふけってしまったのを不審がられないうちに、この頭の中身を覗かれないうちに。私は「うん」と一言頷いて、学園長室から立ち去った。


 一際きらびやかな廊下を過ぎて、階段に差し掛かったところでピロンピロンと立て続けに腕時計から音が鳴る。メールを確認すれば、実行委員全員が揃ったグループが出来上がっていた。


 あ……これそんな機能あるんだ……。


 ちょっとスマホが懐かしい。私、持ってたのかな? 

 わからないが、既視感がある。いや、そもそも前世は普通に技術が発達していたはずなので、持っていない方がおかしいか。


 どうやらグループを作ったのは双子先輩のようだ。フィートくんに勧められて、連絡用に……とのこと。彼の性格からするに、絶対目立ちたくなくてあのおふたりに作らせたと思うのだが、その想いは考慮されなかったらしい。

 早速稼働しだした実行委員グループの流れは早い。最終的に、了解です以外言うことなく、一度それぞれの報告も兼ねて食堂で集まることになっていた。


 そりゃ異論はないけどさ……。


 なんならみんなが案外やる気? で、有難いくらいだけれど、それにしても口を挟む暇がない。もしかして文面の方が彼らは上手く連携を取れるんだろうか。


「……とりあえず、向かお」




 私が作りたいホラーアトラクションは、ざっくり言うと探索をして出る方法や出口そのものを探すタイプである。コースターに乗るわけでもないし、順路があるわけでもない。ギブアップ機能はつける予定だが、怖くても自ら進まなくちゃいけないというのがミソなのだ。

 それから、何度も挑戦したくなるようにストーリー性を持たせたい。どうせなら分岐とかも出来たら面白そうだ。この世界だと幽霊がどうこうというよりは、人間が怖いパターンがいいかな、なんて考えている。


 しかしこれを実現するには、探索できるくらい広い土地を確保して、探索できるくらい大きな空間を囲んで作り込む必要があった。

 紅月祭の展示や出店のスペースは有限で、取り合いだ。なので、この内容を試みた結果展示物が変わるとしても、とにかく一番優先すべきは場所探しからの迅速な奪取だと満場一致した。


「みんな、お待たせしました……!」


 それで、発案者の私と、他のⅣ組生徒に会いたくないからなんて理由でフィートくんが、屋外を回ってたんだよね。


「リューネ! おつかれさま〜!」

「あ、ありがとう……ニオくん。そっちもお疲れ様」

「わ! ありがとう〜」


 どうやら私は一番最後に来たらしい。早速私に向かって手を振ったのはニオくんだ。えへへと笑う彼から周囲へ目を向ければ、すぐ次の言葉が飛んでくる。


「先輩遅すぎ〜歩く速さすらへなちょこなの?」


 お腹がすいているのか、リエスくんが不機嫌そうに私を睨んできた。そろそろこの鋭い視線にも慣れそうだ。それから……、なぜか普通の顔してその隣にいるセルテくん。やっぱり癖なのだろう。彼は指先だけが覗く袖口で口元を覆い、リエスくんを非難する。


「あーリエスくんったらあ。せんぱいにそんなこと言っちゃダメだよう」

「ええ〜? ボクの勝手でしょ〜」

「んー……でも、れーぎとしてのお話だよおー?」

「はあ〜? セルテだって敬語使えないくせに」

「あ! ひどーい! ぼくはちゃんと努力してるもんー」


 しかし、イラついている? らしいリエスくんはセルテくんを冷たくあしらった。それからも片方が口を開けば、もう片方がすぐに食ってかかる。ふたりの間に遠慮はなく、喧嘩になったらどうしようかと眉を寄せれば、ラヴァン先輩が笑って言った。


「良い良い、気にするな特待生殿。一年は仲良しなのよ」

「ふふふ……メアも静観するばかりで止めんからな。セルテが来る度教室で見る光景よ」

「そう、なんですか……?」


 それなら、見守るだけでいいのかもしれない。みんなは割と慣れているのか、それとも単純に関わったら面倒くさいからか、ふたりを置いてぞろぞろ食堂へ入っていく。気になってふたりを振り返ったが、結局ニオくんに呼ばれて私も食堂の席に着いた。


「じゃあオレ適当に飲み物持ってくるから、先報告しててね〜」


 なのに、当の本人……ニオくんは、座って本の数秒か否かというタイミングで駆けていく。残ったのはホオルネス先輩に、ペッカー先輩に、あれ? それだけ? 

 フィートくんなんかは何故か気配がないし、リエスくんはまだセルテくんと……あっ知らないうちに和解してる……。うーん、男の子ってわかんないなあ。


「……では、この件の最高責任者の特待生殿には一足先にお伝えしようか。我々とニオの役目はⅣ組全員への周知と、助力を求めることだったな?」

「は、はい」

「それが、大抵のⅣ組メンバーは脅……頼めば聞いてくれたが、一部が断固拒否でなあ」

「そうなのよ。一部というか……まあ、その。シャーニというやつがな」

「あっシャーニくん。なら仕方ないですねー」


 シャーニくんの名前が出た途端、ほんの少しだけドキドキしていた心臓がスっと落ち着いた。なんだ、一部って彼か!

 私みたいで私じゃないシャーニくんは、相変わらず世界と人を嫌っているようだ。


「おや? 知り合いか?」

「そうですね……多分シャーニくんは否定しますけど」

「なんだ、では気を使う必要はなかったな」


 先輩ふたりはころころ笑う。こればっかりは仕方ない。だってあんな……酷い例えにはなるが、汚泥に塗れた川みたいな底の見えない暗い目をしていた彼だ。ないわ。そりゃ。


「はーいおまたせ〜! 先輩はこれ、先輩はこれ。で先輩はこれね!」

「一緒じゃないですか……」

「そりゃそうだよ学食なんだから。あ、リューネはこれ、紅茶ね〜」

「あ……ありがとう」

「ううん!」


 やけに自慢げに持ってこられたので、私は早速グラスに口をつける。実は紅茶は別段好きなわけではない。でも美味しかったので、美味しいよと言っておいた。


「対応違いすぎ……」

「こらそこ! 存在消してるくせにケチつけないでくださーい」


 あ、会話してる。じゃあいるんだ、フィートくん。


 生憎何を呟いたのかは聞こえなかったが、こっそり帰ってたとかよりは全然マシだろう。


「は〜セルテのせいでもっとお腹すいた!」

「ぼくだってもうぺこぺこだよおー……」


 着火と鎮火を繰り返していた後輩ふたりも、やっとご飯を食べるようだ。セルテくんの食べる量はこの間のお出かけで知ったけれど、なんとリエスくんもそれに負けず劣らずトレーの上が大盛りである。十中八九、その面積が問題で、彼らは私たちとは違う近くのテーブルに座った。


「……お話も聞きたいですけど、私もご飯、取ってきますね」

「さっさと戻ってきてくださいよ。僕じゃこいつら止められませんからね」

「ええと、善処はしますけど。止める方は私も期待されても自信ないですよ……?」


 心底居心地が悪そうなペッカー先輩に釘を刺されてしまったので、早く戻ることにしよう。私は軽く大食い対決会場のようになっている後輩たちのテーブル脇を通る。


「あ、先輩待ってえ〜?」


 その時、何かを思い出したのか、リエスくんが私の手首を掴んだ。

 それは思ったより強い力で、引き留められるなんて予想もしてなかった私は、進行方向とは逆に引き寄せられバランスを崩してしまう。


 ボキッ


「え」

「……え?」


 そして、嫌な音がした。それはもう、凄く凄くわかりやすいくらい嫌な音。

 青ざめた顔のリエスくんが、恐る恐る私から手を離す。予想通り、私の手首はぐにゃりと変に歪んでしまっていた。理解した途端、酷い痛みが私を襲う。周りの誰もが絶句しているのがわかった。


 いや、正直私も信じられない。めちゃめちゃ痛いけど、わかんない。え? なんで? なんで、こんな……手首……。


「……痛い」



 大変なことになってしまった。


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