「ちょっとちょっと、リエスったら! そんな言い方ないじゃん〜」
ヒヤリとした空気を和ますように、ニオくんは軽く笑って袖を揺らす。それに対して、リエスくんは「え〜」と頬を膨らませそっぽを向いた。
「だって、初対面だよ〜? お互い何にも知らないし、とはいえ知って欲しいわけじゃないけどさ〜?」
じとりとした視線が刺さる。今まではなんだかんだ優しい人ばかりだったので、こういう反応は新鮮だ。そして何より、心底申し訳ない。
「特待生ってなんなの? 特別扱いされてるのにみんなの後ろに隠れてオドオドしてて、ボクそういうのきら〜い」
私は眉を下げる。なんだかアレウス先輩を思い出した。彼もたしかそうだったのだが、なぜかⅣ組の人達は特待生イコール強い、と考えがちだ。
しかし実際の私は、ただ弱いだけ。弱過ぎるから特待生にされた、なんて言っても信用してもらえる気がしない。隠れてオドオドしているのも、いつ死の危険があるかわからないからとか、トラウマが甦ってしまうからなのだけど……まあ言えない。
本当、ごめんね……死に戻りのせいで特待生なんかになっちゃって……。
「……言い返しもしないの〜?」
「あー……まあ、そりゃそうだよねっていうか……私も正直特待生やめたいし……あっ」
いけない。リエスくんがあまりにもバッサリ本音を言ってくれるものだから、つい口が滑った。
「え、リューネって特待生やめたいの!?」
「わっ、う、うん……」
こちらが逆に驚くほど、びっくりした表情でニオくんが私を見る。
引き受けはしたけれど、未だ納得はしていない。私は帰りたいし……いくら弱いからと言っても、そんなにわかりやすく贔屓されるのはただの一般市民だった私には荷が重いのだ。
そりゃね、たしかに世界が私に優しくない分、みんなには多少優しくして欲しいけどね!?
「……じゃあ、いつかⅣ組もやめちゃう?」
「え……」
当たり前じゃない……?
そう思えども、口にするのははばかられた。答えに迷い、黙り込めば、ニオくんは「やっぱりそうなんだあー」とヘナヘナ机に倒れる。資料もちょっと床に落ちた。
「も〜そんなこといいよ〜」
そしてそんなニオくんを適当にあしらう、リエスくん。
「とにかく、ボクはやだからね!」
彼はそう言ってまた私を睨んだ。それはもう、私何かした? ってくらい。いや、何もしないから嫌われているのか。
「……とは言えどだな、実際特待生殿の提案は中々面白そうではないか?」
「たしかにそうさなあ。それに、リエスはやりたくないだろうが多数決では勝っておる」
「あ、自分もやらなくていいならやりたくないですけど……」
「ははは、こらこらフィート。そう言うな」
「せっかくなのだから、楽しみたいではないか?」
先輩二人の会話に口を挟んだフィートくんは結局押し切られ、また黙った。彼も割とやりたくないよりらしい。やっぱりめんどくさいのかなあ……。
今までにないことをするわけだから、きっとⅣ組は注目されるだろう。そうなると彼の目立ちたくないという願望は叶わない。なのでとりあえずそこには気づかないで欲しいと思った。
「もういいです。こんな会議とっとと終わらせましょう。本当にリューネの言うような大掛かりなことをするなら、暇はないでしょうし」
ふと、大きなため息をついて、ペッカー先輩が腕を組む。
「ほう、というと?」
「クトゥムはどうするべきだと?」
「ワルド君。きみがやりたくないなら、やらなくて結構。そんなのが居ても足手まといです。僕達は忙しくなりますから、邪魔なので部屋にでも籠っていると良い」
ラヴァン先輩、ドゥエン先輩に先を促され、ペッカー先輩は後輩相手でも容赦なく、冷たい声音で言い放った。まるで初めて会った時のペッカー先輩が戻ってきたみたいだ。あれは相当堪えるのではないだろうか。
「え……」
「ただやりたくないだけで、特に代替案もないのでしょう。さっさと出ていってください」
私は死に戻りの副作用があったから冷静に対応できたけれど、今回言われた側のリエスくんはみるからにアワアワとしている。
「それは、そう……だけど……や、やらないとは、言ってない……かも、しれなくも、ない……もん」
「はあ? はっきりしなさい」
だか、周りは止めない。いつの間にか起き上がっていたニオくんすらその様をただじっと観察していた。
「う〜……ボクもやる! 仲間はずれなんてもっといやだし〜……」
そうしてとうとうリエスくんが折れる。重苦しかった空気が霧散した。いや……でもこんな方法あり? 大丈夫?
正直、私には少々同調圧力とか脅迫とかそういうものっぽく見えたのだけど……。
「む、無理しなくても……」
「うるさいな〜やるって言ってるじゃん。えっと……先輩! 先輩もこれで満足でしょ〜? 発案者なんだから〜」
気になって声をかけるも、もはやヤケクソのリエスくんにはツンケンした態度を取られてしまった。
ていうか名前覚えられてないんだ? ……まあそれはいいや。
「私が満足かどうかより、リエスくんが嫌がってないかが重要だよ」
「いやだけど〜!?」
「あ、やっぱり……? 嫌な思いはして欲しくないんだけど……」
「でも! ボク、案自体は否定してない。先輩が信用できないから協力したくなかっただけで……実現出来たらすごいとは思う〜し、ひとりぼっちは先輩を手伝うよりもっといやなの〜! だから、この話は終わり! わかった〜?」
「わ、わかった……」
リエスくんは怒りながらもペラペラ喋ると、私に指を突きつけてきた。一応これは彼の意思らしい。それならいいのだ。もう何も言うことは無い。私は頷く。
「えっと……ありがとう。リエスくん」
「変な人〜……」
お礼を言えば、言葉の通り、変なものを見る目を向けられた。異世界人だし間違ってはない。
「では今度こそ満場一致ということだな?」
「なんだクトゥム、大活躍ではないか」
「ちょっと、近寄らないでくれます?」
「うんうん! なんかオレがしょんぼりしてる間にすっかり話、まとまったね! よかった!」
「……じゃ、こっからは役割分担ですかね。自分、魔法科学しか脳がないので裏方で」
「どうせだから〜他のクラス、たっくさん驚かしちゃいたいな〜」
みんなが口々に話し出す。それを見守っていれば、彼らは一斉に私を見た。
「……? なんですか?」
「何って、特待生殿。ぬしが提案したのだぞ」
「ぬしが指揮をするに決まっておろう?」
「えっ」
それは聞いてない。ああでも……たしかにそうか。新聞作りもホラーアトラクション作成も、私の提案。この頭の中身をみんなが知るわけはないのだから、イメージはどんどん発信していかなければ。
「ええと……じゃあ、企画書とか作った方がいい、ですね? 多分……」
「ふむ、企画書か。雛形ならあるはずだ」
「一応毎年担任に提出しているからなあ」
「てことはー……この山の中? オレが持ってきた分避けないと、見つかんないかな」
ニオくんが積んである資料をざっくりと分別し始める。
「先輩〜」
私もそれを手伝おうかと思えば、リエスくんにポンと光の玉を飛ばされた。一瞬で最初の死亡理由が蘇って、私は慌ててブレスレットをつけた腕で顔を庇う。幸い威力は全然だったようで、それらは綺麗にブレスレットへ吸い込まれた。
「な、なあに……」
「ん!」
「え……紙?」
尋ねれば、紙とペンがふわふわ浮いて、私の前に落っこちる。
「先に、ん〜と……なんか色々? 書いといて。あれだけじゃ、ボクらな〜んにもわかんないし〜」
「あの……要は、どういうレイアウトにするかとか、どこをアトラクションの展示場所にしたいかとか、こういう機能が欲しいとか、そんなこと……ですね。出来る出来ない置いといて、なんでもお願いします。後で精査しますんで」
「あ、あ、なるほど……そっか……ありがとう」
理由がわかって、私はこっそり胸を撫で下ろした。なんだ……呼びたかっただけか。
危うく死にかけた。リエスくんに悪気はないんだろうが、彼はもしかしたら私の天敵かもしれない。
なんて思いつつ、彼が渡してくれた筆記用具を使って、フィートくんに説明してもらったようなことを紙へ書いていく。あ、箇条書きの方が良かったかな。
なんだか、ようやく実行委員らしくなってきた。そろそろオートセーブが入っていて欲しいところだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!