セルテくんを追って、辿り着いたのは公園だった。町の最奥、住宅街の方にある時計台ほどではないにしろ、町を見下ろし一望できる高台の公園は、先程までの賑やかな通りとは違ってとても静かだ。
あ、いた……!
見つけたセルテくんは器用にもベンチの上で膝を抱えて落ち込んでいる。なるべく驚かせないように、私はそっと彼へ近づいた。
「セルテくん」
「っ! あ……リューネせんぱい……」
けれど結局驚かせてしまったようだ。セルテくんはバッと顔を上げて私を見た。そして何かを気にするように、前髪を留めていた深紅のヘアピンをつけるのをやめて、俯く。彼の目にかかる前髪が、なんだか壁のようだった。
「……大丈夫? さっき、走っていっちゃったから……」
とりあえず、セルテくんが何かを思い詰めていて、それが彼の瞳のこと、ひいては先程のことに関係しているというのは確かだと思う。
とはいえ急にそんなことを突っ込む訳にはいかないので、まず当たり障りのないことを問いかけてみた。
「んと……はい。だいじょーぶ、だと思います。きっと」
「そっか。それならよかった。……隣に座ってもいい?」
「え……はい。どおぞ」
「ありがとう」
その甲斐あってか会話は出来たが、セルテくんはなんだか、やけにオドオドとしている。いつもの元気さは見る影もない。
……ここからどうしよう……。
少し隙間を開けて隣に座った私は、中央の噴水を見つめた。
反応もわかりやすいし、なにより元々素直なのだから、動揺している今のセルテくんが嘘をつけるとは思えない。
つまり何かを聞くならチャンスだが、しかしそれは彼の心に寄り添っていないような気がした。
私だって、手帳とかガチャガチャマシーンとか、気づかれたくない? というか触れられたくないもの、有るしなあ。
やはりこれは何も知らないふり、とまでは難しくとも、そういう方向での対応をすべきだろう。
私はそうひとり意気込み、セルテくんの方を見る。
「せんぱい、何も聞かないんですかあ……」
「え、う、うん……?」
だが、先に口を開いたのはセルテくんだった。丁度、考えていたことドンピシャの発言に、驚きつつ頷く。するとセルテくんは何故か事情を話し出してくれた。え? そういう流れ?
「ぼく、ぼく……おかあさんが魔物なんです」
魔物。教科書曰く、魔法という自然かつ超常的なものにより近しい生物のこと……だ。殆どの魔物は力が弱く、又は力は強いが知能もあるが故にそれを制御しているため害がない、と言う。
何より、彼ら魔物は魔法使いと契約を交わし使い魔となることで、魔法使いの家族や友人や、生涯のパートナーとして生きていけるのだ。セルテくんのお母上はまさにそれらしい。
「だから、えと……ぼくにも実は、不思議な力があって。さっきもそれで……目を合わせて、石化させちゃったんです」
予想外の暴露大会になんと言えばいいか迷い、黙っていれば、彼はそれを変に勘違いしたようで、慌てて弁解をしてきた。
「あ! も、もちろん、ぼくが離れたら石化は徐々に治りますよっ!?」
「う、うん。大丈夫だよ? そこは心配してないからね?」
うん、本当に心配していない。それよりは私が仮にうっかりその石化技を受けてしまったら、死ぬのでは? という方が気になるところだ。言えないけど。
「……そうですかあ? その、普段はちゃーんと抑えてるんですけど……」
そこでセルテくんはふと、口篭る。どうしたのか尋ねようとすると、不意にメアくんの声がした。
「楽しかったんだろう、セルテ」
「メアくん……」
「君は感情の昂りによって制御が不十分になることがある」
「ううー……ごめんねえ!」
セルテくんはベンチからぴょんと降りると、近づいてくるメアくんへ駆け寄り、抱きつく。されるがままのメアくんも、嫌がってはいない。ふたりはなんだか兄弟のようだった。
「せんぱいも、ごめんなさい……怖かった、ですよね」
「……ううん。びっくりしただけだよ。それより、あの時セルテくんが怪我しなくて、よかった」
私が不可抗力で無茶をした時、私を心配してくれたみんなも、こんな気持ちだったんだろうか。
もちろんそれは私がやりたくてやっているわけではないのだけど、それでも少々思うところがあって、私もふたりへ近づいた。
メアくんからぬいぐるみの入った紙袋を受け取って、それから……勇気をだしてセルテくんの片手に触れる。
「ね、まだ今日は終わりじゃないよ。もっと楽しいこと、いっぱいしよう?」
ぎこちなく彼へ笑いかければ、未だセルテくんに服を掴まれていたメアくんも、そっと彼を引き離し、頷いた。
「俺も賛成です。セルテ、これで帰るには惜しいだろう」
私とメアくんはそれぞれじっとセルテくんを見つめる。彼も私たちふたりの顔を交互に見て、十分な時間をかけて言われた言葉を咀嚼して、そうしてセルテくんはついに泣きそうに幸せそうに口元をほころばせた。
「うん! ありがとお!」
セルテくんのギザギザの歯は今回も丸見えだ。けれど、自然に笑っているのだと思えば随分可愛らしかった。
あれからも町のあちこちを散策し、すっかり暗くなった頃、寮に帰ってきた私たちは、そのまま玄関ホールで解散した。
「ふふ」
部屋に入る間際までセルテくんがニコニコ手を振って来たので、私も手を振り返す。そしてパタン、と扉の閉まる音がして、とうとう後輩との初めてのお出かけは終わりを迎えたのだった。
「………はあ」
無意識に気を張っていたのだろう。一人になった途端、ため息のなり損ないのようなものが口から漏れる。楽しかったし興味深かったお出かけだが、それと同じくらい私は疲れてもいたらしい。
シャンデリアの明かりだけがぼんやりと光る薄暗いホールを通り、階段を上がる。
今日はぬいぐるみ以外にも二着ほど服を買ったので、部屋に戻ったらこれらを整理しなくては。
やることリストを更新しながらふと思う。
「あ……そういえば……」
今日、死んでない。
喜ばしいことだ。いや、本来ならばそれが普通なのだけど。私は世界に嫌われてるからなあ……。
静かな廊下に私のつぶやきはよく響いた。それから、別の床の軋む音も。
私は咄嗟に音の発生源へ振り向く。私の部屋とは反対の、左奥の部屋の辺りからだ。誰かはわからないが、部屋の外に用事があるのだろうか。
気になって見つめていれば、ボソボソと小さな声で何かを話しながら、一人の少年が現れる。
「いや……そんな、じっと見てくること、ある?」
この世界では珍しく、そして私とはお揃いの黒い瞳。それと、横髪に黒いメッシュが入った灰色の髪。暗闇にすぐ溶けてしまいそうなカラーリングの彼は、なんとも嫌そうな顔だった。「出にくいじゃん……」と死んだ目で苦笑いをしている。
「ご、ごめんなさい……?」
「別に……タイミング間違えた僕が悪いし」
「えっと……あなたは」
「聞いてなんか意味ある? 僕にも下僕集団の一員に加われって?」
「え、ええ……何の話……?」
下僕なんてものがいた覚えはない。というか、そんなに便利……恐らく便利? な存在がいたらもっと私はこの異世界で上手くやっていけているはずだ。
「まさかの天然……? タチ悪……」
「え? 初対面だよね?」
「そりゃそうだよ」
「そっかあ……」
初対面にしてはだいぶ言うなあ……?
「あ、でももしかしてあなたって……」
「え、なに? いい、いい。嫌な予感するから言うな」
「スカブル、さん?」
「………………」
「……図星の反応じゃん……」
ほとんど感で名前を出しただけだったのだが、どうやら一発目で当たりを引いてしまったらしい。
「お前、さあ……いや、まあいいや。そうだよ、僕はシャーニ・スカブル。深く関わる気は無いんで、よろしく」
「矛盾してるなあ……よろしく、ね」
お互いよろしく、とは言ったが、特に握手とかはない。そもそも結構距離、取られてるし。私なんて荷物もあるし。
まあただ、やけに嫌味というかなんというか、中々なことを言ってくる割に、私はそんなに彼に悪感情は抱いていなかった。
周囲が薄暗いのもあるのかもしれないが、彼の瞳はどんよりと沈んでいて、生気がない。それになんとなく親近感が湧くのだ。まるで私の性別を反転させた結果が、このスカブルさんのよう。なんてことも思ったりする。
「……ねえ、シャーニくんって呼んでもいい?」
「話聞いてた? っていうか距離の詰め方ド下手? やだよ……」
「そこをなんとか」
「ならないならない」
「お願い」
「さてはしつこいな……? はあ……仕方ない。呼ぶだけだからな」
「わ。ありがとう、シャーニくん!」
「うわ、早まったかも……」
やっぱりそうだ。シャーニくんと話していると、なんだか双子の弟が出来たような心地になる。全然同じじゃないけれど、似ている存在というだけで謎の安心感が生まれるのだ。
彼が一体なんのせいで世界に絶望しているのかはわからないが、私も頑張って死に戻りと付き合っているから、シャーニくんも程々に生きて欲しい。
「じゃあ、またね。おやすみ」
返事はなかったが、それも特に気にはならなかった。なんてったって冷たい態度は初期の先輩方によって慣れている。
今日はいい日だったな〜
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