それから少しして、学園長が室内に突然現れた。もちろん全員揃って驚いたし、なんなら一緒に連れてこられたらしいニオくんも驚いていた。学園長、どうしてそういう現れ方するの?
しかも学園長はなんでもお見通しなようで、ペッカー先輩に取り引きを持ちかけた。処罰しない代わりの条件は、私(リューネ)のことを守ってあげること。いや……なんで?
とにかく四人もいると話し合いも大変なようで、私は今も傍観者だ。
「──と、いうわけで……リューネはこの世で一番弱い! クトゥムも細心の注意を払って接してくれよ?」
「いや……まあ、はい」
ペッカー先輩は歯切れ悪く答える。おそらく表情から察するに、面倒事に巻き込まれたことを後悔しているのだろう。まあぶっちゃけ私なら、異世界人で何やっても死ぬような人とはお近付きにはなりたくないので、彼の気持ちはよくわかる。
あらぬ罪もかかりそうだし。主に殺人罪とか、殺人罪とか。
「……その割には学園長、随分とそんなリューネを愛でていらっしゃるようですけど?」
「えーだって可愛いじゃないか、リューネ。つい手がね」
「変態じゃね〜か」
「学園長、そろそろ隠居したら?」
「はいはい、鳥頭共のさえずり〜」
学園長はトゲトゲしい生徒たちの声を完璧にスルーしていく。腕を掴まれ引き寄せられている私は依然、学園長に寄りかかるような体勢だ。
「もー! リューネ、リューネは嫌だよね?」
「え? あ……う、うん……?」
何を言っても右から左の学園長に埒が明かないと思ったのか、されるがままの私を標的にしたニオくん。彼の懇願するような問いかけに、とりあえず曖昧に頷く。
「ほらー! 学園長そこどいて!」
すると彼は勝ち誇った表情で学園長に抗議をした。
正直私は、幼い見た目かつ、一応保護者の学園長には何となく逆らえないので、こういうみんなのなんだろう。勇気? には目を見張る。まあ別に、誰が相手でも物理的な力量差のせいで逆らえないのだが。
「え、嫌だけど」
「うわ……」
「うわ……」
「うわ……」
しかし学園長はそんなご意見を速攻で切り捨てる。三人の声がきれいに揃った。なんなら表情もだいたい一緒、すごいシンクロ率だ。
最初の保健室スタート辺りでは単純に学園長がフランクだから距離が近いのかなと思っていたが、ここまで来ると少し違うようにも感じられる。随分反抗的なように見えるのは、彼らがはぐれ者だらけのⅣ組メンバーだからだろうか。
そんなとこまで不良になんなくてもいいのにな。
「ま、仕方ないよね! 今後は義理の娘だし、優しくするって約束もしたし〜」
腕は元々掴まれていたが、そこへ更にぎゅっと力が加わった。それ自体は痛くないのに、みんなの視線がとても痛い。ねえ私そんななんか悪いことした?
「……はあ。ほんと学園長ってさあ〜そういうとこ〜〜」
数秒ほどじとりと見つめられた後、唐突にニオくんがため息を吐く。どうやら今の睨まれタイムは学園長宛だったようだ。なるほどね、巻き込まないで欲しい。
しかし、その呆れたような素振りはつまり諦めた? というか、認めたということで。学園長へ投げられる言葉は切れ味こそそのままだが、内容が文句ではなくなっていた。
結構仲良しじゃん……まあ絶対口に出したら否定されるけど。
「あっ! ていうかもう夕方じゃん! 学園長リューネ返して! 晩ご飯の約束してるんだから」
突然、ニオくんがパーカーの長い袖で時計を指し示す。私も見上げれば、針は十七時を回っていた。そんなに経っているとは思わなかったが、案外話し合いの時間は長かったのかもしれない。
そして確かに彼は、お昼のパスタを食べた時、にこにこ笑って夜ご飯もご馳走するね、と言ってくれたのだった。ここから帰って、作って、食べるとなったら……まあ少し早いか丁度良いくらいの時間だろう。
「ええ〜やだなあ。もうちょっと居てよ」
「えー! こっからオレ達の寮までって結構遠いんだけどー?」
渋る学園長に、ニオくんは頬を膨らませ可愛らしく怒っている。一応私の身柄の話なので、手間をかけてちょっと申し訳ない。
「そりゃあお前たちを隔離するんだから、あそこくらいしか場所はないだろう」
「そういうことじゃなーい」
「あーはいはい、わかったわかった。じゃあニオはリューネを連れて先に帰りなさい。適当に丸く解決させるとはいえ、一応そこのふたりには聞くことがあるからね」
するりと腕が解かれた。学園長を見れば、すぐに気づかれ微笑まれる。急だな……とは思えども、別に思えば今日はずっと急展開だった。蔵書庫では隠し部屋見つけて死ぬし、午後には誘拐されるし……あれこれもしかして厄日?
まあ多分本当の厄日はきっとこの異世界に転移して来てしまった数日前のあの日なのだが。
「やった! リューネ、いこ!」
「う、うん。失礼します。あの、レムレスくん。先行ってるね。あと……先輩も良ければ、晩ごはん食べましょうね」
「……おう」
「まあ、考えておきますよ」
許可が降りた瞬間すぐさま立ち上がっていたニオくんに手を取られ、私は流されるように学園長室から退出した。
ぼんやりと薄暗い廊下を歩く。そういえば初めてペッカー先輩に殺された日も、中々に暗かった。だからこそ雰囲気があり怖かったのだが、この陽の落ちる早さを考えるとこちらは秋なのかもしれない。
今までの私に季節を気にする余裕はなかったけれど、私の部屋がすきま風で寒いのもそう考えれば仕方ないと納得できる。
「ねえ、リューネ」
「……? どうしたの?」
不意に、前を進むニオくんが私を呼んだ。いつもの明るい彼にしては珍しい、なんだか落ち込んだ声色だ。
「リューネは、オレの友達だよね……?」
「え」
逆に違うの? 違うとしたら、今までの親切なんだったの? ただの聖人?
予想だにしない質問に、私は頭にいくつものはてなを浮かべた。意図がわからず黙っていれば、彼はさらに言葉を続ける。
「なんか、ちょっと寂しいんだ。……昔、オレの一番の友達はレムレスだった。でもある日、レムレスはオレとはもう友達をやめるって」
「……うん」
「けどオレは……ううん、それはいっか。とにかく、それからレムレスはずっとみんな遠ざけてた。オレだって全然前より関われなくて……」
なるほど、これは手帳にも軽く書かれていた情報の話のようだ。実際聞く機会があるとは思っていなかったけれど、とにかくきちんと聞くべき案件である。
「だから、リューネとレムレスが話してた時は驚いたな。気はってたのに、なんだかオレもそのうちすんなり会話できちゃって。すごい、全部リューネのおかげだよ」
「いや……そんな……」
「でもね、その分不安になっちゃった。レムレスはきっとオレに何か嫌な部分があったんだ。それが何かはわからないけど、今も多分オレは変わってない。……なら、いつかリューネもオレと友達、やめちゃうのかなって」
「………………」
いつの間にか、ニオくんの足は止まっていた。私は、どう答えればいいのだろう。
だって私は故郷に帰りたい。だからいつかは彼と道を分かつことになるはずだ。とはいえそれは別に他の人相手でも同じことだし、元の世界に戻っても心持ち次第では友達と言えるのかも。ただそれだと、ニオくんの想い描く友達ではないのかもしれない……とも思う。
「ねえ、リューネ……」
彼は心配そうな顔で振り向いた。瞳には私が映っている。伸ばしっぱなしの長い黒髪、表情の薄い大して良くもない顔。死に戻り以外、何にも特別じゃない陰気臭い私。なんならその死に戻りに疲れているからか、纏う雰囲気のせいで印象は更に悪い。
でも、こんな私も、ニオくんにとっては大事な友達らしい。
以前の私にも、家族や友達はいたのだろうか。どれだけ考えたって、霧がかかったかのように全く思い出せない。……私のことを大事にしてくれる人を忘れてしまうのは酷く悲しいことだ。
だからかもしれない。私は知らず知らずのうちに下げていた顔を、きちんと上げる。
なんとなく、この世界にいる間くらい、友達でいたいと思った。
「友達だよ」
ニオくんの目が見開かれる。こうしてちゃんと真正面から目を合わせたのは、久しぶりだった。
「……うん」
彼はただ、私の言葉を噛み締めるかのようにそう呟いて、頷く。普段の饒舌さは見る影もない。けれど私は、その分だけこれが正しい選択なんだと思えた。
「帰ろうニオくん。晩ごはん、一緒につくろう?」
「……うん! ありがとう、リューネ。で、も! キッチンには立たせません!」
「ええ、なんで」
「だって危ないじゃん」
「い、いやいや……」
そんなに弱くないんだけどな……。
そりゃあ魔力が関わったら大抵一撃死ではあるけれど、私は一応(恐らく)十七歳の図体である。記憶だって朧気だが、調理器具の使い方くらい一般常識としてわかるし、本当の赤子以下ではないのだ。
「座って本でも読んでくれてたらそれでい〜の!」
「そんな話ある?」
「ある!」
しかしニオくんはすっかり元気を取り戻して笑っている。楽しそうに、ふわふわと掴み所のない足取りで前を進む彼を見ると、どうしてもその気分に水はさせなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!