月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

十話 真実は刻々と近づいています

公開日時: 2020年10月5日(月) 17:51
更新日時: 2021年12月22日(水) 18:57
文字数:3,152

 サッパリ元気に朝を迎えれた異世界生活六日目。

 寝過ぎた気もするが、精神的疲労のせいだと思っておこう。


 眠る前の私はちゃんと制服を脱いでくれたらしい。こちらへ転移した時の服と、支給された制服しかないのは少々大変である。


 それに、お風呂のことも困りものだ。

 保健室にいた時は養護教諭の方が女性だったので、保健室のシャワーを借りていた。

 先生は自室からシャンプーやら石鹸も持ってきてくれて、一緒に寝泊まりもしてくれて、お姉さんみたいだなんて錯覚したくらいだ。


 恐らくちゃんとした乙女ゲームならお助けキャラになってくれると思う。優しいから。


 ちなみに本来シャワーは魔法薬を被った時なんかに使うそうだが、そんな機会は訪れたくない。


「あ! リューネ、おはよう。もう体調大丈夫?」


 階段を降りたら、居間には笑顔のニオくんと、眠りこけるレムレスくんがいた。長テーブルにはお皿があって、暖かそうなホットサンドが乗っている。

 部屋は壁から照明まですっかり綺麗になっていて、昨日より更に見違えた。

 

「ふたりともおはよう。心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ」


 コンロの上に置かれたポットが湯気を出す。紅茶の香りが漂ってきた。


「こいつにはバッチリ説明しといたから!」

「え、ありがとう……?」

「それで今はね、朝ごはん食べるとこ! 一緒にどう?」


 数種類用意されたホットサンドは、どれもとても美味しそうだ。くぅとお腹が鳴る。

 そういえばご飯もこれからは自分でなんとかしなくてはいけないのだった。考えれば考えるほど、保健室暮らしに戻りたい。


 学園長〜なんで私をここに寄越したの〜?


 問える日はおそらく来ない。


「……じゃあ、食べようかな」

「おっけー! ちょっと待ってて!」


 ニオくんは可愛らしく、勢いをつけて席を立つ。コンロへ向かうと、まず紅茶を三人分、慣れた手つきでカップに注いだ。そして、下の棚からホットサンドメーカーにパン、後ろの冷蔵庫から卵とハムとチーズを取り出す。


「レムレス、お前ぼーっとしてないで運んで!」

「……うるせぇ」


 朝から活発なニオくんとは対照的に、呼ばれて渋々立ち上がったレムレスくんは酷く眠そうだ。

 のろのろふらふら、倒れないのが不思議なほどの細目で、お盆に乗せられた紅茶を運ぶ。


「いーからちゃんと飲めよー」


 投げやりな野次を受け、ソファに舞い戻ってきた彼は、カップの中身を一気に口内へ追いやった。


 喉が忙しなく動き、空のカップが置かれると共に一言。


「……目ぇ覚めた」


 どうやら、紅茶で意識が覚醒したようだ。大あくびの後、腕を上にあげ、背をぐっと伸ばしている。随分寝起きが悪いタイプらしい。


「はよー」

「あの、おはよう」


 ニオくんに倣い朝の挨拶をすれば、目の焦点がピタリと私に合う。一拍置いて、レムレスくんは何故か盛大に動揺を表した。


「えっ」

「な、なんでいんだよ!」

「だって私もⅣ組だし……」


 その慌てようは例えるなら、苦手なものが背後に置かれていたことに気づいた猫である。可能な限り距離を取ろうとされるのに少し傷ついた。


 私何度も庇ったのにな〜……。


 まあそんなことは言ってもどうしようもないけれど。


「私なんかした? ごめんね……?」

「い、や……」

「お前、素直に言えよー」


 煮え切らないレムレスくんへ、ホットサンドメーカーをひっくり返しながらまた、ニオくんが茶々を入れる。


「ぐ……だって、お前弱ぇんだろ」

「……うん」

「それは近づけね〜よ。なんかやったら怖ぇし」

「そういう?」

「そういう……」


 一体レムレスくんはニオくんにどんな説明をされたのだろう。いや別に、どう説明しようと私が恐らくこの世で一番弱いのは変わらないのだが。


 というか実際彼は何度も私を殺してしまっているし、私は彼の目の前で庇った分含め何度も死んでいるし、潜在的な私の貧弱さへの恐怖……みたいなものが染み付いている可能性は否めない。

 何せ、いつもあんなに悲痛な顔をしていたのだから。


 巻き戻りは果たして本当に完璧なのか、いつか綻びが出始めるのか。それも今の私にはわからないことだ。


「じゃあ……近寄らない方がいい?」

「それは……」

「別にいーんじゃない?」


 口ごもるレムレスくんに代わり、ニオくんが私に答えた。彼は「お待ちどおさま!」と笑顔でホットサンドを長テーブルに置く。接客業に向いていそうだ。


「お前勝手に!」

「いただきまーす!」

「ッチ、このやろ……いただきます」

「い、いただきます……」


 意外なことに、いただきますと口にした途端、目の前の彼らは一言も喋らなくなった。

 咀嚼音はほとんど聞こえず、中の具材で手元や口元が汚れることも無い。ただのホットサンドだというのに、完璧な食べ方だ。


 私も無駄に張り合い、なるべく綺麗に食べようと試みたが、出来たてのホットサンドを上手く食べるのはなかなか困難なことである。

 結局彼らに気を取られているうちに舌を火傷した。


「あつっ」

「ん、大丈夫?」

「何やってんだ」


 ふたりはしっかりと飲み込んでから、私に尋ねてくる。私も何とか熱々の一口を飲み込み、事情を伝えた。



「やけどしました……」

「やけど!?」

「馬鹿! 気ぃつけろよ!」

「え?」


 普通に多少ヒリヒリする程度なのだが、私が弱いことを知っているせいなのか、ふたりは異様に慌てている。からかわれるのを予想していたので、怖いくらいだ。


 そんな言う?


 やはり、何時ぞや言われたように私という存在は綿毛と同格なのかもしれない。


 死に戻りをやめれるなら綿毛になるのもまあ本望なのだけど、きっと綿毛になってもこの世界にいる限り死に戻るんだろう。そんな気がする。酷い世界だ。


「治癒魔法……はだめだ〜! 舌なんて更に弱そうだし!」

「つっても弱めの魔法薬なんてすぐ作れね〜ぞ」

「いや、お気にならさず……」


 というか、一周回って悲しくなってくるからその相談本当にやめて欲しい。


 ねえ〜〜話聞いて〜?


 火傷は金輪際しないようにしようと思った。




 それから数分後。なんとか穏便に朝ごはんが済み、食後のティータイムを堪能している最中に、ニオくんはお友達のところへ行くことを伝えてきた。


「せっかく休日だし、荷物引き取んなきゃだからねー」


 異世界といえど、曜日感覚は同じのようだ。なんで? と思いつつも、そんなことを言ったら文字と言語も何故か通じているし、乙女ゲームがベースならプレイヤーがわからないと意味がないのでそういうことなのだろう。


「あ? お前帰ってくんのか?」

「うん。だって心配じゃん?」


 レムレスくんが聞いてくれたことで、私は初めて、なんの疑問もなくその話を受け入れていたことに気づく。

 そういえば、この時空ではニオくんと寮に戻る戻らないの話はしていなかった。


 今回は小さなことだが、私はもう少し気を張らなくてはいけない。でないと、いつか怪しまれそうだ。


「じゃあそういうわけで! オレが帰ってくるまで今日もリューネをよろしくね」

「はあ!? なんで……」

「リューネが弱いのは変えられないけど、お前のリューネへの対応は変えられるだろ。オレ、ギクシャクしてんの見たくないよ」


 そうしてニオくんは、反論は認めないとばかりに手を振り出かけていった。適当に直された玄関扉は勢いよく閉じられたせいで少し歪んでいる。


 取り残されて気まずいこの感覚は実に二度目だ。はいはいなるほどこれがデジャビュね。


「……私、今日は近くの蔵書庫に行こうと思ってるんですけど……」

「……ついてく」

「いいの?」

「い〜よ! おら行くぞ」


 レムレスくんは食器をシンクへ浸けてから、なげやりに外に向かう。果たして彼は自分が狙われていることを自覚しているのか。

 まあ私よりは強いもんね。


 そして私はそろそろペッカー先輩にも接触しなくてはいけない。


「はぁい」




 とうとう第四段階スタートだ。生き物嫌いのペッカー先輩と相容れることはあるのだろうか。

 早く帰りたいな。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート