私は、死ななかった。あちこち打撲で痛いけれど、何とか生きていた。ジュスティ先輩が呪文? のようなものを途中で唱えていたので、多分そのおかげだ。あとはこの崩落に魔法が関わっておらず、物理的な危険だったのも幸いだった。
「う……先輩、だいじょぶですか……」
私はゆっくりゆっくり起き上がる。それから、なぜか私を庇って一緒に落ちてきたジュスティ先輩を呼んだ。返事がなかったらすぐさま自殺してリセットさせてもらおう。
「………………」
「……ジュスティ先輩?」
「リュー、ネ。無事……か」
「ああ、良かった。生きてた……」
ちょっと一瞬不安になった。
「私は……多分打撲くらいです。先輩こそ大丈夫ですか」
「……ああ。問題ない」
どうにか起き上がったジュスティ先輩だが、あまり問題がないようには見えない。けれど追求しても同じことしか言わなそうだったので、とりあえず「そうですか……」と返しておいた。少なくとも頭からの出血などは無さそうだったし、自分の身体のことは本人が一番わかっているはずだ。多分。
「………………」
「………………」
そうして会話は途切れる。いや、まあ、お互い負傷中だしそんな積極的に会話に花を咲かせる必要なんてないんだけど……。
それにしても気まずい。
一際大きな瓦礫の上、隣同士で座っているだけではなにも進まない。そして何をするにしても、まずは意思疎通が重要だろう。それもわかっている。
でも、なあ……。
とりあえず、私たちが落ちてきた穴でも見上げてみた。恐らく、大体一階分くらいだろうか。ジュスティ先輩に肩車でもしてもらえばギリギリ戻れるかもしれないが、私だけ戻ったって意味がない。というか肩車なんてしてくれないだろう。
この辺りを探索するしかないかな……。
日の差さない地下ということもあり、周囲は薄暗い。そして更に奥まで行くと、そこにあるのはただの闇である。これは、また何度か死ぬことも考えておかなくてはいけなさそうだ。しかし、立ち上がろうとしたその時、ジュスティ先輩が私を呼んだ。
「……リューネ」
「え? はい……なんですか?」
そこで気づいたが、身体を縮めて小さく座り込んだ彼は、やけに落ち込んでいるように見える。いや、なんで??
「悪かった」
「……は、はあ……」
「な、なんだその煮え切らない返事は!」
「いや、だって……」
わざわざそんなにしおらしく謝らなければならないようなことをされた覚えは特にない。首を傾げていると、彼はとても言いずらそうに口を開いた。
「俺のせいで、貴様は死にかけた」
「そう……ですか、ね?」
ジュスティ先輩はかなり深刻そうだが、個人的にはそう言われたらそうかも? どうかな? 程度の印象だ。つい返事も疑問形になってしまった。
というか、今の状況の方がちょっと面倒なので、ジュスティ先輩には私を助けようとしたことを悔やんで欲しいくらいなのだが……まあさすがにそれは突飛すぎか。そんなこと、してくれるわけがない。そもそもその発想には至らないし。
「そうだ! 貴様、危機感がないのか!?」
「ありますけど……!?」
危険しかない異世界でこんなに死にたくないって頑張ってるのに!? 危機感がない!?
「いいや、ない! 大体、先程俺に自分は死なないと宣言してきたくせにこれとはどういうことだ!!」
「ううっ……」
危機感の話は少し腑に落ちないが、そこはまあ、正直否定できない。たしかに、たしかにそんなことを言った気も、する。いや、やっぱり嘘だ。本当はそう言ってしまったことはハッキリ覚えている。とりあえず苦し紛れに言い訳をしてみた。
「で、でも先輩が止まってくれたら落ちなかったですし……」
「だから謝ったんだろうが!」
「あっそういうことですか!?」
やっと合点がいった。なんだ、なるほどね。
ただ、だとしても、私を巻き添えにしてしまうことについては別にそんなに気にしなくて良いと思う。伝えられはしないけれど、だって私はもう散々死んできたのだから。
「くっ……貴様、なんなんだ……!!」
ジュスティ先輩は理解ができないものを見る目をしていた。何かを堪えるかのように握り込まれた右手が震えている。
「え……殴りません?」
「女を殴る趣味はない!」
「なら……私はリューネ、です。一応……」
「そういう意味では、ない!!」
「ええ〜……?」
そしてついに、ジュスティ先輩は握ったその拳を近くの瓦礫に叩きつけた。少しヒビが入って、脆い欠片がぱらぱら崩れる。情緒不安定じゃん……。
「あっ、ていうか、ダメですよ先輩。そんなことしちゃ!」
「……? なんだ急に」
「え。だって腕、怪我してますよね? それにまた、手にも傷できちゃいますよ……?」
生憎手当が出来るようなものは持っていない。今こそ学園長に持たされたポーチに頼りたいが、あれにはトラップ解除に役立つものが入っていなかったので、三回目に死んだ時から身につけるのをやめてしまっていた。中身を確認したのもだいぶ前だし、今回に至ってはどこに置いたのかもあやふやである。戦闘で使う以前の問題だった。しくじった。
「貴様……まさか心配しているのか?」
「そうですけど……?」
皮膚が擦れて破け、血の滲んだジュスティ先輩の手の甲が痛々しい。いや、逆にこの程度で済むのがすごいのか。
ジュスティ先輩は警戒心しか無さそうな瞳で、私が信じられないとわかりやすく言っている。慣れると案外、彼の感情はとてもよく言動に反映されて見えた。
「とにかく、自分の身は大事にしてください」
「貴様に言われたくはない」
「まあまあまあ、そんなこと言わずに。私は先輩が傷つくと嫌ですよ」
それでも、せめて少しでも信用してもらおうと、私は笑いかける。許されるならせめてこの制服のリボンでも巻いてあげたかったけれど、さすがにそれは無理そうだ。何とも大きなため息をつかれてしまった。
「貴様といると振り回されてばかりだ」
「あはは……すみません。じゃあ私、この辺りを見てきますから。先輩は少し休んでいてください」
とうとう言い訳すら出てこず、ただ苦笑いを披露した。スカートを手で払い、今度こそ立ち上がる。「は?」とかなんとか聞こえた気もするが、頑張ってくるのでまあ何度目かの私に期待をしつつ待っていて欲しい。
「さて、どこから行くか……」
四方八方数寸先は闇なので、完璧に気分や直感で決めてしまってもいいだろう。未知に自分から足を踏み入れるのは少し怖かったが、これも一種のミステリーツアーだ、とか。適当なことを心の中で自分に言い聞かせ、私は一歩を踏み出す。
「待て!」
その時、ジュスティ先輩の声と共に眼前の暗闇が照らされた。急な明るさに、反射でぎゅっと目を瞑る。過去最高としてインプットされたあの焼かれるような痛みを覚悟したが、そんなものは来なかった。
……あ、ああ。これ、死なないやつか……よかった。
最初期のトラウマが呼び覚まされかけた。いや、ぶっちゃけ半分くらいは蘇ってたかも。
そもそもこんなにトラウマがあるのがおかしい! というのは私だって重々承知なのだけど、だって増え続けてしまうのだ。
「先輩。どうしたんですか」
なんとか平然を装って振り向けば、ジュスティ先輩はつかつかとこちらへ歩いてくる。え、大丈夫?
そのあまりにもいつも通りの機敏な動きに、つい、また彼を心配する気持ちが湧いた。
「俺も行く。貴様一人ではあまりに頼りない」
「えっと……着いてきてくれるならそれはとっても助かりますけど……」
でもな、先輩がこれ以上怪我したらどうしようかな……。
私一人なら死んで終わり。巻き戻るだけなのでいいのだが、仮にジュスティ先輩が何か変な目にあってうっかり骨を折ったりなんてことになったらもう目も当てられない。
少しばかり渋っていれば、その煮え切らない反応が嫌なのか「なんの問題がある?」と問われてしまった。言えないよ〜!
しかし、ふと、私は気づく。
あっ、つまりこれは、要人警護ミッション!?
初めから二人で落ちて、二人で探索に行くのが正解、既定路線だった説は充分有りうる話だ。手を替え品を替え私を困らせてくる手帳のミッションと桃色ウィンドウのことを考えれば、大体何が来ても納得出来てしまう。
「よし。先輩、頑張りましょうね!」
「……足は引っ張るなよ」
「はい」
そうとくれば、抵抗しても無駄だろう。急な手のひら返しを披露した私にジュスティ先輩は初め何か言いたそうだったが、何度もコクコク頷いてみせれば静かに歩き出した。
「さっさと上に戻るぞ!」
「あ、待ってください……!」
いつ何が来るかはわからないが、この展開もクリアすれば、回り回って私が生き延びることに繋がるはずだ。というかそうであって欲しい。じゃないとちょっと酷い。
とにかく私は足場の悪い中、微かな希望を胸に抱いて、ジュスティ先輩の後ろ姿を必死に追った。
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