「……はあ、満足。ありがとうございました」
そう言って、侵入者は僕の身体に背を預けた。落ち着いた、女の声。
視える心は澄んでいて、凪いでいて、そこには恐怖も驚きもない。
だから僕は、彼女に魔法薬を注入した。
途端に彼女は崩れ落ちる。黒い髪、まだ新品の制服、安らかに閉じられた瞳と口。パリッソ君やレムレスが気にしていた女だということはすぐにわかった。
「……死んで、いる?」
いくら様子を見ようが、彼女の胸が上下することはなく、脈も止まっている。
あんなちょっとした、睡眠と麻痺の複合効果を付与した魔法薬で、彼女は死んでしまったらしい。
「………………」
初めて人を殺してしまった。ランタンの光が、僕の心境を表すように不安定に揺れる。
この地下が寒い事もあって、彼女の身体からはどんどん体温が抜けていく。無機質な冷たい重みが、そのまま罪の重みのようだった。
この子がいなくなったと知れれば、きっと大層面倒なことになるのだろう。
けれど何故か僕は、横たわる彼女から目が離せない。
「名前、なんでしたっけ」
たしか、たしかそう、リューネ。この子はリューネだ。あの、天に輝く魔性の月からつけられたのだろう。
月は魔力を帯びている、太陽よりも一等大切な星だ。生活のほとんどを魔法で賄う人類にとって、月はなくなってはいけない存在。
けれど同時に、月はその莫大な魔力によって、地上に近づけば近づくほど人間達を狂わせる。
紅月祭の日なんかは特にそうだ。
「……あなたに、ピッタリですね」
月の化身のような女、リューネ。今まで剥製にした他の人間達とは、似ているようで何かが違う。
無条件の信頼が込められた、あのありがとうが耳から離れない。なにも感じていない、人形のようなあの心が忘れられない。
もしかして、生きていたなら一番理想に近しい人間だったのではないだろうか?
そう思えども、彼女は死んでいる。
「それなら、せめて、永遠に生かしましょう。僕が死ぬまで……いえ、死んでも、永久に」
こんなありふれた制服より、もっと彼女には似合う服があるはずだ。周囲のトルソーを漁りながら、剥製魔法を彼女にかける準備をする。
僕は人間が嫌いだ。人の心は醜い。だから、無機質で僕を裏切らないお人形が好きだった。
沢山の服を着せ替えて、毎日美しく保ってあげる。そうすることで僕の存在を許されているような気もした。
「いつかもっとちゃんとした場所に置いてあげますからね」
誰が死んでも、こんな風にはなれない。
そっと持ち上げたリューネを、玉座に座らせる。そこにいるだけの少女は随分神秘的だった。
【BADEND savedataをroadします】
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