月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

八話 君は変わり続けています

公開日時: 2020年9月28日(月) 17:14
更新日時: 2021年12月22日(水) 18:55
文字数:3,632

 あれだけ色々と考えておいて、結局無鉄砲な行動で私はまた死んだ。死ぬ時って一瞬だ。


 まあ収穫が無かった訳ではないので、今日は安泰だろうとか言っておいて死んだことも、最期にレムレスくんを困らせてしまったことも、水に流そうと思う。

 実際死に戻りで無かったことになってるわけだし。


 それよりも、今度の死に戻りでわかったことをまとめなければ。

 白い天井白いベッド……ここは保健室、猶予はたったの十分だ。


「えーと……」


 急いで手帳を開く。ペッカー先輩のプロフィールを再確認し、ついでにニオくんとレムレスくんのも読み込もう。

 

「……なるほど、なるほど?」


 え、この二人って幼なじみだったの。


 なんと、ニオくんとレムレスくんは幼なじみらしい。


 え、ていうかニオくんのお家って豪商なの。


 なんと、ニオくんとレムレスくんはそれぞれのお家柄問題により段々と仲が拗れたそうで。


 え、レムレスくんって幽霊見えるの。


 なんと、レムレスくんの家系はそれが当たり前のようだ。


「……え、手帳めっちゃ役立つ……」


 最初はあんなに無意味だったのに、人と関わりを持つだけでこうも便利アイテムに変わるとは。

 うっかり変に口を滑らせない限り、かなりのアドバンテージになるだろう。


 これがこんなにも頼れるなら、今回からは、更に色々な行動を試してみたい。なんだか、この事件は予想以上にややこしそうな気配もするので。




 さて、そんなわけで、ここからはさながら高速ダイジェストくらいの気持ちで行こうと思う。


 まず手始めに、ニオくんを待たずにひとりで学園に繰り出してみた。

 人に出会わないようコソコソやっていたら、前回と同じように気安い感じでレムレスくんに声をかけられた。そして対応に困っているうちになにか魔法をかけられ、死亡。


 それを数度繰り返して、なんとレムレスくんが私を見張っていることがわかった。


 理由や方法までは解明していないが、どんなルートを通っても窓から脱走しても、必ず辺りに人がいない場所で彼に会うのだ。完璧に待ち伏せてくるので、死に戻りがなければ確証は得られなかっただろう。


 ちなみに、彼にかけられる魔法は案外辛い。頭がぐわんぐわんと揺れて、締め付けられるような痛みが徐々に強まっていくのだ。そして気絶したらもう、保健室に戻っている。

 初めて会ったレムレスくん以外のレムレスくんは、私が貧弱なのを知らないんだもんな……。


 とはいえそんなことを気にしてはいられない。この悲しみと痛みの経験は不可抗力であると信じよう。私は次のステップに進んだ。



 死に戻り回数を九回で終えた一段階目。満足のいく成果を得られた私は、ギリギリ死が一桁のうちに二段階目へ突入した。ここからは少し展開が面倒になるのだが、仕方がない。


 プランはこうだ。


 ニオくんの案内を途中まで受け、キリが良さそうなところで怪事件の話を切り出し、説明してもらう。それから御手洗など適当な理由をつけ、ひとりになる。

 レムレスくんが出てくる前に、名前を呼び、対話。ここで話を引き延ばせば、ニオくんがやってくるはず。ふたりが出会えば、また少し時間が潰れてくれる。そうして夕暮れまで進めるのだ。


 つまりこれは、ペッカー先輩は本当にレムレスくんを探していたのか。また、探していた場合、どのような状況下でなら手を出してくるのか。

 という検証である。


 一段階目と比べて一筋縄ではいかなかったが、どうにか試行回数を重ねた結果、ペッカー先輩がレムレスくんを探していたのはほぼ確実。

 姿を現す条件は、ニオくんが周りにいないこと、夕方……具体的には十六時半過ぎであること、が噛み合った時だった。


 ただし、協力者の姿を見かけたことはまだない。これは要検討である。


 そんな感じで二段階目も終了。私は私が死なない道を探しているだけなのだが、標本事件を終結させないとどうにも進めない気がする。鍵はやはりレムレスくんだ。



 ああ、今回もまた、私の身体は倒れていく。


 ペッカー先輩はレムレスくんの近くに私がいようといまいと、彼の前に現れる。だから私は毎回毎回、できる限り彼を庇っていた。

 え〜私律儀じゃな〜い?


 でも律儀さは向こうもどっこいどっこいだ。ちゃんと次に生かすから、毎回そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい。


「ごめん、ね」


 ペッカー先輩に魔法薬を注入されるのにももう慣れてきたので、どうにか謝罪してみたのだが、言い切れたと思った時には保健室だった。

 早く明日に進みたい。




「……レムレス、さん。居ますよね」


 しんと静かな廊下で話しかける私は、傍から見ると変な人間だ。


 あれから更に死を積んで、現在私が挑戦しているのは第三段階。レムレスくんと可能な限り仲良くなってみよう、というステップである。


 いつも通り彼とは初対面だ。しかし、まるで返事のように、ガタンと音が鳴った。そちらを振り向く。


「レムレスさん」


 無意識下の領域で、死の間際の痛みと彼の慌てた表情を思い出した。両方の意味で少し心が痛む。


「あ〜……な〜んでバレるかな〜」

「あ、態度、無理しなくて大丈夫です」

「は?」


 へらへら笑って出てきたレムレスくんに伝えれば、目を見開かれた。


 私は死に戻りをした分、何度も彼と話してきたから気づいている。実は彼は無理してチャラ男を装おうとしているのだ。

 まあ理由は知らないけど。


「……どこまで知ってんの」

「割と、ですかね……?」

「何が目的だ」

「目的……」


 私の一番大きな目的は、故郷に帰れるまで死を回避し続けて、無事に帰りたい、ということだ。

 けれどそれを言っても向こうはわからないし、今伝えるのならこれしかないだろう。


「レムレスさんと、仲良くなりたいです」


 繰り返して繰り返して悟ったが、私に腹芸は向いていない。手帳はたしかに情報源として役立ったのだが、それを上手く利用することは難しかった。自然に話を切り出すのにも限界がある。


「ああ? ……いや、お前そこは知らねえの?」

「え? あ、知ってます。なんか、犯人ってやつですよね」

「適当だなおい……いや、そう、そうだよ。俺は標本事件の犯人だし、呪われた家系のせいでⅣ組なんだよ! 怖くないのかって!」

「特に……」


 だって私異世界人だから呪われた家系なんて知らないし、逆に標本事件の真犯人は知ってるもんな……。


 怖くないのかという質問は今までも何度かされた。けれど、レムレスくんが私を殺すのはいつもうっかりだし、優しくされたことの方が多いので、結局別に怖くはない。


 なので即答すれば、深くため息をつかれた。見慣れたレムレスくんだ。やっぱり彼は素の方が良いと思う。


「レムレスさんは、なんで犯人になってるんですか?」


 ずるずると座り込んだレムレスくんの前にしゃがみ込む。頭を抱えた彼と目が合った。ちょっと新鮮。


「あ〜? そんなの、俺が標本にしてるからだろ〜がよ。あとさんやめろ」

「……レムレスくん」

「チッ、なんだよ」

「ガラ悪いですね」

「るっせ!」


 相変わらずレムレスくんの髪はボサボサだ。言葉遣いは粗暴だし、他の人に怖がられてもいるらしい。


 まあでも、私には優しいからいいや。


「レムレスくん、なんでみんなを標本にするんですか?」

「……言わね〜、あと敬語やめろ」

「じゃあ、聞かないから一緒に寮来てほしいな」

「なんでだよ」

「私の部屋、悪霊の溜まり場らしいから……」


 幽霊が見えるならどうにかすることもできるのでは? そんな淡い期待があった。死に戻りを繰り返しているうちに思いついたのだ。


 まあこれも死んだら戻ってしまうかもしれないけれど、あの部屋は何故か特殊だし、一度出来たら今後も出来るということになる。損は無い。


「…………仕方ね〜な」

「いいの?」


 レムレスくんはおもむろに立ち上がった。そのまますぐに歩き出してしまうから、私は急いで後を追う。


「いや……まあ、原因俺だし……」


 一瞬、レムレスくんの言葉を理解するのを脳が拒んだ。まじめ?


「……ほんとに?」

「そ〜だよ! 誰かがあそこ使うと思ってなかったんだよ……悪ぃな」


 信じられなくて確認する。ぶっきらぼうに肯定された。


 じゃあ私は間接的にレムレスくんのせいで何度も死んだし徹夜する羽目になったの〜〜!?


 心の中でちょっぴり泣いた。そんなに優しくなかったかも。

 けれど、どちらかというとそんな場所に私をやった学園長の方がダメ度の比重は大きい気がする。


「……いいよ」


 仕方ないので許そう。反省しているみたいだし、そんな人に追い打ちをかけるほど鬼じゃない。レムレスくんには恩も……そんなにないけどある。


 いくら殺されても文句言わない私、この世界で一番優しいんじゃないですか?

 まあ言わないんじゃなくて、言えないだけなんですけど……。


「良くはねえだろ〜よ。お前、危機管理能力って知ってるか……?」

「それ前にも言われたな」

「だろうな」


 前に言ってきたのは学園長もそうだけど、いつかの君がほとんどだよ。


 これも言えないことだ。


「あ……待って待って」




 レムレスくんはいつでも変わらない。気づけば置いていかれそうだったので、私は今度も手を繋ぐことを視野に入れた。

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