月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

五話 恋愛には苦難がつきものです

公開日時: 2020年9月25日(金) 12:50
更新日時: 2021年12月16日(木) 14:09
文字数:3,399

 カーテンが開き、ゆらゆらと白い袖が揺れる。


「やっほー! 調子どう?」

「ニオくん、こんにちは」

「あはは、呼び捨てでいいのに」


 あれから三日。私は学園長の言いつけで、保健室で過ごしていた。


 なんでも私の身体は魔法の負荷に耐えれずボロボロなのだという。生きているのが奇跡だと言われたレベルである。


 ちなみに、私も実際死ぬと思ってたしなあ。なんてぼんやりしていた結果、学園長に危機管理能力を咎められたりもした。


 そしてニオくんは、そんな私の元へ不規則な時間ながらも毎日お見舞いに来てくれる聖人だ。

 人見知りな私も彼の明るい性格のおかげで、今は普通に会話ができている。


「よいしょ」


 今日も彼は木製の椅子を手で持ってきて、そこに座った。


 本来は、物を動かすこともコントロールの練習として、魔法でやっているらしい。

 けれど弱い私が更に弱っている状態だと、周りで魔法を使われただけで影響を受けるのだとか。


 保健医の方からそれを聞いた時はさすがに自分に呆れてしまった。


「あのね、リューネ。今日は外に出てみない?」

「え……それは、いいの?」


 来て早々の提案に、私は首を傾げる。


「もちろん許可はもらってきたよ!」


 ニオくんがぐっと身を乗り出してきた。これはかなり乗り気だ。


 身体はたしかに楽になってきたし、ずっとここにいるわけにもいかない。それはわかっている。

 けれど、ここ三日があまりにものんびりしていたせいで、どうしても気が乗らなかった。


 私は別に死にたくて死んでいるわけではないのだ。

 危険なことはなるべくしたくない。


 まあそもそも、外に出るだけで危険なのがおかしいのだけど……。


「……じゃ、じゃあ、行こうかな」


 しかし、期待した目でジッと見つめられて、小心者の私は、結局断りきれずにそう言った。

 彼の瞳はまん丸で、どこか独特の圧がある。




 そういうわけで、仕方なく私は制服に着替え、部屋の外で待ってくれていたニオくんと合流した。不審者じゃない証明だ。

 何となく初めて着た気がしないので、故郷での私も学生だったのかもしれない。


「おまたせ……」

「よし、それじゃ行こう!」

「よろしくね」


 保健室にいた時は、魔法が飛んできても保健医さんが対処してくれたし、お見舞いに来るふたりも、魔法を使っていなかった。


 本当に、本当に世界にはお手柔らかにお願いしたい。






 そんな開始前の切なる祈りとは裏腹に、学園案内は今のところ中々平和だ。


 話術が上手いニオくんの後ろに隠れておけば、大体の人を「この子転校生! 人見知りなんだ」で済ませてくれた。

 死に戻りで荒んだ心に優しさが効く。


「で、あそこが蔵書庫! 本当は許可がいるんだけど、学園長がリューネは好きに使っていいって言ってたよ」


 建物内を巡った後に案内された蔵書庫は、敷地の中でも中心からずっと離れたところにあった。

 よく言えば趣のあるその建物は、あまり人の手が入っていないらしい。


「そうなの? じゃあ、後でお礼言わなきゃだね」

「えーいいよ別に。だってリューネはかなり遠くから来たんでしょ?」


 悪い意味で目立つ蔵書庫の外装に、ニオくんは僅かに不満げな顔を見せた。


「常識も知らないって聞いたし、なら最低限の保証をするのは教育者として当たり前。だよ」


 話していてわかったことだが、彼はこうして時折酷く鋭い発言をする。

 道中でも、誰々にこう伝えて欲しいとか、君から彼に言ってやってくれとか、言葉の方面でかなり頼られていた。


 私を殺したことのない彼とは、このまま素直に仲良くしていたいと思う。


「……そうかも。ありがとう」


 出身のことは適当にぼかされているようなので、特に否定もせずお礼を言った。


「うん。さて、次はどこ行こっかー?」


 また、どちらともなく歩き出す。

 外に出たのが十五時過ぎだったので、辺りは橙色に染まりつつある。


「それなら、ニオくんの寮が見たいな」

「なんで?」

「え? だって……」

「オレ、リューネと寮一緒だよ?」


 一拍遅れて私は驚きの声を上げた。


「そうなの? ほんとに?」


 どうやら、手帳の内容をすっかり忘れていたのが仇となったようだ。


「うん。問題児だらけのⅣ組ご意見番、ニオ・パリッソとはオレのこと! なんてね〜」


 ニオくんはパーカーに覆われた手でポーズをし、にっと歯を見せて笑う。

 その姿は決まっていたけれど、内容には少々聞き流せない言葉があった。


「……問題児、だらけ?」


 あの廃れた寮を思い出す。

 小さな声で問えば、至極当然といった表情で答えが帰ってきた。


「Ⅳ組は単純な素行不良とか、能力や家柄が特殊だとか、そういうはぐれ者を集めてるんだよ」


 その言葉を消化しきれないうちに、「まあ悪く言えば手に負えないやつ、みたいな?」と追い打ちもくる。


 初めて寮に向かった時、随分隅の方にあるなと思ったが、やはりそれにも理由があったらしい。冷や汗が額を伝った。


 いや、嘘じゃん。私そんなヤバそうなの達と恋愛することを推奨されてたんですか?


 私はつい、俯き黙り込む。懐かしくも忌々しい死に戻りの気配が近づいてくるのをヒシヒシと感じた。


「……オレ、リューネは出身が理由でⅣ組だと思ったんだけど……そもそも聞いてない?」


 困惑したようなその声に、思わず強く頷けば、お互いの足がピタリと止まる。

 丁度蔵書庫の目の前だ。


 微妙な雰囲気の中、夕暮れが進行していく。


 少しして、あんなに人付き合いの上手そうなニオくんにしてはわざとらしく、話が逸らされた。


「そ、そういえばさ! この学園の噂話……っていうかちょっとした怪事件、知ってる?」

「あ、ううん。寮の私の部屋が悪霊のたまり場になってるらしいのは知ってるけど……その怪事件も、そういうやつ?」


 私もあまり現実を直視したくなかったので、有難く話に乗ってみる。


 怪事件ということは、学校の七不思議などに近いものだろうか。せっかくならと、同じ心霊系である自室の話を出した。


「え、逆にそれはオレ知らない! リューネそんな部屋で大丈夫? だってあんなに弱いのに……」

「う……まあ、あんまり大丈夫では、ない。かも……」


 そういえばまだあの部屋をどうにかする目処は立っていない。自分の脆弱さも言及され、気が重くなった。


「だよねー……うーん。前から呪い持ちとか降霊術やるやつはいたけど、そんなことになってんのか」


 ニオくんは考え込むように口をとがらせる。ついでにやっている頭の後ろで手を組む動作は、すぐこの前も見た。癖なのかもしれない。


「寮に帰ってないの?」

「オレは割と前から適当に他の組の人んとこいるんだよねー」

「そうなんだ……」


 少し残念に思った瞬間、ニオくんは私と目を合わせて笑った。


「でも、久々に帰るよ! だって心配だし」

「あ、ありがとう」


 徳の高い人だ。とはいえ優しくされても問題はまだ何も解決していない。それどころか増えた。


 例えば、この世界に本当に乙女ゲームが下地にあるとして。あのウィンドウ等を考慮すると、怪事件の話を出されたことは列記としたフラグである。

 巻き込まれる可能性は非常に高い。


「あー!」


 ふと、時計を確認したニオくんが大声を出した。


「ごめん、リューネ。オレ、担任に放課後呼ばれてたんだった」

「えっそうなの? もう随分暗いけど……」

「オレは大丈夫! ただ、リューネは気をつけてね。ほんっとに! 寮すぐそこだから共用スペースで待ってて!」


 そう言い残して、ニオくんは凄い速さで本館へ戻っていく。……なるほどね。


 どうやら、早速フラグが回収されたらしい。今日も世界は私に優しくないようだ。


 ニオくんが去り際に示した方角には、たしかに第Ⅳ組専用学生寮が見える。少し先だが、もう私には走る道しか残っていなかった。


「っ、あ」


 しかし、走り出そうとしたその時、私の身体はずるりと蔵書庫に引き摺り込まれる。


 手が空を切り、強かに背をうちつけた。それから、咄嗟に瞑っていた目を開く前に首筋への刺激を感じ取り、暗転。


 私は死んだ。




 目を開けると、保健室の白い天井にこれまた三日ぶりのウィンドウが出現していた。


【おめでとう! ルートが解放されました!】


 すぐに手帳を確認すれば、シルエットだらけだった攻略状況タブの中に、一人だけシルエットじゃない姿がある。


「……だれこれ」


 どう見ても知らない人間だ。もしかしてさっき謎の攻撃で私を殺してきた人?


 ウィンドウと手帳を交互に二度見した。信じたくないけど、タイミングからしてそれしか有り得ない。


「ねえ、嘘でしょ?」




 私は本当に自分を殺した人間と恋愛させられるらしい。



キャラ紹介



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