そういえば、なんか色々有耶無耶になってるな。そう思ったのは、校内新聞第一号をとうとう完成させた時だった。
魔法を駆使しつつも、半人力で刷りあげた新聞たちを見ると達成感が湧いてくる。過去に、複製が難しい問題って、例の写真魔法を使ったら解決なんじゃ? と言ったことがあるのだけれど、あれ結構疲れるんだよ〜なんてリエスくんの申告に他メンバーも頷くものだから、乱用作戦がボツになったりした。いい思い出にするにはまだちょっと日が浅い。
まあ、そんなこんなで結局手間と時間が割とかかったが、それでもギリギリ予定の圏内で作り上げれたと思う。あとはこれを当日までずっとやるだけだ。
……想像するだけで気が重いな。
自然と苦笑いが出た。部屋に少しだけ残った新聞は確かに達成感の塊なのだが、だからといって読まれるかはまた別である。いやでも読んで欲しいなあ。当たり前だけど。
他のは全部学園長のところへ持って行ってもらっているので、そんなことをうだうだ考えつつも、私は一日三回飲むように! と渡された学園長特製の魔法薬に手を伸ばす。これは昼の分だ。
「うーん……美味しくない……」
魔法薬は、めちゃくちゃ不味いとまではいかないが、絶妙に奇っ怪な味をしている。何回飲んでも慣れないこの味の原材料は知りたくもない。いつも通り気合いを入れて、グイッと一気に飲み干した。
「はぁ……」
で、なんだっけ。……ああそうだ、有耶無耶になってることがあるって話だ。
空になった瓶に栓で蓋をし、私は頭の中から記憶を引っ張り出す。
「えーっと……そうだ、先輩!」
実行委員が顔合わせをした時ちらと話題に出たが、その後早速仕事をするためバラけたり、私の骨が折れたりして聞けずじまいだった忌家とやら。一番はそれだろう。ちなみに二番は占星術部の人が言ってた生贄発言だ。その噂まじなの? って今でも思ってる。
とにかく、やっと少し落ち着いたし、両方それぞれ今度会ったら聞いてみたい。
「先輩が、なんですか?」
「え? あ、わあ、ペッカー先輩。新聞どうでした?」
ふと、急に話しかけられて、私は振り向く。気づかぬうちに、ペッカー先輩が部屋に戻ってきていた。どうやら一足先に納品から帰ってきたらしい。タイミング良いなあ。
散々人が嫌いだなんだと言っている彼だが、人手が足りないⅣ組において、じゃあ仕事しなくていいよ。とはなるわけもなく。なんなら心が読めるなら私の意思を私より上手く伝達してもらえるのでは? なんてヒラメキを私がしたため、ここ最近ペッカー先輩はあちこちに引っ張りだこだ。
地味に、いつかキレて殺されないかなあ。と思っていたりする。
「……全く驚いてませんね……良い反応でしたよ」
「それは良かった。というか、驚かせようとしてたんですか?」
「違いますけど?」
「ええ……じゃあ良いじゃないですか」
そもそも感情豊かな人間は嫌いなんですよね?
「そりゃそうですけどね。つまらない」
「元々面白くはないと思いますけど……」
「そうですか?」
「え? 面白いと思われてます?」
ペッカー先輩は答えずこちらへやってきた。適当な椅子を持ってこようと杖を懐から出しかけて、やめる。眉をしかめると、自らの手を使って椅子を持ってきて、私の隣へ座った。今の私はブレスレットを付けていないので、その気遣いはありがたい。
「少なくとも変ですよね」
「よく言われますね」
「馬鹿ですし」
「よく言われますね……」
その評価ほんとになんとかならない?
もしかしなくとも死に戻りと乙女ゲーウィンドウのせいだろうが、解せない。
「じゃあそういうことじゃないですか?」
「は、薄情者〜……」
そう非難したら、何故か笑われた。この人よく笑うようになったなあ。
「実際、変わってると思いますよ。Ⅳ組だろうが忌家だろうがあなたには関係ないんですもんね。あなたのせいでアレウスやパリッソ君、他のウザったい人達なんかとも話すようになってしまった」
「……すみません……?」
真剣な雰囲気を纏ったものだから、一瞬褒めてくれるかと思ったのだが、そんなことは無かったようだ。というか相変わらず他人と関わるのは嫌らしい。私ももう先輩に殺されるのは嫌だなあ……。
「あの……殺さないでくださいね」
「は? 殺しませんよ……なんですか急に」
一応釘をさしておく。呆れ顔を向けられた。
「標本にならしていいので……」
「それは……まあ、いつかしますけど」
するんだ。
「で、先輩がどうしたんですか」
「え?」
「アレウスがなにかしました? それともあの双子ですか」
「ああ〜さっきのはペッカー先輩のことですね」
「…………はあ」
そうだそうだ、最初はそれだった。ここまでだいぶ脱線してしまったな。
「うーん……でも聞いてもいいのか」
「聞かれなきゃわかりませんよ」
先輩はわかると思いますけどね。なんてったって心読めるんだから。まあいいや。
「じゃあ聞きますけど、その忌家? ってなんですか? 前ほら、これのせいで聞けなかったので」
私は、右腕をそっと持ち上げた。ギブスがあるから確認できないが、学園長印の薬のおかげで恐らく結構治りつつある。気がする。
とはいえまだまだ痛々しいそれを見てか、それとも尋ねた内容のせいか、ペッカー先輩は一気に顰めっ面になった。
「………………」
「………………」
少し待っても、目の前の彼は口を開かない。やっぱり聞いちゃダメなやつじゃないか……。
「……良い話じゃないですよ」
「それは別に構いませんけど」
けれど、撤回しようかな。と思い始めた辺りで、深いため息をひとつついて、ようやくペッカー先輩は話し出した。
「忌家は、死を冒涜している家系です。死というのは平等に起こるもの。自然現象や超常現象を人が操ったりできないように、死にも人間は勝手に手を加えてはいけない。それがこの世の常識です。なので僕とレムレスと、双子の家はそれぞれ、死体そのもの、死んだ後の霊魂、死ぬ前から死ぬ瞬間までの幇助、それらを担当するが故に忌家なんですよ」
「……へえ……?」
何を言えばいいかわからなくて、とりあえず相槌を打てば「あなたねえ……」と睨まれる。はい……私から聞いたのにすみません……。
「でも、それでいいです。あなたはそれで」
「えー……っと、じゃあ、はい。わかんないけどわかりました……?」
死を冒涜してるとか、そういうのはちょっと価値観が違うけど、まあなんとなく理解はできた。要は基本的に触れない方がいい話題なんだろう。そして、それなのに嬉々として忌家を名乗るラヴァンさんとドゥエンさんは、多分きっとやばい人だ。違ったら心の中で謝るけれど。
「でも聞かせてくれてありがとうございました」
「はいはい」
またため息をついて、ペッカー先輩は立ち上がった。もう休憩は止めらしい。
「思い返せば、その骨……」
「ああはい。これ」
「その時も、あなたはあまり動揺してませんでしたね」
「あー……まあ痛いは痛かったですけど、みんなの方がびっくりしてましたからね」
「本当、変ですよねえ」
「結局そこに行き着くんですか」
「僕にとっては都合がいいですけど」
「はあ……」
じゃあ、今後の死亡回数次第では私は更に先輩の理想に近づくのかもしれないですね。とは言わないでおこう。
ワイワイとした声が近づいてくる。新聞班の他の子達も帰ってきたようだ。
「とにかく、紅月祭までは先輩にも沢山頑張ってもらいますからね」
「はいはい、仰せのままに。お人形さん」
まだ私はギリギリ人間です。
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