どうしてこんなことに……?
散々死んできたけれど、さすがにちょっとこれはないだろう。馬鹿みたいな痛みが、これは現実だと絶え間なく主張してきている。世界はどこまで私に厳しいのか。
「っ……あ、あ……」
ふと、小さな声が聞こえて、上を見た。そこには様子のおかしいリエスくんがいる。当たり前だが、動揺しているようだ。……この場合、どちらが悪いのだろう。
ワンチャン、私が弱過ぎた可能性ない?
あったら嫌すぎる。
「リエス、このバカ!!」
「リューネっ大丈夫、では……ないですよね……」
惨状の中で一番に動いてくれたのは、やはり付き合いの長いふたりだった。
私がどれだけ弱いのかを知っているからか、それとも魔法でなんでもできそうなこの世界でも骨折は割と重めの負傷なのか、駆け寄ってきたニオくんとペッカー先輩もすっかり青ざめている。
「先輩! こういう時ってどうするの!?」
「……応急処置をしなければ。何か……板のようなもので患部を固定します」
「つまり探してくればいいってわけね! 了解!」
ふたりが会話をしているうちに、固まっていたみんなもだんだんと再起動しだした。
「……俺、学園長に伝えます」
「ああ、だめだな。珍しく頭が回らぬ」
「うむ……我らは保健医を呼んでこよう」
「せ、せんぱ……」
「リエスくん! 今は……じゃましちゃ、だめだよう……」
各々行動を始める中、酷く戸惑った表情でリエスくんが手を伸ばしてきたが、それは届かず。彼はセルテくんによって私から引き離される。慰めてあげた方がいいかな、なんて思ったけれど、私はそんな場合じゃないんだった。
その後、さあ応急処置をしよう! というタイミングで丁度良く保健医さんと学園長がやってきた。
応急処置のために制服の袖はダメになったし、ブレスレットを手首につけていたものだから、それを外す際文字通りの痛い目にあったが、とりあえず骨折がなんとかなって一安心である。
「リエス、わざとじゃないの?」
しかし、やはりこのマジカル異世界では骨折も魔法薬でパパっと数日で治すものらしい。別れて数分後に怪我をした状態で再会した私に対し、なんとも形容し難い顔をして頭を抱えた学園長は「リューネに合わせてなんとか調合してみるから……それまで安静にしてて……」と蚊の鳴くような声で言ってくれた。悩ませて申し訳ない。
「ち、違うよ! なんでそんなこと!」
そんなわけで絶対安静を言い渡された私は、保健室のベッドに座っている。一応、痛みを抑えたり治りを早くする薬を投与してみようということで、通常の八倍薄めにしたものを飲んだばかりだ。今のところ異常はない。
「だってリューネのこと嫌ってたじゃん!」
「そ……れは、そうだけど!!」
そしてこの……先程からずっと目の前で繰り広げられているのは、ニオくんによるリエスくんへの問い詰めだ。多分本人も無理がある言い分なのはわかっていると思うのだが、相当怒りがあるらしい。
「……うるさいですね。黙らせますか?」
「あー……アイツ、前から気に食わなかったんだよなあ。やっちまえ、メア」
しかも何故か、お見舞いに来てくれたレムレスくんやメアくんまでもリエスくんへの当たりがキツい。なんで?
「あの……もう、いいよ。リエスくんを責めないであげて」
「リューネ……」
「せ、先輩……」
これ以上は見ていられないので、私はみんなを止めるつもりで、言葉を発した。だってリエスくんに罪悪感があるのは充分わかっている。彼は例え嫌っていても、チクチク嫌味は言っても、こうして傷つけてしまったことを悪いと思える優しい子なのだ。
「わざとじゃないもんね」
「うん……」
「ごめんね、リエスくん」
「え……? なんで先輩が謝るの」
私は言葉に困って笑いかけた。仕方ないよなあ。だって私が弱いから。
結構前に様子を見に訪れてくれた先生の言葉を思い出す。当時保健室にいた学園長や保健医さんと暫く話した後、彼は私に何故こんなことになったのか。の見解を伝えてくれた。
まず、リエスくんの握力は平均……なんなら少し下くらいであり、物理的な力によって私の骨をポッキリ行かせた可能性は低いそうだ。ただし、彼はエルフであり、体内の魔力保有量が多い種族であった。かつ、彼本人の制御できる魔力量は少ないという。
つまり、魔力耐性がゼロと言ってもいい私は、リエスくんが自分で制御できていない部分の魔力の影響を受けて、本来平気なはずの力でも耐えられず、骨折に至ったのでは? という結論だった。
半分くらいは私のせいで、本当にリエスくんは私の体質と相性が悪かったのだ。
「なあリューネ」
「え……なあに。レムレスくん」
「お前やられたことわかってんのか?」
遠い目で思い返していれば、レムレスくんに名を呼ばれた。ベッド脇の椅子に座り、足を組んでそこに片肘をついた彼は、元より鋭い瞳を更に細めて私を見る。
「……こ、骨折……?」
「そりゃあ事故かもしんね〜けどよ、ソイツが自分の手でやったのには変わりねえだろ。お前がそうやって怒んね〜から俺らが代わりに怒ってんだぜ」
「う……」
やられたこと、なんて直接的なそれをぼかしたくて、結果だけを言ってみたが、無駄だった。続け様に投げられた言葉はどれも正論というか……少なくとも事実ではあって、それから私の胸によく刺さる内容なのも確かなのだからどうしようもない。
怒って何とかなるならいくらでも怒ってたよ。
ただ、そうも思う。イライラを他人にぶつけて、一方的に怒鳴って、そんなことをして帰れるなら。死に戻りが終わるなら。どれだけ楽だったのだろう。明日に進むためには、怒るのも泣くのも要らない行為で、無意味なことだ。そう学ぶだけの何十回分ものループの経験があるから、私は……。
そこまで考えて、私は思考を止めた。
「……でも、リエスくん、反省してるから。今は私、彼にこれ以上言わないであげて欲しいよ」
嘘じゃないけれど、本音でもない上澄みの言葉を紡ぐ。レムレスくんは深くため息をついた。
「そうだな。そうだった。相変わらずバカだよ、お前は」
困ったように、呆れたように笑われる。
なんか、最近よく馬鹿だ馬鹿だって言われるな……?
みんな私の何を見ていて、何を知っているというのだろう。わからないけれど、一旦納得はしてくれたらしい。その笑みにほっと息をつけば、ずっと何かを考え込んでいたメアくんが口を開いた。
「リューネ先輩。どうやらリエスは随分罪悪感を持っているようです。彼を良いように使ってやったらどうでしょう」
「えっ」
「えっ?」
「ええー!?」
突拍子もないその発言に、全員が驚く。
「リューネ先輩は利き手が使えませんから。リエスが責任を持って補佐をするべきです」
たしかに、色々手伝ってくれる人がいるとありがたいけれど……。
淡々と続くメアくんの提案に、リエスくんが瞳を輝かせたのがわかった。
「……! うん! やる!」
「いや、いやいやいや! オレは許しませんよ!? そもそも、本来リューネのお世話係的なのはオレと監督先輩なんだからね!?」
「え〜! やだ! ボクがやる〜!」
「ダメだよ! リエス飽き性じゃん!」
「でもボク悪いと思ってるし! 頑張るし〜!」
「あのね、リエス? リューネはペットじゃないんだよ?」
「え? 何言ってるの? えっと……リューネ先輩? は人間でしょ?」
「も〜! このやろー! 名前すら覚えてないくせにー!」
「あ〜! 髪ぐちゃぐちゃにしないでよ!」
しかし、ニオくんが待ったをかけたことで、ニオくんとリエスくんは流れるように喧嘩へ発展する。
「メ、メアくん……」
ねえ、これ予想してた?
「なんでしょう」
「いや……え……?」
なんでなんとも思ってないの……?
「く、ふ、ははは!!」
更に、彼にとって気に入らないやつVS気に入らないやつだからか、その喧嘩? を傍観していたレムレスくんが笑いだしてしまった。これはもうだめだ、収拾がつかない。
助けて保健医さん……。
まだ助けが来る気配はない。
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