自覚してしまえば、割と私は幽霊だった。何を言っているのかと思われるだろうが、幽霊なのだ。
なんというか、地に足が着く感覚はしないし、なんならやってみようと思ったらちょっと浮いて空を飛べてしまったし、そこまでやっても、思い切って屋台をすり抜けたりしてみても、一切誰にも気づかれない。これで幽霊じゃなかったらなんだと言うのか。
あれだけ怖かった魔法も、こうなってしまえば関係ない。しかも今なら誰の目も気にする必要が無い。あれ、案外幽霊っていいかも。
本体の私は派手に水へ落ちていたけれど、花火の音にかき消されたのか見に来る人はいない。それに、先程確認してみるとこの辺りの出店は無人の出店ばかりだった。
多分魔法でどうにかなっているんだろうなあ。何せ我らがⅣ組のアトラクションも、説明役が一人いれば後は何とかなるらしいし……。まあ正直ワンオペはどうかと思うが。
と、ふらふら思考を巡らせながら私はお祭りの雑踏の中へ戻る。
「すごいな……」
人波に押されていたほんの少し前が懐かしい。今の私は無敵だ。けれどわざと人に当たっていくのもなんだか申し訳ないので、空を飛ぶ。随分昔に、みんなみたいに空飛んでみたら楽しそう〜などと思ったことがあったが、その夢も叶ってしまった。
ていうか、このままあちこち行けるんじゃない……!?
どうやら幽霊は幽霊でも、地縛霊とかではないようだ。死体と化した本体からいくら離れても平気そうなので、私は意気揚々と探索に繰り出した。
さて、とりあえずさっきのフルーツ飴の屋台を目印に進んでみる。ふわふわ、ふらふら……気分は正に観光だ。飛んでいれば、ふと、ひとり様子の違う人間が目に入った。
その人物は長い緑髪を揺らし、流れの中を逆走している。
「あれ……先生?」
少し近づいてみれば、ローブの裾をはためかせ人混みの中どうにか走る先生は、どこか切羽詰まった表情だ。なぜだろう?
「っ……そっちにはいたか!」
「ひえっ」
疑問に思ってさらに近づいた瞬間、先生が喋った。びっくりして肩が跳ねる。その隙に置いていかれそうになったから、慌ててついて行く。よく見れば、先生は誰かと通話をしているようだ。
もしかして、一緒に来てたみんな?
……少し嫌な予感がする。これ、まさかだけど探されてたり……。
その時また、先生が言葉を零す。
「……そうか。どこだ、リューネ……!」
さ、探してる〜〜〜〜〜!!! これはどう考えても探されてる〜〜〜!!!
幽霊のまま頭を抱えてしまった。だって私死んでるんですけど……!?
どうしよう。いや、どうにもならないが。
当たり前だが、先生も私に気づくことは無い。あわあわと動揺しているうちに、先生は探す場所を替えたのかいなくなっていた。
こうなってくると、幽霊も快適じゃない。みんなにどうにか私が死んだということをお知らせしなくては。
ポルターガイスト……は使えるかわかんないし、誰か私と意思疎通が取れる人……。
「あ、レムレスくん」
そうだ、そうだった。もう彼しかいない。私の向かうべき行先は、Ⅳ組の学生寮だ。
頑張って急げば、歩くより空を滑る方がずっと早い。私は玄関扉も貫通して、レムレスくんの部屋へ向かう。ノックは出来ないが、多分彼なら話しかければ届くはずだ。
「レムレスくん!」
一度目、返事はない。留守だけはやめて欲しいと思いつつ、もう一度呼ぶ。
「レムレスくん!」
「……あ? え、その声……」
すると今度は声が返ってきた。やはり今の私でもレムレスくんが相手なら大丈夫らしい。
「リュ、リューネ、です……! あ……あのね、レムレスくん」
「お、お前っ! どこいってたんだよ! さっき連絡回ってきたんだぞ! ちょ、あー……絶対そこ動くなよ!?」
「えっあっはい」
バタバタと室内から音が聞こえてくる。
話を遮られ、ちょっとタイミングはおかしくなったが、レムレスくんに私死んだんですと伝えれるなら何も変わりはない。
言いつけ通り待っていれば、急にバンッ! と大きな音を立てて扉が開いた。
生身の私ならぶつかっていたところだが、今はそんなことも無く。
「……えっと。こんにちは、レムレスくん」
「は???」
笑って見せれば、彼はやけに驚いているようだった。
いやまあ、誰だって驚くか。私だって立場が反対ならこうなっていそうだ。
「私、死んじゃった」
告げれば案外、なんてことないようにそれは響く。いつかも見た、苦しそうな嫌そうな顔を向けられた。
「あの……それでね」
こんなことを頼むのは心苦しいが、仕方ない。私が今干渉できるのは彼しかいないのだから。
けれど私が本題を口に出す前に、レムレスくんが動く。
恐る恐るこちらに伸ばされた彼の左手は、呆気なく私の手の甲をすり抜けた。
「……っ、ほんとに、死んだのか……?」
それは問いかけの体を成しているのに、嘘だと言って欲しいという懇願のようにも、そんなわけがないという否定のようにも聞こえる。実際全部が嘘だったならどれほど良かったか。
「うん、そう」
それでもこれが現実なので、コクリ頷けば、レムレスくんは更に顔を歪めてしまった。流石にその表情を見ると、何も切り出せない。だってなんだか追い打ちを掛けるみたいだ。
「………………」
「………………」
ふたりして黙っていれば、突如レムレスくんの室内から電子音が響く。
しかし一度、まるで意識を取り戻すかのようにピクリとそれに反応したというのに、レムレスくんは動かない。私を見つめたまま、そして音も鳴っているままだ。
「……あ、あの……レムレスくん?」
「………………」
「鳴ってるよ……?」
「………………」
え、ええ〜……無反応〜……。
さすがにそれは私も困ってしまう。声をかける以外出来ないのに、その声かけにすら何も返ってこないとは。相当ショックを受けている……のだろうか。
電子音は依然として鳴り続けている。
……なんとか止めたりできないかな? ポルターガイストとか……。
さすがにちょっとうるさいし、このままじゃ他の生徒たちがやってきそうだ。ああそういえば、レムレスくんの両手首には時計が見当たらない。ということはきっと鳴っているのはそれだろう。
私は多少の申し訳なさを感じながらも、彼の部屋に入って時計を止めれるか奮闘してみることにした。
ふわりとレムレスくんの横をすり抜け進む。
「っ入るな!!」
「えっご、ごめん!?」
瞬間、レムレスくんに怒鳴られた。私はギリギリ廊下の際で足を止める。
そして様子を伺うように振り向けば、レムレスくんは自分の白髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてから、絞り出すように話してくれた。
「……さっきまで、成仏させようとしてたんだよ。今日は月の魔力が強えから、前に俺が呼び出した分も全部……今のお前が入ったら、一緒に消えちまう。だから、入るな」
「う、うん……わかった」
私が頷けば、彼は覚束無い足取りで部屋の中へ消えていく。電子音はやっと鳴り止んだ。
「……言えないなあ」
あまりにも頼りない後ろ姿に、つい言葉が漏れる。私の死体を燃やしてくれ、なんて。あんな状態の彼には頼めやしない。けれどじゃあ誰に? という話で……うーん……。
困っていれば、レムレスくんが戻ってきた。
「あ、レムレスく……」
「リューネ」
「は……はい……?」
だが、戻ってきた彼のオーラはなんだか不穏だ。この短時間で何があったというのか。見上げた先の瞳は、見たこともないくらい深く暗く落ち込んでいる。
「俺がなんとかする」
「え、っと……な、何を?」
「お前の死体が見つかった」
「……!」
「でも、大丈夫だから。俺がなんとかするから」
「あ、いや、あの……」
「リューネ」
「……なぁに」
そこで、レムレスくんは笑った。私の話を一切聞かず、私と己に言い聞かせるように大丈夫だと繰り返していた彼が、何故か笑ったのだ。
「ごめんな」
いびつに釣り上げられた口角と、顰めた眉。吐息混じりに溢れてきたその一言の意味は、レムレスくんが何について謝っているのかは、正直わからない。
ただ、何かがおかしかった。何かが狂い始めている気が……した。
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