学園をやめろ、と言われ、私は暫し立ち止まる。なかなかインパクトのあることを言われたものだ。しかし私には、その発言に対して必中の、言いたくとも言えないある一文があった。
いや、特待生やめれるならやめてますけど!?
そう、これである。私は特待生になりたかったわけではないし、学園にいるのも永住せず帰る手がかりを探す道がそれしかなかっただけなのだ。
そこの所を勘違いされるのは、ぶっちゃけものすごく困る。
しかしやはり、そんなことを真っ向からなんてとてもじゃないが言えない。貴様には責任感がないのか! とかって逆に怒られそうだし。
そして仮に言えたとしても、学園の最高権力者である学園長に私は逆らえないので……うん、せめて心の中でだけは訂正のツッコミを入れておこう。
「ちょ、ちょっと待って監督先輩! なんでそんな事言うの!?」
「っどう考えても、これはこの学園に向いていない!」
それは……そう……!!
やばい。あまりにも真っ当なことを言うものだから、つい全面的に同意してしまった。だってもう本当、その通りなのだ。私は死にたくないし明日の朝には、いやなんなら今この瞬間にでも帰りたいのが、正直なお気持ちというやつである。
「う……でも、オレはやだ! リューネはきっと凄い人になるよ。弱いけど、たしかにものすっごく弱いけど、強い子なんだから!」
敬語も忘れ熱弁するニオくんには悪いが、ちょっと私のことを過大評価し過ぎだと思う。そんなこと考えてたの?
「パリッソ、それは貴様の我儘だ!」
そして容赦のないジュスティ先輩……。
私の経験から行くと、彼を納得させるのは至難の業だ。けれど何故か彼は空いた片手を顎に当て、おもむろに考え出した。
「……しかし、身の丈に合わないことをするなという忠告として伝えたつもりだったが、先程の言い方では俺がまるで貴様の面倒を見るのを嫌がっているようだな」
私の相手なんて、ぶっちゃけ誰だって嫌だろう。いの一番にそう思ったが、まあそれは置いておく。
少し的外れの思案なものの、絞り出されたその発言は元々の彼の主張からすると、随分こちら寄りだった。不思議なこともあるものである。
「……つまり?」
眉を寄せたニオくんが、訝しげに結論を急かす。ジュスティ先輩はつらつらと話し出した。
「どうやら貴様らの話から行くと特待生殿は極端に脆く弱い存在のようだ。だが、同時に、散々俺を手こずらせてきた暗殺者一味を捕えれたのも……リューネ、貴様の助力あっての事だろう」
「うんうん、で?」
「俺としてはやはり、このⅣ組に真綿ほどの耐久性の人間がいるのは賛成しかねる。それでも、俺の知る限りの貴様を整理すると、確かに何か能力を感じさせる事もある。何より俺が役目を放棄するような人間だと思われるのは大きな失態だ!」
「要は!?」
「要は! 今日の授業の間に貴様の強さを証明してみろ! ということだ!!」
ビシッと効果音がつきそうなほどの勢いで、私の眼前にジュスティ先輩の指先が突きつけられた。
「……はい?」
ねえ待って? どうしてそうなったの??
それから十数分後、私は実験棟とやらのとある教室にいた。ここにはゴポゴポと音を立てる大釜や、よくわからない材料の山もあれば、分厚い本がぎっしりと壁際の棚に詰め込まれていたりもする。
いやあまったく、七回くらいは見た室内だ。
「──以上。各自ペアを組み、手順通りに進めるように」
先生の発言でみなはペアになる相手を探し、ばらばらに動き始めた。その中にはⅣ組以外の生徒も多くいる。
「……はぁ……」
私も私で、白衣の袖を調節しながら覚悟を決めた。
そう。実は私はこの室内で七度、死んでは巻き戻っているのだ。
一度目は本来別の教室のはずだったニオくんが、無理やりこちらの授業へついてきた。ペアもそのままニオくんで、習熟度が違うらしいのに甲斐甲斐しく、ほぼ完璧なサポートをしてくれたのだが、最後の最後で突如鍋が爆発。私は死んだ。
当然巻き戻ったが、なぜ急に死んだのかはわからず、二度目も大体同じ流れで事態が進む。
しかし一度目と違って私は誰かに突き飛ばされ、鍋に入れるはずだった魔法薬の瓶が割れる大惨事が起き……無様に転んだ私はその中身を全被りして、ぽっくり逝った。ニオくんが他の人に話しかけられている隙を狙った、計画的犯行だった。まあさすがに死ぬとは相手も思ってなかっただろうけど……。
そしてやっとどうにかしなくてはと、ニオくんの善意を断り違う人と何とか組んだ三度目は、近くで作業をしていた別のペアが失敗をして巻き込まれ死亡した。魔法薬錬成で鍋が爆発するのはポピュラーなのか??
けれど誰かに故意に何かされるようなことは一応無く、あれはニオくんの人望ゆえの嫌がらせだったのかなという結論に落ち着いた。多分、一度目も。
だがまあ、わからなくもない。私だって、今まで誰にでも優しかった人がぽっと出の女を贔屓していたら、普通にうわ……と思う。ニオくんは未知なる激弱生物を心配しているだけ、というのが真実なのに、如何せん私の見た目は人間であった。
「あの……ジュスティ先輩、一緒に組んでいただけませんか」
さて、話を戻そう。
三度目の後も、こんなところで詰まってたまるかと、様々な工夫をしたし、ジュスティ先輩以外のⅣ組生徒も含め色んな人と組んだりもしたのだが、残念なことにその度私は死んできた。
一番最近の七度目なんかは、ジュスティ先輩と誰かのペアが言い争いをして、それによる二次災害が私を襲ったのが死因だ。けれど七度目は重要な回だった。なんとその死を経験した結果、ピロンと悪魔の音色が鳴ったのだ。
「……なに?」
出てきたウィンドウの文字は、もちろんいつぞやも見た【おめでとう! ルートが解放されました!】である。確認すれば、ジュスティ先輩の名があった。
「その、先輩の一番近くで私の有用性を示すには、やっぱり同じペアになるのが一番かなと……」
「………………」
そこで私はひとつの仮説を立てた。殺されることがルート解放のトリガーなのでは? 説だ。
まず、前回の第一区画こと、通り魔標本トラブルは、ペッカー先輩に殺されたことで、ペッカー先輩のルートが解放された。終盤では他にも攻略対象が増えていたが、恐らく最初のペッカー先輩がメインというか、鍵であったと思うのだ。だからウィンドウもご丁寧に教えてくれた。はず。
次にジュスティ先輩の場合。これはそもそもどこまでが第二区画で、私が解決しなくてはならないトラブルなのかがわからないのだが、少なくともキーマン、騒動の中心は確実にジュスティ先輩である。そしてそのキーマンが直接的に死因に関わったのが、先程の七度目だった。だからまたアナウンスが入ったのだ、と……。
ただ、それ以前にジュスティ先輩にはもっと殺されたことがあるし、まだルート解放のお知らせは多くないので、あくまで仮説だ。
検証必須のそれである。検証出来るほど同じ目にあいたくない気持ちの方が強いけど。
「……良いだろう。貴様、説明は聞いていたな? まず材料を揃えるぞ!」
「はい、わかりました……!」
とにかくこの七回で進展したのはそれくらいだろう。なので、またこうして生き残る糸口を探し、更に新しい行動を取ってみているわけだ。
すぐさま断るかと思われたが、渋りつつも了承してくれたのは有難い。私は彼の言葉に素直に頷いた。
ぶっちゃけ説明されている時は上の空だったけれど、私には周回プレイで培った情報がある。一度目の私とは違うので、言われた通りの素材を一人で材料置き場から取ってくることに成功した。
「先輩、これで全部です」
「ふむ……よし、ベラドンナの根もあるな」
「足りますか?」
「ああ! なんだ貴様、思ったより優秀じゃないか!」
道具準備を担当してくれていたジュスティ先輩は私の働きがお気に召したのか、どことなく猜疑的だった表情をパッと自信満々の笑みに変えた。
カンニングなんですけどね……。
私も曖昧に笑っておこう。
「ありがとうございます」
「よし! では始めるぞ」
「はい」
ジュスティ先輩の魔法で、大鍋の下に集められた薪に火がつく。
手を翳すだけで炎を発生させたその行動はいかにも魔法使いっぽいのだが、なにより死に戻りのインパクトが強すぎて、焼死とか一生嫌だなあ……なんてことを真っ先に思った。
「まずその粉を入れろ」
「はい」
「俺が混ぜているから、色が変わったらそこの薬草だ」
「はい」
こくこく首を縦に振って、肯定を示す。さてはて、八度目の私は一体どのタイミングで死ぬのだろうか。
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