会議の後、私がせっせと案を書き連ねている間に、みんなはざっくりとまとめた提案書を先生へ見せ、許可を取ってきてくれた。その際「初めてまともな自主性をみせたな」と嫌味を言われたらしいが、それは嬉々として報告してくることじゃないと思う。
とにかくそういうわけで、それから役割を分担した私たちは一度別行動。私はフィートくんを伴い、アトラクションの建設予定地を探す旅に出たのであった。
「ねえ、ちょっと。貴方なんなの? 何様のつもり?」
まあ今、絶賛絡まれてるんだけど!
この学園の敷地は広い。一般公開される範囲で、それなりに目立ちそうで、欲を言うなら沢山取っても許されそうな場所……というちょっとばかし高過ぎるハードルを掲げた私たちでも、探さずに諦めるなんて選択をしない程度には、学園はだだっ広いのである。だからまずは屋外から探そうか、と遥々ふたりでやってきたのに。
気づけば私の目の前には女の子が四人ほど。少々着こなしに違いはあるが、初めて同じ制服を着る女子を見た。これで友達にでもなれたら最高だったのにな、と思わざるを得ない。
何故こんなことになったのかと問われれば、それはただの私の失態のせいだ。資料室に忘れ物。なんてあまりにも初歩的なミスをし、その上呑気に一人で取ってきますと出発したからこうなっている。どうやら私はメモした紙束と一緒に死の危険も忘れていたらしい。
とはいえ、ポンコツな頭脳を憎んでも事態は変わらない。とりあえず、なんで校舎の影で外壁に追い詰められているのか、そこから聞く必要があるだろう。
「あ、あの……お話が見えなく……ひえっ」
しかし、リーダー格っぽい少女の様子を伺いそう言えば、彼女は言葉の途中で私の頭すれすれに光弾を放った。
なんてことしてくれるんですか!?
私の口からはつい、悲鳴が漏れた。怖すぎ。この世界の女の子というものは意外とアグレッシブなんだろうか。
「何ビビってんのよ! 調子乗んないで!」
乗ってないよ!?
死ぬことには多少慣れていても、可愛い女の子たちに敵意剥き出しで詰め寄られるのには慣れていない。
そりゃこの程度、私以外なら無傷だろうけど……私は死ぬんですよ!!
心の中でツッコミを入れるだけの私はあまりに無力だった。ほんとにどうしよ、これ……。
困っていたら、ピロンと電子音がする。ピンク色で半透明なウィンドウが現れ、世界が固まった。
「た、助かった……!」
選択肢はゴミのような二択を迫ってきたり、実質一択で無意味だったりもするけれど、こうしてピンチの時に来てくれるのだけは有難い。何せ困り果てていたので。
あれ、でも今日もう既にこれで二回目? ヤダな……
そう思いながらもボタンを押し、【どうする?】の先へと進む。
【A、逃げる(低)】
【B、宥める(死)】
「いや……じゃあ逃げるよ」
速攻でAを選んだ。当たり前だ。それと多分、今の私が何を言っても彼女たちは怒りそうなので、宥めた結果確定で死ぬのもまあ当たり前と言えよう。今回ばかりは納得の(死)だ。
時間が動き出し、私の口が勝手に動く。
「あ、ニオくん……!」
「えっ!?」
「ニオ君!?」
なるほど、世界が私に課したのは注意を逸らして逃げ出す作戦らしい。やけにびっくりするほど綺麗に引っかかってくれたので、カラフルで可愛らしい彼女たちの包囲網から急いで逃げだした。
よくわかんないけどごめんなさい!
と、そんなこんなあって、私は無事、忘れ物を確保できた。けれどそれから、帰路につこうとしたところ、私はまた絡まれた。学園ってこんなに治安悪かったっけ……。
ただし今度は女の子ではない。
「なあおい……俺たちのこと覚えてっか?」
ゴリゴリのバリバリに不良だろうな、という見た目をした男子生徒五人に、私は囲まれていた。地味に人数増えるなよ。
「……ちょっと、ご存知ないですか、ね……?」
どうやら最近は集団で壁際に追い込み漁をするのが流行っているようだ。相変わらず理由はわからないけれど……。とにかく覚えがないので、その意思表示だけはしておく。
「ああ!? マジかよ!」
「なんでだよ!!」
知らないよ〜〜〜!
なんで、はこっちのセリフである。脳みそサーバーの容量は殆ど生き延びるためだけに使っているし、そもそもⅣ組の人以外とは関わった記憶がない。誰? と聞いて許されるなら許されたい。
「す、すみません……?」
「でもよ、よく考えたら俺たち多分この子と話してなくね?」
「てかお前以外この子と会ってないんじゃね?」
「は? まじ?」
一応謝ったが、その声は届かず。彼らは互いに言葉を交わした後、後ろの方で周りを気にする一人を前に引きずり出した。知らない人だ。
「あー……あん時は、すんませんっした」
「……?」
そして何故か向こうから謝られる。何? なんなの?
反応に困っていれば、目の前の相手も困ったような顔をした。
「え、覚えてないっぽいんだけど」
「あ? なんで?」
「そんな印象薄いことねえだろ」
「ちゃんと思い出してもらえよ」
「無茶言うなや」
だが、お仲間からのガヤを受け、私に向き直る。また「あー……」と切り出したその声を聞いて、私の記憶がひとつ、蘇った。
「あ」
「あ?」
「ん?」
「お!」
「あの……もしかしてなんですけど」
「おう」
「私のこと誘拐したことあります……?」
馬鹿みたいな問いだったが、やはりそれで正解らしい。五人はすぐさま頷いた。
「あるぜ!」
「そうだぜ!」
「久しぶり〜!」
「俺俺、俺実行犯」
「ちげーだろバレバレの嘘つくな」
「どう? 元気?」
「アニキと仲良くやってる?」
「てかどこまで進んだ?」
「Ⅳ組疲れね?」
「無理すんなよ」
「ちゃんと食ってる?」
「睡眠も大事だぜ!」
聞き取れたのはその辺りまでだ。だんだんと順番なんてものはなくなって、誰が何を言っているのかわからなくなった。とりあえず嫌われてはいないようだ。多分。あとアニキって誰?
「ちょ、う、静かに……! 静かにしてください! 一人ずつでお願いします!」
堪らずそう口にすれば、ピタリと言葉の雨は止む。恐る恐る周りを見れば、世界もついでに停止していた。【どうする?】くんのお出ましである。
今日だけで出すぎじゃない? 過労だよ、帰りなよ
【A、逃げる】
【B、話を聞く】
しかし消えるわけはない。その上、並んだ選択肢には、いつものかっこなんちゃらが付属していなかった。これは……どっちでも死なないということだろうか? それとも優しくするのはもう終わりだよと世界が言っているのだろうか。
「………………」
普通に考えれば、逃げた方がいい。元誘拐犯五人組だし、突然壁際に追いやってきたし。けれど、でも……。
「なんか怖くないんだよなあ」
謎に優しい言葉をかけてくれるし、魔法が使えるだろうにさっきの女の子たちみたいに武力行使をしてこない。これは高評価だ。
「……よし」
悩んだ末に、私は一度話を聞いてみることにした。どうせ死んでも巻き戻るし、フィートくんを待たせてしまうのは少々心苦しいが、何か言われたその時は謝り倒そう。
「あの、結局なんで私に話しかけてきたんですか……?」
「あ? ああ〜」
「聞きたいことあったんだよ。な」
「そうそう。アニキのことでさ」
「アニキ」
「うん、アニキ」
動き出した世界で恐る恐る尋ねれば、彼らはあっさり答えてくれた。だが、アニキだけじゃわからない。私は更に問う。
「って……誰ですか?」
「え? 知らねえ?」
「いや、絶対知ってるって!」
「レムレスだよ、レムレス」
「レムレスくん!?」
「あ、やっぱ知ってんじゃん〜」
「そう、レムレスのことな」
すると今度も直ぐに答えが来る。レムレスくんが……アニキ……?
まあたしかに彼らもレムレスくんもピアスを沢山つけているし、仲良し感はあるかもしれない。
「じゃああの……私が誘拐されたのは……」
「いや〜俺たちバカだからさ」
「アニキに話聞く方法、人質戦法しか思いつかなかったんだよな〜」
「でもあの……多分三年? のやつにズタボロにされてさ〜これ踏んだり蹴ったりってやつだよな?」
どっちかと言えば自業自得というやつだと思う。
「ええと……そうなんですね」
「そう! 学園長にも怒られるしよ〜」
「なんでこんなことしたのか聞かれて、つい言ったね! レムレスに恨みがありました! って」
「言ったわ〜まあ合ってるしな」
とりあえずふんふん話を聞いていたら、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「……? アニキ、なのでは……?」
「や〜やっぱ裏切られたからよお」
「仕方ねえよなあ」
「え、あの……」
「あ、だいじょぶだいじょぶ! あんたにはもう何もしねーから!」
「うんうん、俺たち基本は平和主義だぜ」
平和主義は普通、他に思いつかなかろうが誘拐なんてしないだろう。
あれ……なんかこれ、私間違えた……?
名も知らない彼らの包囲が、少しずつ狭まっている気がする。ペラペラ口々に話す五人には、女の子たちと違って隙が見つからない。
し、舌だけは噛みたくない……!
だってあれ、痛そうだ。私は視線をさ迷わせる。何とかここからの打開策を探さなければ。
やっぱり人間は危険だ〜!
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