月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

序章

一話 死に戻りは返品不可です

公開日時: 2020年9月21日(月) 13:07
更新日時: 2021年12月16日(木) 13:50
文字数:2,893

 目を覚ますと、そこは異世界。なんて、テンプレにも程がある。


 西洋ファンタジー感溢れる建物の中庭にこの身一つ、しかも記憶が曖昧な状態で投げ出された私は、混乱しているうちに何故か死んだ。即死だった。一周目終了。早くない?


 いや本当に、あまりにも早すぎる幕引きだ。


 そしたらふと意識が覚醒して、私は再び同じ場所で目覚めた。当たり前ながらこれまでの人生で死んだことがなかった私は、未知なる死因に怯えてべそべそ泣いた。


 記憶がどれだけおぼろげだろうと、流石に死んだら忘れない。ちなみに泣いているうちに私はまた死んだ。やっぱり原因はわからなかった。


 そしてそんな死を五回ほど繰り返した頃に、やっと私が死んだ理由が謎の光弾だと判明。


 まるで死に覚えゲーだ。




 次、とうとう私は死因の自覚により嘔吐した。六回分の光弾が当たった時の衝撃と、焼けるような痛みを全て思い出してしまったのも悪かった。

 何度食らっても苦しいものは苦しい。


 けれど代わりに、背を曲げて縮こまっていたおかげで、光弾は私の髪を焼き切りながらも頭上を無事通過したのだ。偶然ながら、初の快挙と言える。


 ただ残念なことに、やっと胃の痙攣が収まって死を回避出来たことに気づいた時には、色んな人の声が近づいてきていたので逃げ出すしかなかった。


 満身創痍の状態で見知らぬ異世界人と冷静に接せるわけがないから仕方ない。


 だけど逃げたところで私は単なる異物で、当然何も分からないままだ。

 なので、謎の建物の中を沢山の異世界人に追われながら逃げ惑った末に死んだ。今度は水泡のようなものに顔を覆われての溺死だった。


 死因変わっても結局死ぬなら意味ないね?




 そうして私は何度も、何度も、同じ時間同じ場所で目を覚ます。


 太陽が天高くで燦々と光る昼時。そよ風が吹く中、青々とした地面の上へ、問答無用で放り投げられるのだ。


 そのうちに私は客観的に周りを見れるようになった。沢山死ぬと、頭はどんどん冷静になるらしい。そんなこと知らなくてよかったのにな。



 まず、よく観察することで、あの光弾や水泡が全て魔法だということを知れた。流石ファンタジー。


 更に、どうせ死んで戻るだけだしと思えば、人に話しかける勇気も出せた。

 まあ話しかけた相手や言葉選びによっては容赦なく不審人物として殺されるんだけど……それも慣れだ。


 正確には、慣れたくなくても、慣れるしかない。死に覚えゲーとは言い得て妙だった。あまたの私を乗り越えて、記憶力も要領も良くない私も少しずつ状況を把握していく。



 そしてとうとう今回。記念すべき、ではない十八回目だ。幾度も繰り返し学んだ私は、きちんとタイミングを見てとある人物に話しかけた。


 その人との会話もそれで三度目。前の二回は失敗してしまったけれど、彼は更にその前に話しかけた数名よりはずっとマシな相手である。


 勝機はきっと他にない。

 そう思って、私は必死で頭を回し、大して上手くもない話術で粘りに粘り、なんとか彼に話を信じてもらった。


 随分若く見えるのに、相手はこの王立魔法学園の学園長だという。初めて知った情報だ。しかも彼はその権限で「身寄りもないならここの寮に入れとくよ」と衣食住の保証をくれた。

 学園長に助けを求めたのは間違っていなかったのだ。肩の荷が少しだけおりる。


 ただそれでもこの異世界がどれほど恐ろしい場所なのかは骨の髄まで染みたので、学園長にはお願いだからその頭脳をフルで使って三秒で帰る方法を見つけて欲しい。




 とは言え、これで暫く身の安全は保証されたわけだ。すっかり疲れた私は教えられた順路をとぼとぼ歩き、寮へ向かう。


 今までずっと逃げ隠れをマジの意味で繰り返していたので、道の真ん中を歩くのは落ち着かない。

 明日から帰り方が見つかる日まで部屋に篭っていることは出来ないかとぼんやり思った。


「異世界トリップする時に欲しくない能力を聞かれたら、死に戻りって答えたい……」


 だってこういうのはもっと、バトル漫画なんかのシリアスな作品で輝く力だろう。

 それともこの世界がこれからそういう異能力バトルファンタジーになるのだろうか。それはそれで嫌すぎる。


 なんにせよ、私のような特筆することのない凡人ではなく、戦略や情報を上手く使えるような、重要なキーマンにこそ渡すべきなのだ。天にクーリングオフしたい。


 人がいないのをいいことに、ぶつぶつと不満を垂れ流す。

 私は帰りたいだけなのだ。漠然と心の中にある故郷に帰りたいだけ。


 なのに異世界トリップ一日目にして死亡回数十八回なんて、どこの死亡RTA?


 この死に戻りが元の世界に帰れば勝手に消えていることを願ってやまない。






 そうこうしているうちに着いた目的地は、酷く怪しげな建物だった。古びたレンガの壁には蔦が這っている。


 第Ⅳ組専用学生寮と書かれた看板を掲げているが、設備が整っているのかは些か疑問だ。


 私は建物に入る前に一度、学園長にいただいた時計を見る。なんでもこれは学生全員に支給している特注品らしい。

 説明は私にはよくわからなかったけれど、時間の流れが元の世界と同じなのはありがたいと思った。


 そんな時計によると、現在は十四時半。割とここまで来るのに時間がかかっていた。学園って広い。

 まだまだ私は若葉マークの死に戻り初心者なので、さっさと人のいない今のうちに侵入してしまおうと思う。


「お邪魔します」


 一応そう呟いてから、遂に暫定私のマイホームの扉を開ける。

 出来ることならここが安心安全な息ができる場所であって欲しいと思ったが、なんだか予想が悪い意味で当たってしまったようだ。


「……うん、学園長には期待しないことにしよう」


 入ってすぐはリビング、というよりダイニングキッチンだろうか。どうやらこの世界は靴を脱ぐ習慣がないらしい。

 床が汚そうなので、逆に良かった。


 埃の積もる長テーブルやソファは掃除がされていないことが丸わかりだ。上を見上げれば、吹き抜けになっている。レトロなシャンデリアが、チカチカと淡い光を点滅させながら微かに揺れていた。


 ここは共同スペースのはずなのに、Ⅳ組とやらの人達は一体何をしているのだろう?


 適当に確認してみたが、左右と二階がそれぞれの部屋になっている。長いこと帰ってきていない……なんてことはないはずだ。

 首を傾げた私は、けれど気にすることもないかと指定されていた二階の右奥の角部屋へ向かう。


 空き部屋のそこには鍵がかかっておらず、中はやはり埃が酷かったけれど、物置として使っている人間がいるのか比較的綺麗であった。


 ハウスダストアレルギーの覚えもないので、容赦なくシーツのかかっていないマットレスに寝転がる。

 近くにあった綿の出たクッションを枕にして、ほつれたカーテンと薄汚れた大判の布を重ねて畳んで掛け布団にした。簡易的な寝具の完成だ。


「はぁ……」


 空中に向かって息を吐き出せば、ちりが舞って少し噎せる。それでも、静かで薄暗い場所で身を横たわっているだけで、心の平穏が保たれた。


 目を瞑ってみる。


 どっと疲れが襲ってきて、すぐに眠りについた。




 そして私はまた死んだ。異世界トリップ一日目、死亡記録更新である。

 どうやら寮の自室も安心安全ではないらしい。もうやだ。




キャラ紹介



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