誘拐から助け出された私は、また学園長室にいた。誘拐されて眠って起きて……だいたい三時間ぶりくらいだろうか。
ふかふかのソファに座らされ、事情聴取の真っ只中である。
「──じゃあつまり、リューネは何も知らないんだね?」
「はい」
「どうやって攫われたかは覚えているかな」
「口に布を当てられて、吸い込めって……。バチバチ光る……魔法? を見せられていて、抵抗したら死にそうだったので、従いました」
ペッカー先輩はレムレスくんのせいだと言っていたけれど、まあそれは私が言わなくてもいいことだ。
「……うん、うん。たしかに、そうだね……無事で、よかったよ」
自ら私の事情聴取に立候補した学園長は、こめかみを押さえ、絞り出すようにそう言った。
本来なら、こういう誘拐騒動も大したことにはならないらしい。それはお互い魔法が使えてほぼ自力でなんとかできたり、過度な命の危険がないからとか、そんな理由だと言う。
けれど私は引くほど弱い。赤ん坊以下の耐久値だ。ゆえに、そんな存在が敷地内で死にかけたというのは、私の想像以上に学園長の悩みの種ならぬ悔みの種であるようだった。
「……なんか、学園長おおげさですね」
「いやいや! 君が軽すぎるんだよ!?」
そんなことはないと思う。いや、ちょっとはあるか。何分私は何十回も死に戻りを繰り返しているし。
でもやっぱり過剰だ。
「だって、私にくれた部屋も割と酷かったじゃないですか」
「うっ……」
「私、寝ようとして死にかけたので、あの日徹夜したんですよ」
本当は何回か死んでいるけど、信じてもらえるわけはない。
「そうだったの!? いや、そうだね……リューネの性質上有り得なくはない。それは、申し訳ないな……」
ちょっとしたブラックジョークなつもりだったが、学園長は本当に参っているようだ。しょんぼり落ち込む様を見ていると、小さい子を泣かせた時のようなムズムズ感が襲ってくる。
「まあでもほら、生きてますし……」
「……百歩譲って部屋の件は済んでも、今回はちょっとね。いつもなら喧嘩両成敗で停学にさせるけれど……」
そこまで言ってから、学園長は「リューネだからなあ」と腕を組んだ。
そういえば、ペッカー先輩も容易く誘拐犯たちを制圧していた。音的にはちょっとやりすぎな程。あれならたしかに喧嘩両成敗だろう。
「その誘拐当初に抵抗したら、まあ八……九割死んでいただろうからね」
可哀想なものを見る目を向けられる。
いやそうですよね、死に戻り抜きでも私、かなり可哀想だと思いません? だから早く帰り道見つけて、学園長。
「本当に全くリューネの落ち度がないんだよね。強いて言うなら弱すぎるだけで……でもそんなことを言っても意味がないし、いっそ私の管轄下で死にかけるような目に合わせた私が悪いというか……」
「そうは言っても、学園長を裁ける人なんてさすがにいないと思うんですけど……」
「そうなんだよ〜私強いし、権力もあるしさ〜〜」
自分で言うのはどうかと思うが、嘘ではないんだろう。少なくとも学園長は名ばかりでなく、異世界人に名前も学生としての籍も用意して、その上創立初の特待生にするなんて暴挙が許される立場なのだ。
ていうか割と責任感強いんだな、学園長。もっと最初はあっさりしてたと思うんだけど……?
はてなをいくつも浮かべていれば、学園長にそっと手を握られた。暖かい。
「あのね、リューネ。本当ならここまで言わないよ。心配もしない。私の生徒達はみなある程度大人だからだ」
「……はい」
「けれど君は弱い。魔力耐性も知識もなく、後ろ盾も私一人ではまだ心もとない。今回のことで改めてわかったよ。リューネは特待生になりなさい、必ず」
「………………」
「Ⅳ組の生徒達はくせ者揃いだ。けれどね、きっと君の助けになる。そして君も、彼らの救いになるだろう。彼らは君よりずっとずっと強いけれど、君と同じくらい不安定なんだ。補い合い、支え合って欲しい。私も手助けをするから」
学園長は眉を下げ、じっと私を見つめてくる。私は本当に、本当の本当に、心配されていた。
何度も殺したくせに。いや、それが不可抗力なことなんてとっくにわかっているけれど。
「学園長」
「なんだい?」
「私、痛いのきらいです」
「うん」
「怖いのもいやです」
「うん」
「でも、すぐに死んじゃうんです」
「……そうだね」
正しくは伝わっていないけど、それでも学園長は悲しそうな顔をした。
「学園長」
「なんだい?」
「学園長を裁く人がいないなら、私が学園長に言います」
「……うん」
「悪いと思ってくれるなら、私に優しくしてください」
「……それだけかい?」
「はい。そしたら、ゆるしますから」
「………………」
ぬくもりが離れていく。代わりに、俯く私の頭に手が乗った。
「リューネは無欲だねえ」
ぽんぽんと、優しいリズムで頭の上の手がはねる。控えめに顔色をうかがえば、学園長は複雑そうな笑顔だった。苦しそうなのに救われたような、後悔と罪悪感と愛おしさがごちゃ混ぜになった笑み。
それが私に向けられているなんて、なんだかおかしな話だ。
「いいよ、私はリューネにとびきり優しく接しよう。今までごめんね」
「うん……あ、いや、はい」
「敬語も要らないよ。楽にしなさい」
「……わかった」
「よしよし」
動きを止めたかと思えば、今度は撫でられた。学園長の手が、ゆっくりと頭の上を行き来する。
こちらに手を伸ばしている分、学園長は前のめりになっていて辛そうだ。それでも、なんとなく、こうしているのが正解なんだろうなと思った。
「ねえ、学園長」
「ん〜? どうしたんだい?」
「なにこれ」
されるがままに撫でくり回された後の私は現在、机の上に置かれた大量の書類とアクセサリーを見てドン引きしていた。
しかも学園長はこれを更に増やす予定のようで、箒のように杖に腰かけ浮いたまま、高そうな戸棚をいくつも上から下まで漁っている。
「色々だねえ」
「そっかあ……見ていい?」
「金色のもの以外はいいよ」
「はぁい」
許可をもらえたので、早速一番上の古そうな羊皮紙を手に取る。
……見間違いじゃなければ、戸籍偽造の書類だ。
「………………」
「あ〜それはね、リューネにも戸籍がないと不便かなと思ってさ。全く面倒だよね、今どき羊皮紙を使うんだから」
私に背を向けているはずなのに、学園長は的確な発言をした。話す内容もさることながら、その行い自体が既に怖い。
見なかったことにして、二枚目。今度はちゃんと、白くて薄い普通の紙だった。ただし記載されている内容からするに、養子縁組の書類らしい。
「………………」
「あっそれ、見ちゃったか〜仕方ないね。サプライズするつもりだったんだけど、取り出す順番間違えたなあ」
学園長が指先を動かせば、大判のファイルと新しい金属製の何かが机の上に飛んできた。
いや待って学園長待って、なんか変なスイッチ入ってない??
何が琴線に触れたのだろう。怖くなって私は紙の束から目を背けた。代わりに、淡い黄色の大きな石が目立つブローチを手に取る。
「それは特殊な石でね〜月光を溜め込んで魔力を帯びてるんだ。リューネへあげるから、つけておきなさい。ただしそこのブレスレットも一緒にね」
「な、なんで……」
ふわりとブレスレットが動き、それもまた手の中に収まる。疑問の声をあげれば、プチ講義が始まってしまった。
「魔法と科学は本来相性が悪いんだ。それは科学技術を使うと、込めた魔力が質も量も落ちてしまうからなんだけど」
「えっ、あ、うん」
「その性質を応用しているのがそれでね。そのブレスレットは魔力が周囲に起こす影響を吸収し、軽減してくれる。そして溜め込み、持ち主に危険が及んだ時だけ周囲で一番強い魔力のものに共鳴し増幅させて持ち主を守るんだ。だからブローチとセットなんだよ」
「へえ……あの、でもそもそもなんでつけなきゃ……?」
「心配だからに決まっているだろう!」
くるりと学園長がこちらへ向いた。物色は終わったようだ。学園長の目はいかにも本気です! といった感じで、やっぱりちょっと怖い。
絶対なんか良くないブーストかかってるよこれ……。
「他のも候補で引っ張り出してみたけれど、やはりその二つがいいだろうね」
「そう、なんだ……」
「まあリューネはただ身につけていればいいから。書類とかも全部こっちでやっておくからね」
「……うん……」
にっこり笑顔の圧に押されて、私はそっと首を縦に振る。
「あととりあえず、放置していた噂……通り魔の件はさっさと終わらせてしまうから。そちらも気にしないように」
「えっ?」
「私は学園長だからね」
得意げな表情には、確かな自信が宿っている。けれど、今度の私は素直に従えなかった。
本当にそれでいいの? 学園長はペッカー先輩が犯人であることを知っている? 彼を攻略しなくても、事件は終わって私は明日も生きれるの?
ぐるぐると疑問が回る。
そりゃあ私に出来ることなんて死に戻ることだけだけど……。
「……先程クトゥムの事情聴取が終わってね。レムレスとクトゥムはこの後ここに呼ばれる予定だ。私は……だからそれまで、少し席を外そうかな!」
「え……それ、って」
「私は多忙なんだ。もし先に二人が来たら、私が戻ってくるまで見張っていておくれ」
「っ、うん……!」
何度も頷けば、わざとらしくウインクをして、学園長は姿を消した。これはきっと温情だ。私と、彼らへの。
私は手帳を開く。攻略状況のページを見れば、ペッカー先輩以外にレムレスくんと学園長もいた。え? なんで?
どうやらあのウィンドウが出るのは初回だけらしい。進行度はバラバラだ。
全員攻略するの? クソゲー? と思いミッションのタブも見てみたが、そちらには【第一区画を突破せよ】としか書かれていなかった。不親切かよ。
「………………」
とにかく、第一区画はこの事件を解決すれば突破したことになるはずだ。いや、わからないけど。多分恐らくそう。
そしてルートが解放されたと一番に言われたのは、ペッカー先輩。ならとりあえず彼を何とかすればいいはずだ。ていうかそうであって。
私は手帳を閉じて、ブローチとブレスレットをつける。半ば死地に向かう気持ちで、二人の来訪を待つことにした。
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