机の上にはニオくんが持ってきたものと、元からこの資料室にあったもの、全ての資料が並んでいる。
あれから、まあ……色々あって、なんとか私たち七人は誰も欠けることなく円を描くように椅子に座っていた。
「はーい、提案! 最初にさ、一人ずつ自己紹介しようよ!」
みんなが何も言わない中、ニオくんがまず手を挙げる。にこにこと笑う彼の提案は、明らかに私を気遣ってのものだ。
「え〜? いまさら〜?」
「まあまあ! 皆のこと知らないリューネもいるんだし。いいじゃん」
「ん〜じゃあ、ボクから時計回りね〜」
三つ編みさんは唯一意見をしたが、元々どちらでもいいのか、ニオくんの笑顔を見ると一番手を買って出た。ふわとあくびをして、よれたブレザーの襟を直す。
「ボクはリエス。一年のリエス・ワルドだよ〜B教室所属で、エルフなんだ〜ええと……リューネ? 先輩。よろしくね〜?」
「あ、うん……! よろしく、えっと……リエスくん」
エルフ……って、あのエルフ?
ファンタジーによく出てくるような、妖精みたいな存在が脳裏に過ぎる。対してリエスくんは、深緑の瞳にやや暗めの薄青色の髪。正直彼はどこからどう見ても人間なのだけど……よく考えたらこの異世界は正しくファンタジーなのであった。そりゃあ違いがわからないエルフくらいいるか〜……。
「はい次〜〜フィート先輩〜? 先輩だよ〜」
「はいはい……」
順番が隣に進んで、次はフィートさん? だ。リエスくんに急かされ、彼はヘッドホンを弄るのを止める。
「あー……フィート・シェンティ、です。二年、C教室所属で……魔法科学にはちょっとだけ、明るい……と思います。目立ちたくないです。よろしくお願いします」
「は、はい……! よろしく……ね? あ、敬語の方がいい?」
「いや、自分のは癖なんで……そこら辺は全然。フツーに好きにしてください」
「あ、うん。ありがとう」
とにかくヘッドホンのインパクトが強くてそっちに意識がいっていたが、フィートさん……いや同級生なのだからくんでいいか。フィートくんはそういえば、眼鏡も身につけている。彼だけ急に文明力が私の知ってる世界に近いのだけれど、これが魔法科学に明るいということなのだろうか?
それに……なんか見覚えがある、ような?
レンズ越しに見えるビビッドな黄緑色の目に刻まれた、特徴的な十字形の瞳孔は、どこか別のところでも見かけたような気がした。
また、フィートくんは他にも、前髪と横髪の一部をそれぞれ編み込み、向かって右側に纏めた不思議な髪型をしている。ヘッドホンしかりメガネしかり、私にとってはずっと印象的なものしかない。なんだか、これでよく目立たないなあ……と思った。
「じゃ……次どーぞ」
「おお、やっと出番か」
「では、改めて」
フィートくんにさっさと順番を渡され、ホオルネスさん達は揃って笑う。
「我らはラヴァン・ホオルネスとドゥエン・ホオルネス。二人とも苗字が同じだからな、それぞれ名前で呼んで欲しい」
「それと、我らは三年B教室所属で、忌家の双子だ。これくらいあれば充分か? よろしくな、特待生殿」
「あ……は、はい。よろしくお願いします……!」
やはりおふたりも先輩だったらしい。ペッカー先輩と仲が良さそうに振舞っていたので、薄々そうかもと考えていた。ラヴァン先輩と、ドゥエン先輩。耳飾りが赤い方がラヴァン先輩で、青い方がドゥエン先輩だ。
よし、入れ替わったりとかされなければ、多分大丈夫。
「あのー……ところで、なんですけど……」
「うん? なんだ」
「質問か? 良いぞ」
「忌家ってなんですか……?」
そしてこれは、初めて耳にした時から気になっていたことだった。響きからしてあまり良い言葉では無さそうだが、それにしてはラヴァン先輩もドゥエン先輩もそれを誇っているように見える。だからわからなくて、聞きたかったのだ。
すると、先輩ふたりはゆっくりと顔を見合わせる。まるで信じられないものを見たとでも言うように。
……というか、なんならみんなもマジか〜みたいな雰囲気じゃない? あれ?
「まさかそれも知らぬとは」
「相当だなあ、特待生殿」
「え、ええと……すみません……」
やばい、最高に空気が読めないやつになってしまった。撤回とかできない? できないよね……。
困っていれば、ふっと笑われる。
「いやいや、気にするな。とても面白い」
「久方ぶりに驚かせてもらったぞ」
「そうだ、次はクトゥムか。ではぬしが説明してやれ」
「ああ、それは名案だ。何せクトゥムも忌家だからな」
「は? 嫌な役押し付けないで下さいよ……」
どうやらおふたりはそこまで気にしていないらしい。いっそ、愉快そうにペッカー先輩へ語りかけだした。それには少しだけ一安心。
にしても、この部屋にやって来てから、ペッカー先輩はラヴァン先輩とドゥエン先輩にからかわれてばかりだ。彼らはペッカー先輩がお気に入りなのだろうか?
「先輩……も、忌家、なんですか?」
私は右隣のペッカー先輩を見る。
「……そうですよ。気分のいい話では無いので、後で教えてあげます」
ため息をついたペッカー先輩は、そう言って目を逸らした。さっきよりちょっとだけ空気が重い。……やっぱり、やらかした気がする。
それでも一応自己紹介はきちんと続いた。
「さて。ではこの七人で頑張って行こうではないか」
「どれだったか……まあ、そこらの例年の資料にもある通り、基本Ⅳ組は表に出ず、大したことはしていないのだが……」
「なにか意見はあるか?」
全員分の紹介が終わって、本題に入る。ラヴァン先輩、ドゥエン先輩が仕切り、みんなへ語りかけた。が、最初と同じで誰も何も言わない。悩む素振りを見せているのすら、ニオくん程度だ。
「……まあ、そうよなあ」
「何もしないのが当たり前、だものなあ」
けれど先輩ふたりにとってはそれも予想通りだったようで、彼らはくすくす笑った。
「では今回もそれで良いか?」
「後からやっぱり、は無しだぞ」
さすがにそれは……と思いつつも、私も何か具体的な案を事前に準備してやってきたわけじゃない。しかも先程のポカによって、少々発言しにくい雰囲気だ。
ど、どうしよう……。
戸惑う最中、思い出したのはセルテくんのことだった。そうだ、仮にここに居るみんなは違っても、紅月祭を楽しみにしている生徒はⅣ組にもいる。それに何より、紅月祭はⅣ組の悪いイメージを払拭するにはうってつけではないだろうか。
「は、はい! ちょっと待って、ください。先輩!」
そうして私は手を挙げた。みんなの視線が向く。
「なんだ? 特待生殿」
「何か提案が?」
「はい。えっと……その……」
頑張って、何十回も死んだ後くらい、冷静に頭を回す。どんなことを提案すれば彼らにウケるか、何なら他の組の生徒に受け入れられるか、そんなことをグルグル考えて、口を開く。
「まず、提案はふたつ、あります。ひとつは、紅月祭に纏わる記事を書いて、毎週新聞を出すことです。他の展示や出店を取材したり……豆知識や占いコーナーとかも設けて、みんなに読んでもらえるようなものを作ります。これは、少しでもⅣ組に対する偏見をなくしてもらって……今後何もしないのが当たり前、でなくするためです」
声は震えていないだろうか。心臓がやけにドキドキしていて、怖い。
「次に、もうひとつの提案です。このⅣ組が……えっと、すみません。その、私には怖がられてるように見えるんですけど……だからこそ、逆に、みんなの力を合わせて最強のホラーアトラクションを作れないかな。と……Ⅳ組が今まで何もしてこなかった分、話題性があると思うんです。どう、ですか……?」
言い切り、恐る恐る尋ねれば、みんなは色んな表情をしていた。
「いいと思う! すっごく楽しそー!」
まず賛成してきたのは、ニオくん。紫色の瞳が好奇心でキラキラと輝いている。
「たしかに、聞いた限りは面白そうだ」
「しかし、出来ると思うか? 準備期間中は授業が免除されるとはいえ、ひと月と二週程しか猶予はないぞ」
「み、みんなで手分けをすれば……多分大丈夫だと思います」
それから、賛成寄りながらも、現実的なラヴァン先輩とドゥエン先輩。
「絶対やれるなら、いいですよ。手伝っても。最後ですしね」
そこにペッカー先輩も乗ってきた。実質同意は半数以上だ。私はまだ関わりの浅い、リエスくんとフィートくんを見る。
「……? あ。何かするなら、別にやりますよ。おれに出来ることなら……って感じですけど。裏方希望でお願いします」
うん、どうでも良さそうではあるが、フィートくんは手伝いはしてくれるらしい。それだけでありがたい。
「ボクは……やだな?」
しかし、リエスくんの一言により、満場一致で可決とは、ならなかった。難色を示すとか、そんな感じじゃない。ストレートな拒否に少し面食らう。
「……な、なんでか、聞いてもいい?」
「え〜? 先輩のこと、信用できないから〜?」
言葉の刃が突き刺さった。まあそりゃ、そうだけど……!
特待生なんて今までいなかったわけだし、私自身魔法も使えない異世界人だし、その気持ちはよくわかる。
なるほど、リエスくんはふわふわした口調とは裏腹に、自分の意思をめちゃめちゃハッキリ言える子らしい。
「そ、そっか……?」
「うん。そう〜」
でも、そ、それにしても言うねえ!?
これは苦労する予感がした。
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