「うちの部員がすみませんでした……!」
新聞を発行してから少し経った頃のことだ。占星術部の部長さんが、以前出会った部員さんを伴って、私たちの新聞制作活動拠点へやってきた。
「えー……と……だ、大丈夫です、よ?」
出迎えた途端に謝られ、私は目を丸くする。とりあえず、頭をグイグイ押されながらも「部長ー痛いってー」と呑気な部員さんが一切反省していないのはわかるけど。そのせいで更に部長さんが深々頭を下げる悪循環だ。なんとかしたくて、一応大丈夫だと言ってみる。
「いや、そんな……」
「……あの、良ければどうぞ。あー……今はちょっと、数人居るんですけど……」
「悪いけどそれは遠慮します……!!」
それから、出入口にずっと立たせておくのも悪いかな、と声をかければ、頭を上げた部長さんはぶんぶんと首を振った。その顔はどこか青ざめている。やっぱり普通の人はⅣ組のみんなが怖いらしい。
だとすると、このフロアまで上がってくるのも怖かったのでは無いだろうか……ちょっと同情した。
「あっすみません……」
「あ〜……! いえ! こちらこそすみません!」
というわけで、そこまでちゃんと察せれたので、私は謝る。すると部長さんの顔色は心做しか更に悪くなった。え、なんで? 間違えた?
「それだけなので、はい!」
部長さんの瞳はうろうろと彷徨っていて、視線が一切噛み合わない。いつの間にか拘束から抜け出していた部員さんが、帰ろうとした部長さんを逆に引き止め、つつく。
「いーじゃないすか部長!」
この間はフードで顔が見えなかったが、今も彼? 彼女? は長い前髪で目を隠していて、結局素顔も性別もわからない。まあ、それがこだわりっぽいし、特に知りたい訳でもないけれど。
「良くない! お前ほんといい加減にしろよな……Ⅳ組のことは漁るなってどれだけ言ったよ……!?」
「百回くらい?」
「この二年で百十三回目だ!」
「あは」
「笑って誤魔化すな!」
ついに部長さんは握りこぶしで部員さんの頭をグリグリとやりだした。止める間もなかった。痛そうだ。
私はなんとなく後ろを振り返る。部屋のあちこちで好き勝手にやっているかと思えば、協力してくれている数人は、みんな揃ってこちらを見ていた。彼らもこの二人が気になるのだろうか?
だとしたら、中に入れると収拾がつかなくなるかもしれない。やっぱり招くのは諦めた。
「あの……」
「あっ……すみませんほんと……騒いじゃって……」
「いえいえ……あの、もし良ければ、ちょっと……別のところでお話いいですか?」
しかし、私には一つ気になることがあった。そしてそれは、次の新聞に載せる部活が相変わらず捕まらないことに関係している。
正直急に部長さんが来た時は怒られるかと思ったんだけど……。
だって部員さんの手引きがあったとはいえ、断るつもりだったところを勝手に記載してしまった。もちろん悪く書いたりなんてしていないけれど、それにしても……という話だ。
けれど実際は、何故か向こうが私たちへ罪悪感を抱いていた。
「え……あ、まあいいですけど……」
それは不思議なことだが、我々新聞班はいつだって藁にも縋りたい。利用……というと少し言い方が悪いが、この人に次取材してもいい部活を紹介してもらえたら。うちはとても助かること間違いなしなのだ。
「ありがとうございます! じゃあえっと……食堂に行っててください。私も向かいますから」
了承をいただけたので、私は一度礼をして部屋に引っ込んだ。
「うーん、と……書くもの……」
片手で紙など必要なものを集め、鞄に入れる。そうしてその肩掛け鞄を背負おうとしたら、不意にリエスくんに奪われた。
「リエスくん?」
「ボクも行く〜」
「え」
「これだって、いっつも管理してるのはボクじゃん」
そう言って、リエスくんは鞄をぎゅっと抱え込んでしまう。まさかそう来るとは。
「そうだけど……」
申し出はありがたいが、さっきの様子を鑑みるに、部長さんには私だけで会った方が良い気がする。私は自然と眉が下がり、困った顔になった。
「先輩なんて、一人じゃダメダメでしょ〜?」
そんな私を見てか、リエスくんはムッとする。そりゃあそうだけど……!
助けを求めて周りを見渡せど、ペッカー先輩は微笑むだけで、シャーニくんは完璧無視だし、セルテくんはぼくも行きたい! と言わんばかりにいそいそ外出の準備をしていた。残念無念、新聞班は全滅だ。アトラクション側から助力に来てくれたフィートくんも、また何か魔法具っぽいものを用意している。もうなんなの?
「……ううん。リエスくんも、セルテくんも、お留守番です!」
だが、私はデリケートな一般人を待たせている。ここで無闇にあの人を怖がらせてはいけない!
勇気を振り絞ってキッパリ拒否の意を言い放つと、私は近場にまだ置いてあった紙と万年筆を引っ掴んで駆け出したのだった。
「すみません、お見苦しいところを……」
食堂に辿り着くと、私は開口一番謝った。向かいに座る部長さんは苦笑い。そりゃそうだ。
みんななんであんなに私が何も出来ないと思ってるんだろう……。いや、実際魔法には弱いんだけど。
それを踏まえても、私は魔法以外の点においては普通の人間なのだ。記憶はないし、死んだら戻るけど、スペックはたしかに普通の人間……の、はず……。
「あの、で、話って?」
「あ、ああ……その、私たち、困ってまして……新聞に載せても良いと言ってくれる部活が見つからないんです」
物思いにふけっていれば、部長さんがおずおずと口火を切る。そうだ、今から大事な交渉だ。私が答えれば、彼は「ああ……」と納得の素振りを見せた。
「良ければ、どこか紹介していただけませんか? あの、決して悪くは書きません」
少し待っても返事はない。しかしそれは、裏を返せばすぐに無理だとも言わなかったということだ。様子を伺えば、彼は見るからに悩んでいた。
……もし、ここで部員さんが隣にいたら、きっとあの人はまた二つ返事をしたことだろう。連れてこなかった部長さんの選択は英断だったと言える。
「……新聞は、読んだよ。ある日教室で両面に文字の書かれた紙が配布されたと思ったら、うちの展示のことが乗っててさ。びっくりしたなあ……断るつもりで原稿を用意してたから、部員にも驚かれた」
「それは……すみません」
「紙面の殆どは、Ⅳ組のことだったね。先生からもらったものだったし、正直Ⅳ組関連だったから……読まなきゃどんな目に遭うかわからない、そう思って僕は読んだんだけど。破いて捨ててしまった人もいた」
「……だと思います。最初は気になる人だけ手に取ってもらう方式にしようとしていたんですけど、それだときっと読まれないって言われて」
私はもう一度「すみません」と謝った。部長さんがゆるゆると首を振る。
「実際僕のように読んだ人はいたんだから、その選択は正しいよ。……あの後輩みたいに興味のあるやつは少ない」
「そう、でしょうね……」
まあ、興味の中でもあの人のはどちらかと言えば悪いものな気がするけど。
「読んでみると……あれは良い読み物だったよ」
「え?」
「Ⅳ組の話とはいえ、その中でもまともなパリッソ君のことがメインだったから、取っ付きやすかった。そこから流れるように建設中のアトラクションの紹介になって……途中にあった占星術部の展示についてのコーナーは、専門じゃないだろうによく調べられていた。悪いことや怖いことは一つも書いてなかったと思う」
たしかに、私はまず一番他のクラスの人たちに知られていて、彼らと仲良しであろうニオくんを新聞のメインに据えた。ニオくんはアトラクション班だったから、そこからうちの展示へ繋げて、みんなが働いている写真や出来ている一部の内装の写真なんかも小出しにした。
占星術のことはメアくんが知っていたから、一緒に蔵書庫で勉強したりして……ペッカー先輩曰く提出した時も学園長に褒められたらしいし、全体的に中々悪くない出来だと自負はしている。
だからってこんなに褒めてもらえるとは思わなかったけど……。
「あ、りがとう……ございます」
でもとにかく、認められるのは嬉しい。緩みそうな頬を抑えて感謝を述べれば、ふと尋ねられた。
「ねえ、君はなんであそこにいるの?」
「……あそこって、Ⅳ組ですか?」
部長さんはこくりと頷く。そんな重大そうにしなくてもいいのに。
「ただの成り行きですけど……」
「でも……あ、や、なんでもない。ごめんね」
「ええ?」
何を言おうとしたのだろう。彼が私の後ろを見て、止めたから、私も後ろへ振り向こうかと思ったが、その前に部長さんはとびきりの発言をしてくれて、私の意識はそっちへ戻る。
「次、園芸部とかどうかな。占星術部の紹介ですって言えばいいよ。そこの部長にも新聞? 読ませておくから」
「……! ありがとうございます!」
それは明らかな助言だった。園芸部の名を紙に書き残す。早速帰ったら確認しなくては。
「あの、もう大丈夫?」
「はい! ……良ければ、次も読んでくださいね」
うん、とは言ってもらえなかった。部長さんは一度頭を下げて、そそくさと帰って行く。でも多分、読んでくれるんだろうな、と勝手に思った。
「おい」
「あれ? シャーニくん?」
声をかけられ今度こそ振り向けば、シャーニくんがいる。もしかして入れ違い? それとも……待ってた?
「どうしたの」
「迎え」
「ええ……珍しいね」
「僕だって来たくなかったよ」
つかつか歩いてきたシャーニくんは、嫌そうな顔で机の上の紙と万年筆を私から無理やり奪った。
嫌ならやんなくていいのに。ていうか今日物奪われる率高いなあ。
「さっさと帰って飼い犬のご機嫌取りでもして」
「犬は飼ってないけど……?」
「……ほんと嫌い」
私は嫌いじゃないよ、って言ったら多分更に嫌な顔をされるので、口を噤む。仕方ない。よくわからないけど、任務は達成したし、帰ることにしよう。
なんてったって、せっかく普段仕事はしても私のことをオール無視の彼が話してくれているのだから。
「ねえ寄り道しようよ」
「は? 呑気かよ……絶対やだ」
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