月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

四十二話 波乱が待っていそうです

公開日時: 2021年12月16日(木) 13:47
更新日時: 2023年7月10日(月) 23:29
文字数:3,451

 私はA教室に入ると、今日も一番後ろの席へ座る。いつも通り、教室を見渡しても、あるのはアレウス先輩の荷物くらいだ。私は時計ワープを使いたくないし使えるかもわからないため、早くからニオくんと共に登校するのだが、Ⅳ組においてそういう人は少数派なのだった。


 そういえば、今朝のニオくんはちょっと変だったな。


 学生鞄の中身を整理しながら、私はニオくんのことを思い出す。


 元より優しく、そして山ほど面倒をかけているからか私のことを随分と心配してくれている彼。先輩の事件を解決した時は信じてたけど心配したー! と抱きついてきて、後輩と休日に出かけるんだと話した時は楽しんできてね! と笑ってくれた。

 ニオくんはきっと、私のことを幼い子供かなにかだと思っているのだろう。いやまあ、実際耐久度はそうだけど……そうじゃなくて。


 とにかく、彼がそういう振る舞いしかしないものだから、私も私でニオくんにならだいたい何を言ってもニコニコと幼子の成長を祝うかのように喜んでくれるものだと思っていたのだ。

 けれど、今朝。昨日シャーニくんに会ったよと、世間話の延長で口に出したら、ニオくんは何故か様子を変えた。彼は眉を下げ、不満げな表情を見せたのである。


「うーん…………」


 あれはなんだったのか。少し考えてみても、貧相な私の頭では嫉妬で拗ねた? なんて、傲慢もいいところの発想しか浮かばない。

 それがもし本当ならば、今のところシャーニくんとの仲は恐らく悪い方だし気にしなくていいのになあ。愚かにもそう思う。というか今日もいないし、シャーニくん。


 まあでも多分そんな理由じゃないでしょ。


 鐘の音が鳴る。そろそろみんなも教室へやってくる頃だ。ぐるぐる考えても疲れてしまうので、私は早々に思考を放棄した。



 今日はなんと時間割全てが紅月祭準備という五文字で埋まっている日だ。一体何をするのか。はてなを浮かべる私を他所に、朝のホームルームはサクサク進む。そして出席確認を終えて、ついに先生の話は本題に入った。


「それではこれより毎年恒例の紅月祭について説明する」


 先生は杖を振る。いつも通り、黒板へ自動的に文字が刻み込まれた。


「紅月祭は以前も授業で少し触れたことがあるな。魔力を帯びて赤く染まった月が、地上へ近づく日に開催される、月へ感謝を捧げるためのこの学園ならではの祭りだ。外部の者も学園へ招くため、Ⅳ組は基本的に表に出ない風潮がある。だが、決まりとして実行委員は出さなくてはいけない。誰かやりたい奴は居るか?」


 手は上がらない。面倒くさそうに目を逸らしたり、我関せずの姿勢の数名。膠着状態だ。みんなは、お互いに目線で圧力をかける。


「はあい! せんせえー」


 そんな中、前述のどれでもなかったセルテくんが手を上げた。なるほど、確かに彼なら適任だ。前も紅月祭にとっても興味を示していた。


「立候補か?」

「いーえ!」


 しかし、ふんふんと張り切り気味の彼は先生の質問に首を振る。


「推薦です! ぼく、リューネせんぱいが良いと思いますー」

「え」


 それから何を思ったか、私の名を出した。先生の視線が私を貫く。


「こう言っているが、どうだ」

「えー……と、そ、そうですね……」


 私が実行委員? なんで??


「え、あの、セルテくんはやりたくない、の?」


 思わぬところから刺された私は、とりあえずセルテくんへ意思確認。呼びかければ彼は振り向く。


「んー……やりたくないわけじゃないですよう? でも、これはきっとリューネせんぱいの方がピッタリだと思うんです!」


 にっこり笑ったセルテくんは、両手をグッと握り、「頑張ってくださあい!」と尊敬の眼差しで私を見た。キラキラしたその雰囲気に押され、言葉に詰まる。みんなが私に注目していた。


 そして、瞬間鳴り響く電子音。世界が固まって、目の前にはウィンドウが現れた。お馴染みの【どうする?】ってやつだ。


「ど、どうってさあ……」


 そりゃあ実行委員なんてやりたくない。やりたくないけど、私は結局この状況でやりません! と断ることもできない人間だ。

 別にわざわざそんな……選択肢にするほどじゃないだろうに。


【A、引き受ける(中)】

【B、断る(死)】


「いや待って??」


 ちょっとそれはなくない?


 まだ(中)はわかる。この表記は死亡率のことだと解明されたからだ。いや、それでも中確率で死ぬのはおかしいけれど……それより(死)って、なんだ。


 死ぬのか、確定で。


「………………」


 私は速攻でAを選んだ。この状態から何があったら死ぬのかわからないけれど、とにかく死にたくはない。(死)は怖すぎだし今後一切出るな、と願うほかなかった。


「やります、実行委員」


 強制力が働いて、するすると淀みなく、私の口から声が流れる。世界は動き出した。


「……そうか、わかった。では後は……ペッカー」

「はい?」

「お前も実行委員だ」

「……はあ?」

「リューネの補佐をするように。まさか嫌だとは言わないな」

「………………」


 あのペッカー先輩も先生にはかなわないらしい。斜め前の彼は無言でそっぽを向いた。どうやら、私のサポートでペッカー先輩がついてくれる? ようだ。


「丁度、他の教室でも実行委員が決まった。Ⅳ組の実行委員同士、顔合わせをしてくるように」

「え、あ、はい……!」


 出入口の扉を指し示されて、私は慌てて立ち上がる。無言だったが、ペッカー先輩も同じように席を立っている。


「せんぱいがた、行ってらっしゃーい!」

「リューネ、クトゥム、しっかり役目を果たすようにな!」

「実行委員なんて適当にやりゃいいんだよ……リューネ。無茶はすんなよ」


 そうして、ワイワイと見送られながら、私たちは教室を出た。




「ええと……で、どこに行けばいいんですかね」

「……他の教室の奴らはもう集まっているようです。うるさいのは向こうの……資料室ですね」

「あ、じゃあそこに行ってみましょうか」

「はいはい」


 ふと、別の教室の前を通り過ぎるその時、気になって扉についている窓から中を覗いて見た。教卓の辺りには、A教室で見たのと同じ、緑髪の人物がいる。


「あれ……?」


 それはどう見ても先生だ。A教室の担任で、私を殺したことがあって、未だに結構怖い、ウィードル・アルキュミア先生。長いローブと長い髪は、早々他の人とは見間違えない。B教室だけでは判断がつかなくて、C教室も覗けば、そこにもやはり先生がいる。


「んん……??」

「……ああ、リューネは知らなかったですっけ」

「なんですか?」


 おかしいなあ、と首を傾げていれば、さすがにペッカー先輩も私が何に困惑しているのか気づいたようだ。彼は薄く笑うと、歩きながら説明をしてくれる。


「あいつはA教室がどうのBがCが……という話じゃなく"Ⅳ組の担任"で、いつも魔法で全ての教室に姿を置いてるんですよ。たしか思考回路もそれぞれあって、並列に処理してるはずです」

「ええっなんですか、それ……」


 突拍子もなくて信じられないけれど、さっき確かに三人の先生を見つけたわけだから、信じるしかない。三つ子かな? とか、馬鹿なことを一瞬でも考えたのが恥ずかしくなった。


「まあ、普通はやりませんよねえ。馬鹿げてますし」

「そうなんですか?」

「当たり前でしょう。悔しいですけど、学園長直々にⅣ組を任されるだけありますよ」

「へえ……」


 魔法はなんでも出来るようなイメージがあるが、そうでもない。というのは最近知ったことだ。ちゃんと理解して、場合によっては詠唱や、なにやらかにやらが必要らしい。

 そしてこの感じだと、その中でも先生が当然のようにやっている行いは、どうやら相当難しいもののようだ。


 そりゃ凄いなあ……。


「あなた、前から思ってますけど、もっと大きな反応できないんですか?」

「うーん、そうは言っても、私は魔法のことはよくわかりませんしね」


 どちらかと言うと、それよりも死に戻りで感覚が麻痺しているというのが大きいけれど。


「……まあ、その調子ならこれから誰に会っても平気な顔をしていられそうですね」

「あ、そうだ、そういえば顔合わせですもんね」


 どんな人がいるのだろう。実行委員同士ってことは、なにか話し合いをしたりも?


 流された結果と言われればそうだけど、せっかくだから実行委員として何か……少しでもみんなが楽しめるようにできたらいいと思う。

 あとは一応、あんなに選択肢がゴリ押ししてきたんだし、この役職を頑張った方が死の危険が少ないルートだと信じているのもあるけど。


「よろしくお願いしますね、先輩」

「あんまり期待はしないでくださいよ」



 私が死ぬようなことが無ければそれで大丈夫です! とは、言えない。



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