あれ、なんか平和だな。
そう思ったのは、無事レムレスくんと共に第Ⅳ組専用学生寮に着いた時だった。
寮へ帰ったのはたったの三日ぶりではあるが、体感としては数週間ぶりくらいの勢いである。死に戻りの被害はこんなところにも出た。
「ちょっとそこで待っとけ」
「はぁい」
ここまで繋いできた手を振り解き、レムレスくんは私の部屋へ入っていく。私は時計を確認した。
学園の中心部から寮までは、私の足だと約三十分。もうすぐ十五時だ。改めて考えても遠い。
本来は、反対側の学園からほど近い所に学生と教職員の寮が集まった場所が存在するらしい。
ならⅣ組の学生寮はといえば、ここは学園創立から十数年経った頃に、使っていなかった建物を再利用して建てたものだと言う。
それに「詳しいんだね」と言えば、授業で習うと返された。果たして私は授業に出ることはあるのだろうか。学費は請求されても払えないのだけど。
壁にもたれ掛かり、レムレスくんが出てくるのを待つ。すると、なんだかものすごい物音が聞こえ出した。
「これが、俗にいうラップ現象……!」
わかりやすい霊障に、テンションがあがる。なんだかソワソワした私は、部屋を覗いてみたくなった。怖いのに気になってしまうホラー番組と一緒だ。
とはいえ、一応私は幽霊にお仲間として連れていかれる程度には生命力が弱い。しかも魔力耐性とやらがゼロのせいで倒れ、今は実質病み上がりだ。
もし無事でいられなかったら、割とやり直しが面倒なことになる。
「好奇心に従うべきか否か……」
そっと、ドアノブに手をかけた。
「おい、終わったぞ」
「いたっ」
しかし、ハンドルを回そうとしたところで、レムレスくんが出てくる。私は鼻を扉にぶつけた。
「なにやってんだ」
「気になって、入ろうと……」
「……とりあえず俺の部屋に全部集めといた。全部消滅させんのはまた今度な」
「え、やった。ありがとう!」
鼻の痛みもレムレスくんの呆れた目線もなんのその。本当にどうにかなったことに、私はパッと気持ちを切り替えた。
これで私は寝ても死なない。正しく大進歩だ。
「どうやったの?」
「あ〜……なんか、無理やりまとめて引き寄せて、押し込む」
「へえ〜」
部屋を覗けば、思い込みかもしれないが、心做しか明るい雰囲気になっている。嬉しくてニコニコしてしまった。こんなに笑ったのは多分こちらに来てから初めてだ。
「……まじで怖くねえんだな」
「え?」
「別に。あとなんかあるか〜?」
見上げたレムレスくんはどこか誇らしげな顔をしている。さっきから見せてくれるこういった素の表情は、普通なら中々お目にかかれないものではないだろうか。
私はニオくんと同等、とまでは行かずとも、少しは気を許されているらしい。第三段階は順調に継続中だ。
ていうかニオくん置いてきちゃったな?
「あのじゃあ、ニオくんに連絡できるかな。嘘ついて離れちゃったので……」
「は〜!? え、あのイカレ頭と連絡とんのヤなんだけど……」
「う、そっか……」
魔法かなにかで私の無事を伝えて欲しいところだったが、無理強いは出来ない。今頃はきっと探されているんだろう。
仮にそうなら、とても申し訳ない。
もしかして私、安全の代わりに友情をひとつ失っちゃう感じ?
「………………」
「……あ〜もう! お前、これは借りな!」
「えっ?」
ぐしゃぐしゃに頭をかき混ぜてから、レムレスくんは腕に着けた時計を操作しだした。時計から、半透明のウィンドウが現れる。それに私はつい、身構えた。
「な、なにそれ?」
「お前も貰っただろ。腕時計型魔法具の最新式、魔法科学の叡智が詰まってんだと〜」
「まほう、かがく……」
薄い青緑色をした小さなウィンドウは、まるで私の前にだけ現れるあのピンク色とそっくりだ。
今まではただただ怪しいだけの謎のウィンドウだったが、もしやあれも魔法科学とやらによって、そういう風にプログラムされているのだろうか。
だとしたらきっと今持ち歩いているこの手帳も、部屋に置かれたガチャマシンも魔法具だ。
全ては乙女ゲームを円滑に遂行させるため?
一体、誰が、どうやって?
考えてもさっぱりわかりそうにない。何度だって言うが私は推理は苦手だし、不器用で要領も悪い。
あるのは死に戻りだけなのだ。
死に戻りのせいでこんなことになっているけれど、同時に死に戻りのおかげでまだなんとか故郷に帰れる希望がある。
「おい」
「あ、な、なに?」
「ちょっとこっち来い」
「う、ん」
レムレスくんに声をかけられて、私は背筋を震わせた。手招きをされるので、近づく。もちろんウィンドウも私に近づいて、咄嗟に逃げ出したくなった。
なんとか耐えて待っていれば、パシャリと音がする。
そしてレムレスくんがウィンドウ上でなにか操作をしたようで、見覚えのある消え方でウィンドウはなくなった。
「お前写真うつり悪ぃな」
「……きゅ、急にそんなこと言う?」
私は写真を撮られていたらしい。無意識に息を止めていたから、そりゃあうつりは悪いだろうなと思った。
どうにか適当に言葉は返せたけれど、あのウィンドウにはまだまだ慣れない気がする。
私が使う時が来たらどうしようかな……。
その度ピンク色がダブって見えそうで、ちょっと嫌だ。
「連絡しといた。多分遅くても七分くれ〜でつく」
「ありがと……ってそんなまさか」
「嘘じゃね〜ぜ」
「ええー……?」
半信半疑の私を気にせず、レムレスくんは階段を降りていく。後を追って進む度、薄暗い室内にギシギシと音が鳴って、さっきのラップ現象は雰囲気最強だったなと思い返した。
「きったね〜なあ」
「掃除する余裕なくてごめん……」
「あ? ちげ〜よ、Ⅳ組のヤツらが魔法で出来るからって放置しすぎなんだよ」
ため息をつきながら、レムレスくんは何かを取りだす。それは杖だった。木の枝をそのまま削ったかのような質素で短い杖だが、先端には大きな宝石がついている。
「あ〜あ〜、前も俺じゃなかったか?」
舌打ちをひとつして、レムレスくんは杖を振った。学園長に魔法をかけていただいた時のような、光の粒が辺りを舞う。倒れた経験のある私は、そっとそれを避けた。
光の粒は段々と床に集まっていく。そして、一斉に弾けた。その一瞬の眩しさに閉じた目を開けば、そこには新品同然の美しい床板がある。
「すごい」
「と〜ぜん!」
レムレスくんは得意げな表情でまた杖を振った。今度は三回連続だ。倍増した光の粒が同じように集まって弾けて、絨毯、ソファ、階段と少しずつ綺麗になっていく。
ついでに私の体調も段々悪くなってきた。
ちょっと待ってよ私弱すぎじゃありません?
最悪だ。綺麗になった階段の手摺に掴まり、深呼吸を繰り返す。
死んでまた保健室へ逆戻りなんて想像しただけでやる気が無くなるので、絶対にここで死に戻りをするわけには行かない。
「う、ぅ」
当たり前だが後ろにいる私の様子にレムレスくんは気づかない。それどころか、ラストスパートと言わんばかりに更に杖を振ろうとしている。泣きそう。
私これほんとに死なずにいれる?
痛いのも苦しいのも嫌だ。無理をするくらいなら、もう諦めてしまおうか。
そう思った時、玄関が勢いよく開いた。
「ちょっと待ったーーー!」
滑り込み急ブレーキで寮に飛び込んできたニオくんの大声と共に、片方の扉が外れる。レムレスくんは魔法を止めたし、外の空気が入ってきたおかげで呼吸が楽になった。
「ちょ、お前! それは器物破損だろ〜がバカ!」
「うるせーばか! リューネの前で魔法使うなー!」
「はあ!? なんでだよ!」
「後ろ見てみりゃわかるよばか!」
「バカバカうるせ〜な! なんだってんだ、よ……」
私と目が合ったレムレスくんは、言葉を無くす。えっ私そんな酷い感じなの?
確かに気が抜けて階段に座り込んでいるし、まあすぐに動き出すことは出来ないが、気絶すらせず生きているので、かなりマシだと思う。私エライで賞授与のレベル。
「リューネー! ごめんね、オレすぐ来れなくて……」
泣き出しそうな顔で両手をこちらに伸ばし、ニオくんは駆けてきた。躊躇なくレムレスくんを押し退けて、私の目の前にしゃがむ。
「痛いとことかない?」
「ない、はず……」
「うー……よしよし!」
まるで自分が痛いような顔をして、ニオくんは袖で私の頭を撫でた。それからレムレスくんへ、いつかも見た無表情で話しかける。
「お前さっさと杖しまえよ」
「っ言われなくとも!」
「あと扉直せよな」
「いやあれはお前が壊したんだろ!?」
「あーあー! リューネがこんなに具合悪そうなのはどこの誰のせいだっけなー!」
「ッチ! お前覚えてろよ!」
一際大きな舌打ちが聞こえて、レムレスくんは寮の外へ出ていった。後で謝ろう。
「リューネ、歩ける? ソファ座ろ?」
「ん……ありがとう」
「落ち着いたら部屋で休むといいよ」
「うん……」
なんとなく流されるままに来たせいで、私の貧弱さを伝えていなかったツケが回ってきたようだ。
その後、ふにゃふにゃのまま戻らず、お言葉に甘えて休んだ私はスッキリ太陽の登る朝に目覚めた。
睡眠は最高だ。死に戻りへのモチベも上がる。
ていうかやっぱり平和だったな。死ななかったし。こういう平穏を表すのって、なんて言うんだろ?
とにかく今後も頑張って生き残ろうと思う。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!