月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

五十九話 月は隠れます

公開日時: 2022年8月19日(金) 00:37
更新日時: 2023年11月20日(月) 18:45
文字数:3,507

 い、生き返らせるって……どういうこと!? ていうかそもそも、そんなことできるの……??


 ざわめきは、私の想像よりずっと少なかった。みんなの表情には、言うと思った……みたいな。そういう、予想通りの言葉を聞いたような色しか浮かんでいない。


 え、驚いてるのって私だけ……?


 周りとの温度差にアウェー感を覚える私をさらに置き去りにして、話は進む。


「一応聞くけど、本気かい?」

「じゃなきゃんなこと言わね〜よ」

「人の生死を操るのは禁忌だよ?」

「それを学園長、アンタが言うのか?」


 学園長は答えなかった。いつもと同じ、底知れなくてどこか恐ろしい……そんな笑みを貼り付けていた。

 でも、最早そんなことはいい。その問答の意味は私にはわからないから。私にわかるのは、それは、禁忌という言葉。そこに含まれる重たい何かだ。


 ぜっっったいろくなものじゃないじゃん!?


 そうだ、元より人を生き返らせるなんて、無理なのだ。いや、私が言っても説得力がないけれど。でも私の身に起きている死に戻りだって、生き返っているわけではない。なのに、レムレスくんは私を生き返らせると言った。それは、魔法があるから? 

 しかし頻繁にやっていいことではなく、禁忌と名のつく行為であるのもまた確からしい。だとするなら、もしかしなくともこの世界における死者蘇生とは、出来るけれど、大罪……なのではないだろうか?


「じゃ、とりあえずレムレス。お前は実家に帰ること」

「は? リューネは俺しか見えねえんだぞ」

「でもメアにも感知出来るだろう。お前の反応からして、メアが嘘をついているとは思わない。ああそもそもそんなこと出来ないだろうけど。ねえ?」

「はい。リューネ先輩を捉えておくことは恐らく可能です」

「そういうことだから、お前には別の役目をしてもらう。ちょっと考えればわかるだろ? お前だって馬鹿じゃないんだから」

「………………」


 レムレスくんは私を見た。不安げな瞳と目が合う。人間時代じゃ普通だったのに、幽霊になるだけで少し有難みが増すなんて不思議だ。漠然と、彼を犯罪者にはしたくないなと思った。


「レムレスくん、やめてよ。私を生き返らせるなんて、しなくていいよ」


 言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。これは私の本心だった。まあほら、多分そのうち死に戻るかもしれない、し……。

 でも、説得は叶わないようだ。何故か彼の瞳は鋭く変質した。そして私の手の辺りに向かって勢いよく手を伸ばしてくる。


「俺はお前が死んでるなんてイヤだよ。リューネ」


 やっぱりその手は私を掴めずすり抜けたけど、それでもレムレスくんは逃がすものかと言うかのように、拳をぎゅっと握った。

 聞こえるか聞こえないか位の大きさで呟かれた言葉に、私の言っていることの方が、彼らにとってはわがままなのだろうと悟ってしまう。


「……そう」


 じゃあ、しかたないね。


 いつか故郷へ帰りたい、と。帰るんだ、と。そう思っている私はいつかみんなを手酷く裏切ることとなる。ならばこそ、今この世界にいる間はなるべく、思いに報いたかった。大丈夫。諦めるのは、諦めて何も感じなくするのは……私の得意分野だ。


 許容を込めて微笑めば、途端に安心した表情を向けられる。それはまるで幼い子供のようだった。


「レムレス〜? 早くしてくれる?」

「チッ……はいはい! 行きゃ〜い〜んだろ!」


 しかしすぐに名を呼ばれ、レムレスくんは離れていく。学園長と一言、二言話したと思ったら、時計を使ってこの場から姿を消した。


「……はい、じゃあ今から希望調査だ。禁忌の儀式を一緒にやる人〜?」


 手が上がったのはラヴァン先輩、ドゥエン先輩のみ。


「まあ、お前達はそうだと思ったよ。興味本位ね、邪魔はするなよ」

「ああ勿論!」

「可哀想な特待生殿を助けねば」


 ニコニコ笑うおふたりは到底私の死を悲しんでいるようには見えない。正しく、興味本位……なのだろう。それはそれでどうなの? とは思うけれど、さすがにどうこう言うことは出来ない。

[03:48]

「じゃあ少しずつ聞いていこうか? クトゥム、と……アレウス。お前達は?」

「俺、は……」

「……僕は今、少し考えて見ましたが、リューネが居ない未来は思ったよりつまらない。どうせ我が家は忌家だ、参加しましょう」


 悩む素振りを見せるアレウス先輩とは違って、ペッカー先輩の喋りに淀みはなかった。それを聞いて、アレウス先輩の目が見開かれる。


「貴様……」

「お前も、きっと後悔しますよ。今でさえそんなにも自責の念がうるさいんですから」


 そう言うとペッカー先輩は人のいない開けた位置に移動する。それは奇しくも私がいるところに近かった。


「クトゥムは参加、アレウスは保留ね。じゃ〜次、ニオ」


 呼ばれて、ピクリとニオくんの肩が動く。


「聞いてるんだろ? お前の大好きなリューネの話なんだから」

「……なに」


 学園長に見下ろされ、ずっと俯いていた顔をやっと見せた彼の瞳は深く暗く沈んでいた。


「そんな顔するなよ、リューネに生き返って欲しいだろう?」

「いきかえるの?」

「お前が協力すればね」


 闇の底に堕ちたニオくんを、学園長は私をダシに無理やり引き上げる。それを何も言えずに見守るというのは、なんとも微妙な気持ちだ。ニオくんはそっと遺体の私に触れる。


「…………オレ、友達が死んだの、はじめてなんだ」


 私的にはニオくんの前で死んだことなら何度もあるが、たしかに友達に死なれる側を想像すると、その辛さは理解出来た。少し、いや、かなり申し訳ない。前述の通りニオくんの前で死んだことが何度もあるので……尚更である。


「オレが見てないだけで、こんなにあっさり……死んじゃうんだねえ……」


 だが、彼が続いて発したその言葉には、同情や同調をするより先に少しだけ、背筋が震えてしまった。もう幽霊なのにおかしなことだ。

 何より、どう考えても私の死を噛み締めてくれているのだろうそれに、不気味な甘さを感じるなんて。


「いいよ、リューネが生き返るなら。オレ……なんでもする」


 ああほら、暗い気持ちを取り繕うみたいにわざと明るく笑ってくれた彼は、どこから見ても優しい普段のニオくんなのに。


「はい、決定ね。じゃあニオはそれから離れて、クトゥムの方に行きなさい」

「……はーい」

「さ〜て、じゃあ次はそこ。フィートとメア。どうだい?」


 学園長がいつの間にか手にしていた杖を振る。ニオくんが手放した私の死体は、すぐにキラキラとした光に包まれた。そっか、もう私死んでるから、魔法かけれるんだ。


「俺は、それを俺の一存では決められません。リューネ先輩を生き返らせるということは、国で定められた法に反するということです。フィート先輩の許可がなければ行えません」

「っ……メ、メア……!」

「知ってる知ってる。でもさ、私が知りたいのはお前の意志なんだよ。メア。フィートも、ね」


 笑いかけられ、フィートくんは見るからにいやそうな顔をした。後ずさる彼の背を、メアくんが従者のように支える。いや、実際、ふたりは知り合いで……かつ主従に近しい関係なのかもしれない。何せ、メアくんはフィートくんの指示をわざわざ仰いでいるのだから。

 どうやらフィートくんは反応的にそれを隠したかったようだけど。


「俺の意思」

「そ~そ~、ねえ? フィート。それがわからないから、メアは此処にいる。でも、ちょっとは育ったと思うんだよね。違うかい?」

「それ、は……そうですけど……立場上、賛成はできません。メアにも良いとは言ってやれない」

「言ってやれない、ね~。その言い方する時点でわかってるんじゃないの?」

「………………」


 また話についていけない。結局どういうこと? メアくんって何?

 混乱していれば、話題の張本人であるメアくんが音なく私の元にやってきた。


「え」

「おや、きみ……いいんですか。主人を裏切って」

 

 聞こえないのに、声に出して驚いてしまう。そしてすぐ、ペッカー先輩がわざとらしくメアくんへ声をかけた。なんか言い方が主人(笑)って感じだったけど、大丈夫? 先輩私がいないのに多方面に喧嘩売ったら庇う人いませんけど……。


「俺の意思……はわかりませんが、俺はリューネ先輩を失ったままではいけないと考えます」


 淡々と発言されたそれに、フィートくんはまさしく裏切られたかのような顔をする。よく考えれば私が死ななければこんなことにはならなかったのにな……。

 申し訳なさを勝手に抱いていると、学園長が笑顔で爆弾を落とした。


「というか、フィート。リューネが死んだ原因、お前も関わってるからね?」

「えっ……」


 えっ嘘。聞いてないですそれ。


 みんなが一斉にフィートくんを見る。彼はとげとげしい視線に晒され、さらに顔を青く染めていた。



 ……ごめん正直私も気になります!

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