月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

三話 幽霊はそこにいます

公開日時: 2020年9月23日(水) 11:25
更新日時: 2021年12月16日(木) 14:02
文字数:3,043

 少し見違えて、雰囲気も明るくなったかな〜なんて思っていたのに、やっぱりこの部屋で寝ると知らない間に死ぬらしい。

 休息を取れないストレスが半端ない。


 それでもとにかく寝て安らぎを得たかった私は、意固地になって数回死んだ。これがクソゲー……。


 部屋の内装や手帳の内容はリセットされないみたいだが、死んだ回数は無駄にかさ増しされていく。つらい。


 しかし、死にまくるとそのうち頭は冷えてくるものだ。そう、結局のところ、私の一番の武器はやはり死に戻り。

 プロローグをクリアした時のように、自分の死体を積み上げてゴールへ向かうしかないのである。


 まずは原因究明だ。私は色々な仮定を立てて、それをひとつずつ実行することにした。




 結果、原因は未だ不明だが、私の部屋だけが眠ると死ぬトラップルームだと判明した。

 どうやら世界は私に優しくないようだ。


 実験中、悪いと思いながらも鍵の開いていた色んな部屋で眠っては、不審者として部屋の主に殺されたのが懐かしい。

 だってこんなの詰みじゃん。


 睡眠を取れないのは中々のハードモード、いや、それを通り越してルナティックモードでは?

 と思うが、少なくとも今私だけの力でなんとかできる問題ではないようだ。


 仕方がないので明日の朝まで起きていることにした。奇しくも今回は実験の最中に色んな部屋で眠らせていただいたので、まだ平気だ。



 朝までの暇つぶしにと、手帳を見返す。外に出て誰かと鉢合わせ殺されるのは御免だし、情報収集は大切なので。


 誰かがこの部屋に入ってきたら終わりだが、そこはお祈り力でなんとかなることを願おう。


 残念なことに、どうせ叶わなくても死ぬだけなのでね……。


「あー……また私を殺した人が増えた」


 プロフィールタブにいるこの人も、この人も見覚えがある。数えてみたら、もう既に、二十人中八人がいつかの私を終わらせていた。

 この調子だと、近い将来全員に一度は殺されたことがある……なんて状況になるんじゃなかろうか。考えたくない未来だ。


 せっかくなので、流し見しかしてなかったプロフィールをしっかりと読んでみる。


 性格を知っておくのは、割と生き残るのにも重要のはず。……まあ、どれだけ温厚な相手でも私を殺す可能性はあるんだけど。



 しかし、四人目まで読んだ辺りでこのペースで二十人は覚えきれないと悟った。

 顔と名前が一致しないのに、片仮名の名前がズラズラ並ぶのは端的に言ってキツい。


 ちなみに十五人目までは同じⅣ組のメンバーだった。残りの五人はそれこそ学園長のような生徒ではない攻略対象達らしく、学園のガードマンや教師、果ては暗殺者もいる。

 禁断の恋ってやつ? それにしてはレベル高いと思うんですけど……。


 手帳にはもう少し役に立つ情報を羅列して欲しい。こちとら乙女ゲーム完全攻略なんて目指していないので。



 私が望むのは、故郷の日本に帰って美味しいご飯を食べたり贅沢に惰眠を貪ることだけだ。



 現時点では使えない手帳を放り投げた私は、眠らないようにマットレスの上から部屋の隅へと移動する。

 隙間風が背中に当たって、いい具合に寒い。これなら寝ないで済みそうだ。


 無駄に時間を使ったな……と、思ったが、そもそも朝までの時間潰しに開いたのだった。

 暇になると途端に瞼が落ちそうなので、次は自分の記憶について考えてみる。



 ……自らのことなのに、驚くほど思い出せない。家族、友達、名前、全て不明だ。


 覚えていることを強いて言うなら、日本の一般常識や生きていく上での基礎知識だろうか。ここじゃ到底役に立たない。


「なんで、こんなことになったかな」


 ちょっと悲しくなってくる。もしかしてこれ悪手です?


 この後はどうしようもなくなって、ノスタルジーな気持ちに浸って朝まで過ごした。あとちょっぴり泣いた。




「朝日が目にしみるって、こういうことかあ……」


 綺麗な夜明けだ。生憎分かち合う相手はいないけれど。


 現在時刻は午前六時。私は無事、異世界生活二日目に突入できた。

 もう今日帰る手筈整ってたりしない? しないか……。


 デフォルトのシンプルな無地カーテンに包まりながら、ぼんやりと窓の向こうを見つめる。実は深夜に一度気を失ったのだか、何故か私はまだ生きていた。


 最初は世界の温情か? とも考えたが、この世界は私に優しくないので多分違う。きっと、デストラップ発動にはなにか条件があるのだ。

 単純に眠れないのは辛いので、早急に解決しなければいけない。


「やあやあ、おはよう。異邦人君」


 欠伸をひとつしたところで、後ろから聞き覚えのある声がした。


「学園、長……?」


 振り向けば、部屋の中央で学園長が浮いている。


「今後の相談に来たのさ」


 私よりも幾分か小さい背丈の学園長は、器用に空中で胡座をかく。片方の足を台にして頬杖をついた後、私に向かって不敵に笑った。


「相談……」

「そうとも! やはり、学生寮に入れたからには生徒として生活してもらいたい。けれど君には幼児レベルの知識もない。とくれば教師補佐、いわゆる雑用係くらいしか出来ないだろう?」

「いや、まあ……はい」


 学園長は両手を広げ、にこにこ笑顔で語る。雰囲気が変わりすぎて怖い。こういうところが底知れないのだ。


「ということで、君に二択を示そう。私の学園で生活しながら魔法に触れ、帰り道を探す。又は戸籍と金銭を受け取り、この世界に永住する。どちらが──」

「前者でお願いします」

「……即断だなあ。別に永住を選んでも、暫くは面倒を見てやるのに」


 パチリと目を瞬かせた学園長はまた頬杖をつき、面白そうなものを見るように瞳を細める。いや、もしかしたら私を推し量ろうとしているのか。


 どちらにしても、私の願いはひとつだけである。


「私は……帰りたい、ので」

「ふうん、そう。この国は他所より良い方だと思うけど、そんなに言うなら私も君の帰る方法を探そうか」

「よろしくお願いします」

「はは、また食い気味。じゃあ制服と学生証は適当に用意しておくから」


 どうやら学園長はそろそろ退散するらしい。ひらひらとやる気なく手が振られる。


 この学園長にも、私を殺す可能性があった。殺したいつかの未来があった。だから本当は、学園長といるだけでトラウマが疼く。

 しかし、逆に言えばそれだけだ。今、私は彼に危害を加えられていない。それどころか彼は随分と良くしてくれている。


 だから恨んではいけない。怒りを、悲しみを、絶望をぶつけるのはおかしいことなのだ。


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「ああそういえば。この部屋は君が掃除したみたいだけど、最初は倉庫みたいになってただろう?」

「え……あ、はい」

「要はⅣ組の生徒の好きなように使われてたんだよね。で、ここで降霊術をした生徒がいてさ」

「……はあ」


 嫌な予感がする。せっかく、学園長の印象がプラスのままさよなら出来そうだったのに、なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「この部屋、悪霊の溜まり場になってるわけ」

「はい?」

「だから、生命力が弱い人だと取り憑かれて、最悪死ぬんだよね。まあ君は見えないみたいだし、こうして生きてるんだから平気さ!」


 それを別れの言葉にして、学園長はまたねと消えていく。「気にしないで」って、無理ですよ。

 後には絶句したままの私がひとり。



 いや、私バリバリに初回で死んだが?



 その思いは学園長には届かない。奇しくもデストラップの正体が判明した瞬間だった。


「え? 今もいるの?」


 部屋の中はしんと静まり返っている。


「え? これ解決できなくない?」


 返事をしてくれる者はいない。


「……え?」




 やっぱり学園長、恨んでいいのかもしれない。




キャラ紹介



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