フィートくんとお互い苦笑いを向け合っていたその時、ふと電子音がなった。すわウィンドウか! と思えども、出処は私の手首。
「あ。鳴ってますよ、それ」
「……そう、みたい」
指摘もされたので、腕時計を操作する。どうやらメールが来たようだ。ちゃんと音を聞いたのは初めてだが、つい反射でビクついてしまう。直さなくてはと思いつつも、ピコピコした音が鳴る時は大抵ろくな事にならないのだから仕方ない。
やあ! 学園長だよ〜学園にはそろそろ慣れたかな? 私の方もやっと落ち着いたよ。そういえば、面白いことを企んでるみたいだね。久々に会いたいし、これを見たら学園長室に来るよ〜に! 待ってるよ〜
開けば、当たり障りのない文面であった。呼び出しのメールのようだが、特に怒られたりはしなさそうだし、そもそも学園で一番偉い人からのご指名だ。行った方が良いだろう。
「なんでした?」
「学園長が、学園長室においでって」
「そりゃまた、面倒ごとで」
「そう?」
「そう。です」
学園長のことが苦手なのだろうか。深く頷くと、フィートくんは私の手の中から数枚の紙をするりと抜き取る。
「場所。自分の方で、探しときますから。行ってきていいですよ」
「え! え、でも……」
「俺は大丈夫です。というか……なんなら、そっちの方が心配、なんですけど……」
「う」
たしかに。私はフィートくんから離れたちょっとのうちに二回絡まれている。しかも、既にフィートくんは私が赤子以下のザコ人間だと知ってしまった。顔見知りが目を離した隙にぽっくり死んだら……それはもう、中々の衝撃だと思う。
「………………」
「………………」
「大丈夫、くらい嘘でも言ってくださいよ……」
「ご、ごめん……正直自信ない、です……」
困った顔を見せれば、ため息をつかれた。私と関わると、みんな一度はそうやって大変そうにする。本当に申し訳ない。
「じゃあ、えーと……あ、これ……は、ダメだから。こっち、と、これにこれ。あと……はい」
「わっ……え? なあに? これ」
紙束を抱えたまま器用に制服のポケットを漁り、そこからひょいひょいと様々な物を取り出したフィートくん。到底両ポケットに収まっていたとは思えないその品々を、何故か彼はまとめてどさりと私にくれた。
「魔法具、です。科学……だけど。試作品で、多分、貴方でも使えます。特に、これ。これ、危なくなったら引っ張って」
「そ、そんな防犯ブザーみたいな……」
「……? それはわからないですけど、全部、身を守るために利用出来るはず。です」
「ならもうそれ防犯ブザーじゃん……」
「聞いてます?」
おっといけない。見た目も性能も防犯ブザーっぽいものを渡されて、これが幼児扱いかと遠い目をしてしまった。
「あ、や、うん。ごめんね」
「……気をつけてください、ね。それら、あげるんで」
「え! いいの?」
「いいよ」
「わ〜! やった〜! ありがとう、フィートくん」
ということは、この魔法具の数だけ私の命を温存できる。嬉しくなって、久々に自然と笑顔が溢れた。
五個あるので、とりあえず入るだけ私もブレザーのポケットに入れてしまおう。
「じゃあ、行ってきます」
「……はい。行ってらっしゃい」
私は手を振り、ルンルン気分で出発した。こういう優しさが延命処置になるんだよね〜!
コンコン、とノックをし、許可を得て扉を開ける。有難いことに今回は人にも魔法にも襲われなかった。嬉しい。
「こんにちは〜……えっ?」
「リューネ! ようこそ、学園長室へ!」
室内に顔を出した途端、身体が勝手に浮き、ソファへ着地する。学園長はいつも通り、にこにこと笑い私の目の前に座っていた。
「う、うん……」
「いや〜何故だか久々に感じるね。忙しかったせいかなあ」
「お疲れ様……です」
「ふふ、ありがとう。さてさて、リューネ」
「はい?」
「Ⅳ組の連中には慣れたかい?」
そう問われ、私は今までに会ったⅣ組のメンバーを思い出す。全員ではないし、そのくせなんだかんだメンバーの中にはいつかの私を殺した人も大勢いるのだが、まあ……概ね慣れたと言えよう。
「……うん。割と、大丈夫」
「それは良かった。やっぱり可愛い娘を危険な目には遭わせたくないからね〜」
「あー……はは……ありがとう……」
普段から充分危険だよ。
「ああ、そうそう。Ⅳ組でやろうとしてること、ウィードルからサラッと聞いたよ」
「先生から?」
「そうとも。君が提案したんだってね。Ⅳ組が展示をすることになるとはなあ」
学園長は「感慨深いよ」なんて言って目を瞑る。しかし次の瞬間には、いたずらっ子のような笑みになっていた。
「あいつらを纏めるのは大変だよ〜?」
「それは……そう、かも」
「あはは! 認めちゃうんだ」
「まあ……」
正直、大掛かりなことをやるには実行委員だけじゃ手が足りない。もしかしたら、Ⅳ組総出になる可能性もある。なのに代表同士で話しただけで、やる気のない人や反対者が居たくらいだ。全員で頑張るなんて、夢のまた夢……と思わなくもない。
うん、特にシャー二くんとか絶対嫌がりそう。
「でも、みんな優しいから。何とかなったらいいな、って……思う。よ」
「……優しい、ねえ」
けれどそうだ。些細なことで殺される私がおかしいだけで、みんなは優しい。「本当に思ってる?」とおどけて聞かれたが、頷いた。信じてるよ、善性を。
いつの間にか出現していた紅茶のカップに口をつけると、学園長は立ち上がる。
そして、彼は私の頭を撫でてきた。
「リューネは馬鹿だなあ」
「えっ……」
普通この流れで罵倒される?
「ふふ、まあほら。馬鹿な子ほど可愛いと言うからね」
「はあ……」
馬鹿なのには変わりないんだ……。
何を考えているのかわからなくて、学園長を見上げてみる。
見た目はびっくりするほど若々しいのに、学園長の表情はわかりやすく大人だ。ここだけ繕っていないなんて不思議な話だが、私に面と向かって馬鹿だなんて言うくせして、やけに優しい顔をしていた。
一体、何を思っているのだろう。
「リューネ、頑張ってね」
ただ、更に儚く微笑まれたものだから、到底怒る気にはならなかった。
頑張って、か。まあそりゃ、紅月祭のことなら私から言い出してしまったことだし……。
「……うん」
私はそう返して、学園長の行為を受け入れる。そのうちに手が離れ、学園長はまた笑った。
「死なない程度にね?」
「……約束できるかなあ」
「ちょっと? そこはうんって言わなきゃ駄目だろう!」
無理だよ。何で死ぬかもわかんないのに。
とはいえ死にたくはないし、死の回避を含めで頑張ってみるけれど。
「全く……。でも、良かった。君が生きていて」
「え?」
「困ったことがあったら何でも言うんだよ? 誰々に絡まれる、意地悪される、そういうのはぜーんぶ私が解決してあげよう!」
あまりにも職権乱用だ。
というか話題を出すタイミングが良すぎる。
「それは……遠慮する、かな……」
「………………」
「………………」
「こら、こっち見なさい」
ジトリと目を細められ、怖くて顔を背けたら怒られた。学園長のこの、何でも知っていて、その上でとぼけていそうな雰囲気がいつまでも慣れないのだ。
ここに来る前の諸々、実は見てたとか言わないよね?
「も、黙秘権を行使します……」
「も〜……本当に困ったら言うんだよ」
「……うん」
だが、今回は引いてくれるらしい。良かった。まあ、どうせ名前も知らないし、女の子たちに至っては接点もわからないから……うん……。
適当に心の中でも言い訳をしていれば、学園長は席に戻る。
「リューネは本当、予想外のことばかりするね」
「……そうかな」
「そうだとも! 最初は面白がっていたけど、今じゃ危なっかしくて危なっかしくて……まあ今でもたまに面白いけど」
面白がらないで欲しい。こちとら大抵命が掛かった奇行なのだから。
何度も死んだり死にかけた甲斐あって割と大事にしてもらえるようになったけれど、学園長はやっぱりこういう所がある。多分本来の彼はもっと冷たくて、ひとでなしなのだろう。と思わずにはいられない。……いやまあ、お世話になってる分際でそんなこと言うものじゃないけども。しかも頭撫でてくれたばっかりで。
「私にも聞かせてくれるかい? リューネの計画」
「ええと……それはいいけど」
「良かった! これで断られたら学園長権限の出番だったよ〜」
そんなもの使う場面じゃないよ。
「ただ、みんなをとびっきり怖がらせるホラーアトラクションで学園中の話題になろうって話だよ?」
「あはは、もう面白いじゃないか! 怖がらせるにはどうするの? エタティミでも使うかい?」
「ああ、エタティミ……」
言われて、紅月祭準備期間に入る前の授業で扱って、うっかり死にかけたことを思い出した。死んだのは一回だけでも死にかけなら何度かあるのである。
エタティミは、暗闇から現れ、対峙した人間の怖いものに化けて脅かしてくるという性質を持つ魔物だ。小型の魔物にしては珍しく、あまり友好的ではないらしい。ろくにいい思い出はないが……。
「たしかに、上手く使えたら便利そう」
「イメージは固まっているんだろう? けれどリューネはこの世界の物事に詳しくないからね。お昼までまだもう少し時間がある、この私にドーンと相談してみなさい」
賛同を示せば学園長が自信満々に胸を張った。一番相談したいことは、帰る方法探してますか? なのだけど、たしかに頼りにはなるだろう。
私は色々話してみることにした。
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