私は人でなしだ。使用した者は極刑と法で定められた禁術を、どうしても使ってみたかった。そのために肉親を利用し、民を利用した。
人の心など大して分からない。考えようと思ったこともあまりない。ただその場の空気を読んで操れば、全ては上手くいった。
しかしそんな私ですら、リューネだけはどうにもならない。
彼女は基本的に、従順な子だ。故郷への想いや、彼女なりの譲れないものがある時など、たまに頑固な面もあるが、それを差し引いても従順と言える。過去の記憶もなく何もわからないままなのに、誰の言うことも素直に聞いて、流されて……中々に自分がない。
なのにおかしなことに、ふとした時に彼女は全てを狂わせる。異世界人故の圧倒的な弱さ、価値観の違い、彼女本来の気質、何もかもが上手い具合に重なって、こちらに多大な影響を与えてくる。
今だってそうだ。
「あのまま結界? の中にいたら多分死んでたので……未知の死因で死ぬぐらいならナイフとかの方がわかりやすいっていうか、痛みが想像しやすくていいなって……!」
そう言ったリューネは、本気でそう思っているのだとひと目でわかった。そんなことを聞きたかったわけではないし、そんな理由で納得出来るような話ではないのに、それを彼女だけが理解していなかった。
そもそも、アレウスを助けたいがためとはいえ、魔法も使えないリューネが空中へ飛び降りたこと自体がまずおかしいのだが……。
とにかく彼女は酷く危うい存在だ。散々周囲の人間の感情を掻き立てて掻き混ぜて、そのくせ惨たらしいほどにあっさりと自分を投げ捨てる。その上、変だとかおかしいだとか、そんな在り来りな言葉では表せないその不安定さがまた誰かを惹き付け狂わせる。
ああなんて大変なものを拾ってしまったんだ!
もしかしたら、最初、一番初めから、私は既に彼女に歪まされていたのかもしれない。だとするなら、私は可哀想だし、リューネだって可哀想だ。
「……あのね、リューネ」
目に見えずよくわからない優しさというものを意識して、たっぷりと込めてやって、私は目の前で項垂れ縮こまるリューネの名を呼んだ。
「はい……」
「人間に命は一つだけなんだよ」
「そう、ですね……」
そうだ。命はこの世において一つきり。この私ですら不死ではない。なのに、彼女はその一つを無下にするという。それはきっと、私よりも罪深く、私よりもこの世の誰かにとってひとでなしの行いだろう。
可哀想なリューネ。故郷に帰りたいと言う割に、大した記憶も残っていない。魔法ばかりの世界に来てしまったのに、魔法への耐性もない。何より、こんなろくでなしの男とそいつが作ったろくでもないはぐれ者だらけのクラスを頼ってしまった。
私はどこか腑に落ちなさそうなリューネを見つめてみる。ふとその隣のニオから視線を感じて、そっちも見てみれば睨まれた。お前も可哀想にね。
なあリューネ。君が君を粗末にするなら、君のせいでこんなに心を痛めている我々が、君の幸せのために君を守ってやるしかないよね?
なあリューネ。君が我々から離れようとするなら、君のせいでたくさん捻れた我々は、君に責任を求めて君を引き留めたって許されるよね?
なあリューネ。
君がいれば……私も人間になれるかな?
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