あの後、アレウス先輩に連れられ私は学園長や他のⅣ組の人達の所へ行くことになった。何か聞こうとしても、とんでもない圧で「気にするな!」と言われれば私は「あっ……はい」と返すしかない。
ちなみに学園長はめちゃめちゃに喜んでくれた。なんでも、自分の調合した薬でぽっくり行かないか毎日不安だったとか。いらぬ心労をかけてしまい申し訳ない。
そして謎に様子がおかしかったリエスくんや、ニオくんはと言えば……前者はその晩、久しぶりに寮に戻った私が扉を開けたら縄で縛られた状態で談話室に転がされていた。ぐるぐる巻きのまま謝られて、さすがにびっくりした。気にしてないよって言えば怒られたりもして、じゃあどうすれば……? となったのがあの日のハイライトだ。
次に後者のニオくん。彼はあれ以降一切不穏な様子はなく、いつも通りで正直よくわからない。というかそもそも、私の勘違いだったりするのだろうか? けれどそれにしては他のみんなの反応がおかしいし……前にも変な素振りがあった気がするし……困ったが、とりあえずそういう時もあるかあと思うことにした。私に被害がなければまあ、うん。それで。今はとりあえずね。
さて、そんなこんなで気づけば紅月祭当日である。
校舎は実験棟も含め、二階まで解放されており、屋上へは魔法で動く小型の気球船によって、特定の場所からのみ行けるらしい。
謎の力で学園内では常に紙吹雪がひらひらと舞っている。空を見上げれば、この一週間で随分近くへやってきた真っ赤な月が、昼間にもかかわらず妖しく輝いていた。
「ひまだねえ」
「……急だな、セルテ」
「えー? でもでも、メアくんもそうでしょお」
「……そう、なのだろうか。確かに何か、不可解なエラーはあるが……待遇自体に不満は無い」
「ぼくはあるよう! リューネせんぱいもありますよね? ね?」
「え? あー……」
けれど、メアくん、セルテくん、私。
「少々暇なのには違いないな!」
「……悪いが、どうしようも無いぞ。Ⅳ組生徒は危険人物なのだから」
それから、アレウス先輩に先生。私たちは前述の通りお祭りムード真っ只中の学園で、何故か三階の教室に集まっていた。
いやまあ一応、何故か……ではない。比較的マシ(実際こう言われていた)な面子だけは、寮待機ではなく校舎へ来てもいいと先生が許可したのだ。
逆に問答無用でマシじゃないと判断されたのは、おうちが忌家のみんなや、全体的に人への敵意が強い(あと彼にはとある事情がある? らしい)シャーニくん。それから最近、危険行動が目立つとリエスくんも自室待機にされていた。
私が普通の人間なら、彼らにも何かお土産を持って行ってあげれたのだけど……と思えども、異世界人でもなく死に戻りもしない普通の人間だったら、きっと彼らとは関わっていない。ていうかなんなら、ぶっちゃけペッカー先輩とか自ら望んで引き篭ってた。もしかして、案外みんな自由気まま? 気にしなくていいのかも?
「むう……だって、ニオせんぱいとか、フィートせんぱいは良いのにー!」
セルテくんは口をとがらせ、机の上で腕をばたつかせる。
私はどうせ殆どの展示には近寄れないし、賑やかな地上を眺めるだけでも楽しいが……それを言うのはさすがに野暮だろうか。
「彼らはⅣ組はⅣ組でもC教室の者だぞ。第一、揃って跡取り息子だ。顔見せをしないわけにはいかないだろう」
「えーえー、せんせえライくんはー?」
「彼だって、体質がいささか手に負えない事があるだけでマシな部類だ」
「うー……! 突破口がないよう……!」
そして淡々と先生に説得され、メアくんに泣きつくセルテくん。ギュッと片腕に縋りつかれて、メアくんはなぜか私の方を見た。
「……?」
「………………ど、どうすれば」
「ああ」
首を傾げてみせれば、ポツリと尋ねられる。なるほど、対応に困っていたらしい。
「メアくん慰めてえー……」
「………………」
「……えっと、撫でてあげたら?」
私とセルテくんの様子を交互に伺い、その末にメアくんはそっとぎこちなくセルテくんの背を撫でた。慣れていないのだろう、片方の口角を上げただけの不格好な笑顔もセットでついてくる。
「……あははっ。可愛さはあんまりだけど……メアくん、ありがとお」
くふくふ笑うセルテくんはすっかり気分が良さそうだ。良かった良かった。
にしても、ニオくんはわかるがフィートくんまで何かの跡取りなのか。それにライくんという名は確か前も聞いた。唯一会えていないもう一人の後輩のことだろうか? ……こういう知らないことって正直全部手帳には載ってそう。
手首が折れてから今の今まで存在を忘れていた、忌々しき乙女ゲーム仕様の副産物。そろそろあれも見るべきか。ちょこちょこ死んではいたが、それでも第三区画が始まっている感じはまだしない。あれ、ということはつまり、これから何かがある……?
「───ネ、リューネ」
「は、はいっ!?」
「どうした、ぼうっとして。体調が悪いなら戻りなさい」
「あ、いえ! 大丈夫です。本当にぼうっとしてただけと言いますか……」
「それもどうかと思うが……」
おっと、気づけば先生に呼ばれていた。思いついてしまった嫌な予感を脳の中でたゆたわせつつ、苦笑いを返す。
ぼうっともしますよそりゃ……。
ヘラヘラ笑って辺りを見回せば、セルテくんとメアくんは笑顔講座をやっていて、先生は相変わらず本を読んでいて、アレウス先輩はこちらをじっと見つめている。
「……? アレウス先輩? どうしたんですか?」
「リューネ」
「はい」
その表情はやけに真剣だ。
「もしや貴様も、あの祭りの中に行きたいのか!?」
「………………」
あ〜〜……そう来たか〜〜……。
予想外の思考回路にちょっとばかし天を仰ぎたくなった。尋ねなきゃ良かったな。
「え! そーなんですかあ!? せんぱい行きましょおー!」
「……一応聞くが本気か?」
しかもすぐに反応出来なかったのが仇となって、期待マックスの瞳と訝しげな瞳を同時に向けられる。
「あ、あのですね……」
違うんだ。興味を惹かれないと言ってもそりゃ嘘になるが、どうしても行きたいわけじゃない。命の方が大切だ。
私は弁解を試みたが、その前にアレウス先輩が痛いほど強い青を振り撒いて発言をする。
「先生、皆で行きましょう! 我々は比較的マシ、なのですよね? 俺は監督がいれば平気だと考えます!」
「せんぱいかっこいー! 行きましょ行きましょお!」
「……三対二。過半数が賛成しているなら俺も行きます」
私は賛成してないですメアくん……。
とは言えど、もう止まる気はしなかった。多分先生も同じ気持ちだ。
先生は深くため息をつくと、眉間を押さえた。
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