月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

十五話 片鱗が見え隠れしています

公開日時: 2020年12月26日(土) 01:04
更新日時: 2021年12月22日(水) 19:05
文字数:4,025

 そわそわとしていれば、突然ノックもなしに扉が開け放たれた。悠々と、ペッカー先輩、そしてレムレスくんが現れる。


「……あ? なんだよ、学園長いねえの?」

「呼びつけておいて、全くなんだというんですかね」


 彼らはそれぞれ不満を並べながら室内へ足を踏み入れた。あっ今、目あった?

 とりあえず背もたれの影から挨拶をしておく。


「こ、こんにちは」

「……リューネ……思っていたより、早い再会ですね」

「あー、そうですね……」


 私の姿を初め視界に捉えたペッカー先輩は、少しだけ嫌そうな顔をした。例えるなら、げっ……! という感じだ。そりゃね、今日だけで何回会ってるんだって感じだしね。

 しかし歳上なだけあって、事態の飲み込みは早い。すぐに彼は私の前の席に座ってくれた。「待たせてもらいますよ」とふんぞり返った言葉も一緒だ。


「………………」


 一方レムレスくんはと言うと、彼は私の隣に座った。いつもより更に鋭い眼光から察するに、ペッカー先輩を警戒しているらしい。いやでも共犯者なんだよね? 


 ちょっと疑問だが、まあ少なくとも、仲良しでは無いのだろう。ビジネスパートナーならぬ、クライムパートナー的な……。何それって感じだけど……。


「おやおや、見せつけてくれますね。リューネがお気に入りですか、レムレス君」

「それはこっちのセリフだペッカー。随分こいつにご執心らしいな」


 かたや微笑みをたたえ、かたや今にも舌打ちしそうな表情で、ふたりはチクチク罵りあって? いる。そんな所に割って入るのは気が進まないが、仕方ない。

 早いところ聞いてしまいたいことがありありなので、私はおもむろに手を挙げた。


「ペッカー先輩、レムレスくん、お話したいことがあるんだけどいいですか」


 ふたりの視線がこちらに集まる。ペッカー先輩が無言で先を促してきたので言葉を続けた。


「えっと、じゃあまず、ふたりとも実行犯……なんですか?」

「……はあ?」


 そして早速訝しげな顔をされた。しかしレムレスくんは、すぐにペッカー先輩の方を睨みつける。


「おい、ペッカー! お前、こいつに言ったのか……!」

「ええまあ。僕の仕業だとバレていたようなので」


 舌打ちしそうどころか殴りかかりそうな気迫だが、ペッカー先輩は何処吹く風。おかしいな、予想以上にふたりの相性が最悪な気がしてきた。


 自然と自分の眉が寄るのがわかる。その上、この酷い空気感で平然と「紅茶あります?」とか言い出すものだから、ペッカー先輩って本当に他人どうでもいいんだな……なんて印象を持った。

 反感を買いそうな態度である。というかもう既に買っているか。


 私が遠い目をしたのと、レムレスくんが机を思いっきり叩いたのは同時だった。

 資料とか全部持ってってくれてありがとう学園長……。


「お前っ!」

「ああ、ああ、うるさいな。これだから人間は……」

「はあ!?」

「素直に認めたらいかがです? お前も所詮、こちら側なんですよ」

「っ……この野郎……!」


 殺伐とした雰囲気の中、とうとうレムレスくんの手が持ち上がる。私はそっと、そんな彼の服の裾を引いた。


「レムレスくん」

「……チッ!」


 名を呼べば、優しいレムレスくんは止まってくれる。盛大に舌打ちをして、ソファに深く倒れ込んで、最後に髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。数秒かそこらの葛藤だった。


「おやまあ、すっかり飼い犬ですか」

「……うるせぇな……」

「だから、うるさいのはお前ですよ、レムレス。会う度会う度、何度心の中で僕を殺しているのやら。まったく恐ろしい」


 ペッカー先輩はいつの間にか現れていた茶器に杖を振る。

 黒地になにか謎の文字がびっしり刻まれた、万年筆のような杖だ。程々に短くて、太さがある。それからやっぱり、宝石が細工されていた。


 微かに舞った光の粒が半分ほど私のブレスレットに吸い込まれる。それに気を取られているうちに、ペッカー先輩の手には淹れたての紅茶があった。


「それは、お前もだろ……俺は心なんて読めねえけどよ。お前が俺に向けてくる殺意は全部わかってんだ!」


 そうしてふたりは睨み合う。私は展開に置いていかれてしまった。


 え、これ、話しかけていいのかな……。


 聞きたいことは全然聞けていないのだけど、既に学園長に戻ってきて欲しい気持ちでいっぱいだ。


「……あの、仲、悪いんですね?」

「悪いなんてもんじゃない」

「悪いなんてものじゃありませんよ」

「あっはい。……えーと、じゃあ、なんで共犯になった、の? レムレスくん」


 首を傾げれば、憎々しげにレムレスくんは口を開いた。


「無理やりの成り行きだ。俺らは両方、死に関わる家系なんだよ。死者と、死という概念そのものを冒涜するって、いつだって除け者扱いだ」


 彼は荒っぽい手つきでティーカップを掴む。それから「ゴミはゴミとつるむしかねえんだよ」なんて言い切ったそのままの勢いで、一気に湯気の立つ鮮やかな紅色を喉の奥へ流し込んだ。


「へえ……?」

「へえってあなた、もう少しまともな反応があるでしょう」

「えー……いや、でも……」


 例えば納棺師、例えば葬儀屋、例えば墓守。そんな役職たちが全て死を冒涜しているかと言うと、それは別だ。少なくとも、私の故郷では。いっそ逆に感謝すべきである。

 私はそんな意味のわからない理由で彼らが遠巻きにされるのは納得がいかなかった。まあ、性格とかは抜きとして、だ。


「なんか、変? ですね」

「あ? 何がだよ」

「だって、ぐちゃぐちゃのままの死体より、綺麗に眠ってるみたいな遺体の方が私は辛くないし……」


 葬式に出た覚えは今の私にはないし、もしかしたらその今にも起き上がりそうな様子こそが辛い人もいるかもしれない。けれど、私はどうせなら綺麗に送られたいし、送ってあげたいと思った。エゴなのは承知の上だ。


「そもそも、人は絶対いつか死ぬのに……全部放置は無理だよ。お家のことはよくわかんないけど、私からしたら凄い良いことしてると思うな……?」


 私のことも、もし死に戻りが機能しなくなったらその時は、ちゃんと死化粧を施して花を添えて燃やして骨を拾って欲しい。きっとろくな死に方をしないと思うので。


 いやまあ、一番は帰りたいんですけどね。


「あっ全然的外れだったらすみません忘れてください」


 死に戻りをしている身として、ついベラベラ語ってしまった。我に返った私はすぐに謝って、縮こまる。


 ふと、真正面から笑い声が聞こえた。耐えきれずに漏れたような、殆ど吐息の音だ。


「やっぱり変ですよ、あなた……」


 顔を上げれば、苦しそうな、嫌そうな、でも本気の拒絶じゃなくて、何かを望んでいるような、ペッカー先輩の複雑な表情が見える。

 取り乱していた時とはまた違う意味での、人間らしい姿。


「そうですかね……」

「ねえ、レムレス。お前もそう思いますよね?」

「……ああ、今だけはお前に同感だよ」


 ふたりは深々とため息をついた。とげとげしかった空気がマシになる。


「つ〜かお前、そんな顔出来たんだな。やっぱ、リューネを特別視してんのそっちじゃねえ?」


 そんな中、レムレスくんがニヤリと口角を上げた。からかっているのか、煽っているのか、どちらにせよ、ちょっとその後の展開が心配になる一手だ。

 しかし、ペッカー先輩の方が一枚上手だったらしい。


「……まあ? 彼女は僕だけのお人形さんなので」

「…………はあ!?」

「ですよね?」

「え? あ、はい。一応……」


 そういえば言ったなそんなこと……。


「お前、バカか!?!?」

「えっ酷くない?」

「なんで、このっ……バカ!!」

「ご、ごめん……??」

「負け犬の遠吠えがうるさいですね」

「ぐぅ……!」


 私をダシに、ペッカー先輩はレムレスくんを打ち負かし? た。そしてまた一口、優雅に紅茶を飲む。


「先輩って、結局なんでこんなことしたんですか?」

「ああ……我が家系は剥製魔法を得意とするんですよね。ですからそれを活かして食品や生き物の防腐処理をしたり、標本を作るんですが、ちょっと自分も試して見たくなりまして」

「……それはつまり?」

「好奇心ですね。人間の方が面白いでしょう。着せ替えごっこも思いつきです。勿論人形は好きですけど」

「なるほど〜……」


 にっこり、清々しい笑顔で言い切られてしまえば、もう私は頷くしかできない。第一、裁くのは別の人がやることだ。


「まあじゃあ、もうやめてくださいね」


 きちんと学園長とかに怒られるなら、十数回程殺されたのも、まあ、いい。飲み込もう。今は生きてるし、そんな痛くなかったし。


 結局チュートリアルの爆速即死光弾が一番痛かったかもしれない。次点であの、水による窒息死。


「それだけですか?」

「あ、じゃあレムレスくんはもう巻き込まないであげてください。相性悪そうなので」

「はいはい。で?」

「え、もうないです」

「おやなるほど、悪女ですねえ」

「ええ……?」


 こんなに善良でよわよわな生き物他にいないと思うんですけど……。


 解せない気持ちになりつつ、隣で頭を抱えるレムレスくんを見る。


「あの、大丈夫?」

「だいじょばね〜よ……お前、マジで危機感って知ってるか?」


 懐かしくも慣れ親しんだ、げんなりした表情だ。その様はすっかり苦労人で、迷惑ばかりかけてちょっと申し訳ない。


「知ってるよ」

「でもわかってねえだろ」

「……否めない……」

「ほらな」

「で、でも、レムレスくんがいるからね。大丈夫だよ」


 死に戻りを繰り返しすぎて警戒心や危機感がないのはそうかもしれないが、私にはニオくんもレムレスくんもペッカー先輩も学園長もいる。みんな私が激弱なのを知っているから、もう私のことを殺さない。なら、警戒する必要なんてないだろう。


「いっつも、ありがとう」


 覚えてないのは知っているけれど、今までのループの分も含めてお礼を言った。なるべくちゃんと、感謝が伝わるように。

 なのに何故か、レムレスくんは固まってしまう。


「あ、あれ?」

「……リューネ。あなた、やっぱり悪女ですよ」

「そんなあ……」


 ペッカー先輩まだちょっと私の事嫌いだったりします?


 困ってしまった私をよそに、どこかでピロンと聞き覚えのある音がした。

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