月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

二十三話 挑戦することも必要です

公開日時: 2021年7月16日(金) 17:25
更新日時: 2022年2月16日(水) 19:01
文字数:4,770

 うーん、おかしいな。


 ジュスティ先輩に言われるがまま助手もどきをしているうちに、目的の薬が出来上がってしまった。てっきりまたどうせ死ぬものだと思っていたのに、拍子抜けだ。


「ジュスティ先輩、これでいいですか」


 最初大鍋になみなみ入っていた水は様々な材料と混ざり合い、火と随所随所でかけられた魔法の力で濾過されたり蒸留された。その結果、完成品として残ったのは片手に収まるほどの小瓶三個分の液体である。

 少しとろみのある、薄緑色のこれは、風邪薬の原液らしい。子供が飲む時にはここから更に甘く味や香りをつけるのだと、ジュスティ先輩が教えてくれた。


 小瓶に色のついた組紐をかけ、そこにラベルを通す。あとはこれを先生に提出するだけだ。


「ああ、それで良い! 貴様と組んだにしては、案外早く終わったな」

「ありがとうございます……? えっと、先生は……」

「もう戻ってきているぞ」


 一限目が始まる前にジュスティ先輩からあの暗殺者を引き渡された先生は、授業中も何度か姿を消したり現したりしていた。よく考えれば、それも誰かが私へ嫌がらせをするに踏み切った原因かもしれない。なんにせよ二、三回分の私の死と釣り合うくらいには調査が進んでいて欲しいところだ。


「ほんとですね……じゃあ、見せに行きますか?」

「いいだろう。後片付けも余裕を持って行いたいからな!」


 まあとりあえず、死ななかったということはこれが正解ルートだったということに他ならない。生きていることを噛み締めておこう。


 ジュスティ先輩が他の班の間をドンドンすり抜けて行くものだから、私も必死にそれを追う。わ〜足はや〜い……。


 私に合わせてくれるわけがないのは当然だし、元々Ⅳ組の生徒たちとは男女の差もあるのでどれだけ置いていかれたって全部仕方ないのだが、こういう小さな優しさが私のトラウマを癒すわけで……出来ることならなるべく優しくして欲しい。残念なことに伝えることは出来ないけれど。


 というかそんなこと言い出したらみんなに殺されるのも仕方ないし、トリップしちゃったのも記憶が思い出せないのも仕方ないで済んじゃうのかなあ……。ちょっとあまりにも私が可哀想じゃない? 前の私なんか悪いことした?


 しかし相も変わらず故郷での自分を思い出すことは出来ないのである。ほんとに早く帰りたい。


「──おい、おい! 聞いているのか!」

「え? あ、はい……あ、や、いいえ……?」

「どっちだ! 貴様がぼうっとしているうちに大体終わったぞ。ほら、評価もいただいた!」

「わ、ほんとですね。すごい……」


 押し付けられた共同レポートの一枚目には綺麗な赤で点数と確認済の印が書き込まれており、目の前の彼の手から三つの小瓶は消えている。ちなみに内容はほぼ全部ジュスティ先輩が書いてくれた。

 これであとは死にさえしなければ、やっと一歩前進だ。嬉しい。でも進行おそ〜……。


「全く、貴様は俺に強さを証明するのではなかったのか!」

「ええ……と、すみません……?」


 それ、先輩が勝手に決めた約束なんですけどね。


 言ったらなんだか怒られそうなので、心の内に留めておく。ジュスティ先輩の声がよく通るからか、視界の端のペッカー先輩とレムレス君のペアが、揃ってうわ……とでも言うような顔をしたのが見えた。出来る限りのことならするから助けて欲しい。無理? 無理かあ……。


「返事だけは良いのだから困りものだな……とにかく! あとはこれを片せば暫く自由だ。最後まで気を抜くなよ」

「はぁい……」


 また、指示された通りに私は動き出す。本当は少し移動するだけでも死亡フラグが乱立からの即回収されそうで怖いのだが、現状恐怖度トップはやはりジュスティ先輩にやられた水泡による窒息死なので、逆らえるわけがなかった。


 気を抜いても抜いてなくても死ぬのはどうすればいいんですか先輩……。


 唱えてはみたものの、恐らくそれはジュスティ先輩どころか誰にもどうすることも出来ない。




「……そこまで。一限目は終了だ。完成できなかった班は……無いな。では各自二限目に間に合うように動くこと。解散」


 大きな鐘の音が聴こえ、それが鳴り終わると今度は先生がそう言った。そして室内に集められていたうちの殆どは、一斉に外へ出ていく。その際にⅣ組となんて居られるか、なんて陰口も聞こえたりして、ちょっとダメージを受けた。


 うーん……なんというか、いたたまれない……。


 いや、わかるよ、わかるけどさ……という気持ちになる。

 なんなら何度も殺されている私が一番彼らのやばさをわかっているはずなので、厄介度に関しては全面的に同意するのだが、それでも悪口を耳にしてしまうとあまり気分は宜しくない。


 少し考え込んでいると、知らないうちに近くまで来ていたレムレスくんに小突かれた。


「わっ……」

「リューネ、おい。授業終わってんぞ」

「レムレスくん……もう目、さめたの?」

「あ? まあ……さすがにな。つ〜かよぉ、お前次どうすんだ?」

「え? なにが?」


 首を傾げれば、レムレスくんはため息をついた。それから、カチカチと腕時計を操作して、青緑のウィンドウに記載された今日の時間割を見せてくれる。


「おら、読んでみろ」

「……月曜日、二限目……ひ、飛行、術?」

「そ〜だよ。飛行術だ」


 な、なにそれ〜〜〜!?


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。


 え? なに? 空飛ぶの?


 私は瞬きを繰り返す。信じたくなかった。しかし時間割は何回見ても、どう見ても、そのニュアンスだ。


 これ、飛ぶ。私わかる。これ、絶対空飛ぶ!!


 理解した途端、絶望に襲われた。だって……さあ、そんなことある?? というかそもそも……!


「お前、魔法使えねえよな?」

「うん」

「それに体調わり〜と近くで魔法使われるだけでヤバくなんだろ?」

「うん……」

「つ〜かアイツとあんな約束だかしてんなら、ジュスティのヤツ、お前の事情知らねえんじゃね〜の?」

「その通りです……!!」


 思いついていた懸念事項を全て言われてしまった。私はまた、幾度かの死を繰り返す覚悟をしなければいけないかもしれない。


「お前の周り、どうなってんだよ……」


 案外常識人のレムレスくんは、この惨状にドン引きしているようだ。しかも結構露骨に。

 どうにもなってないからこうなってるんだよ……。


「と、とりあえず……今からでも先輩に話す? とか?」


 あの人が今すぐ真剣に話を聞いてくれる確率と、そこからこちらの言い分を素直に信じてくれる確率を考えると、ダメ元どころか死に元の提案である。


「でももう監督先輩いなくない?」

「えっ」


 つい、辺りを見渡す。あの眩く目立つ青色はたしかにいなかった。いやしかし、逆に納得だ。ジュスティ先輩が用もないのにこの場に留まるわけがない。人と群れるタイプじゃ無さそうだし。


「っていうか……ニオくん!」

「えへへ、きっとここだと思ったよー! リューネ、おつかれさま!」

「……うん、ありがとう」


 いつの間にか出入口のところに立っていたニオくんは、手を振りこちらへ駆け寄ってくる。お疲れ様、というその一言がよく沁みた。そうだよね、私頑張ったよね……!


「えーっと、たしか風邪薬だっけ? レムレスと組んでたの?」

「あ、ううん……ジュスティ先輩と」

「え! すごいね、監督先輩気難しいでしょー」

「ん……まあ、そう、そうだね……?」


 とにかく死なないように、誰にも殺されないように、と動いていたので、正直記憶がないというか……ピンと来ない。ただまあ、確かにあの言動は気難しいと言うのかもしれない。どうせ変わらないものだと思っているし、私を殺さないなら別にそれでいいから大して気にしていないけれど。


「いやどう考えても面倒だろアイツ。お前感覚麻痺してんじゃね〜の……?」

「そ、そうかなあ」


 ぶっちゃけ否めない。かも。


「とりあえず、二人もそろそろ移動したら? オレは……次は場所すら被ってないからな、うーん。レムレス、よろしく!」

「はぁ!? ……まあ、なんかあったらな」

「よし! じゃあリューネ、次も頑張ってね。絶対無理はしないんだよ? なんならオレのこと呼んでくれてもいいからね?」

「う、うん? ありがとう?」

「ん! じゃ、また後でね!」


 また軽く手を振ったニオくんは、笑顔で脱兎の如く走り去っていく。それは私には絶対に追いつけない速さで、だからこそ今朝、私の歩くスピードに合わせてくれていたことに感謝の念を覚えた。


 ていうか今朝の事なのになんかもう遠い昔のことみたいで、ちょっと泣きたい。今すぐ一夜明けたりしない? そして帰れたりしようよ、ねえ。


「ったく、さっさと行けっての」

「……ニオくんは跳ばないんだね」

「あ? だってアイツ足はえ〜しな」

「ええ? だからって……」

「ただはえ〜んじゃなくて、呪いだか祝福だかでバカかってぐれぇはえ〜んだよ」


 今度のレムレスくんは跳ばずにいてくれるらしい。彼はゲンナリした顔で歩き出す。


「アーティファクトって知ってっか?」

「知らない……」

「だよな。あ〜魔法具の別名っつ〜か、魔法具の中でも特に古かったり珍しい、又は歴史的や文化的な価値があるとされるもの……が、アーティファクトって呼ばれるんだけどよ」

「うん」

「アーティファクトは大抵のヤツにとってはゴミなんだよ。意味わかんね〜魔法無駄に厳重にかけられてたり、呪いとか厄介な祝福が封印されてることもあるし、触んね〜方がいいっつ〜か……とにかく普通はそんなん扱わね〜の」

「うん」


 私たちは来る時に使った渡り廊下をスルーして、実験棟の一階からそのまま直接外に出る。一気に視界が眩しくなった。レムレスくんは特に、色素が薄い分眩しいのだろう。嫌そうに顔を顰めている。


「けどパリッソはただの商人一族じゃね〜から、それも扱うわけだ。で、そのアーティファクトを一つダメにして手に入れたのがあの足の速さなんだよ」

「なんか……すごいね」

「ま〜な、イカレ頭のくせして、アイツも外面は良いし。あの家がすごくないわけもねえし」


 少し上にある彼の横顔は、なんだか拗ねているようにも見えた。咄嗟に私は口を開く。


「別に、レムレスくんもすごいじゃない」


 ところが、これといった返事は返って来ない。まあそっか。そんなものか。


「……お前からしたらどうせ全員すげ〜だろ」

「え? ご、ごめん。なんて言ったの?」

「何でもね〜よ。おら、校庭ついたぞ」

「あ、ほんとだ」


 今度はⅣ組の生徒、それもA教室の人しかいないようだ。広い校庭のあちこちにバラけて鐘の音を待つ彼らの姿は、あまり協調性があるとは言えない。


「ま、言えなくても頑張れよ。ほどほどにな。あとニオのことは呼ぶなよ。マジで来るからな」

「うん……うん?」


 疑問に思った時には既に、私はジュスティ先輩の方へ背を押されていた。あっそうだ、異世界人ですって言わなくちゃいけないんだ。


「あ、あの、ジュスティ先輩……!」

「なんだ、特待生!」


 後ろの木にピッタリ背中をくっつけて腕を組み立っていたジュスティ先輩は、どうしても異世界人発言を信じてくれそうには見えない。でも、それでも言わなきゃ……!


「あのですね、私、実は……」


 そこまで言いかけて、鐘が鳴った。……は?


「十分休みが終わったな。特待生! 皆の方へ行け。俺はここから動けない」

「え、あ、はい……え? 動けないのって、なんでですか……?」

「俺は今、狙われている。わかったら離れろ」

「あっはぁい……」


 混乱しっぱなしだ。もうなんなの?

 私は後ろ髪引かれる思いで、それでも流石に死にたくなくて、その場を離れた。だってこれ事情を話すとかそんな場合じゃない。


 ていうかちょっと色々起きすぎじゃないですか?


 二時限目の私のミッションを羅列すると、ジュスティ先輩に巻き込まれず、ジュスティ先輩に私の強さ? を証明しつつ、飛行術という授業そのものも乗り越えること。になる。無理じゃん……。



 久々に強く実感した世界の厳しさに、私のハートはキリキリ傷んだ。



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