どうにかする。何度もそう私に伝えてきたレムレスくんだが、実際に何をどうするのかと言ったことは一切話してくれない。覚束無い足取りで歩く彼の横に浮きながら、私はひっそりとレムレスくんが纏う異質な雰囲気に怯えていた。何せ、例えば少し遅れて後ろに下がってしまうと、その途端焦ったように名前を呼ばれて振り向かれる。レムレスくんは余程私を監視したいようだ。
これ、もし勝手に離れたらいったいどうなっちゃうんだ……?
それは絶対に検証したくない疑問である。
……しかしそれにしても、私はいつまで幽霊なのだろうか。死に戻りをしないのは、どうせいつもの乙女ゲーム強制力のせいだと、何かしらこの状態でキッカケを作ればまた戻れるはずだと、そう思っていた。けれど、未だに私は戻らない。
私の本体を消滅させれば、二度目とはいえ死の判定を擬似的に引き起こせるのでは? なんて考えから死体を燃やすことを頼もうとしていたが、それよりはこの私。幽霊の私が今存在していることがダメな気もしてきた。一体どうすれば戻れるのか。
「……ずっとこのままだったら、どうしよう」
つい、そんな言葉が零れてしまう。直後、ぐるんと頭をこちらに向けてきたレムレスくんと目が合って、こんなこと言わなきゃ良かったと思った。いやほんと、割と切実に。
「………………」
「………………」
灰の瞳は色だけで見るならば薄く明るい印象をもたらすのに、今のレムレスくんの目は何処かおかしい。具体的に何がどうとは言えないが……短期間で死に戻りを繰り返した後の絶望した私に似ているようで、少し違う。これはなんなのだろう。彼は今、何を思っているのだろう。
黙ったまま、こちらを見たままのレムレスくんは少なくとも正常では無さそうで、久しぶりに彼のことを怖いと思った。
「あ、あの……なんでもないから! 気にしなくていいから、ね。ほんとに……」
取り繕うようにそう伝えても、レムレスくんの瞳の翳りは消えない。けれど、一応追求はしないでいてくれるようだ。
「……離れるなよ」
「は、はい……」
ゆらゆらふらふら、レムレスくんがまた歩き出す。その歩みは遅いが、着実だ。人混みに差しかかると、レムレスくんは鬱陶しがるような素振りで人を押しのけてでも進むようになった。
「レムレスくん……? ちょ、ちょっと横暴じゃない……?」
「お前の方が大事だ」
「そ……れは、あり、がとう……??」
もう死んでるけど……。
でも、せっかくこうして死体の私の元へ一刻も早く向かおうとしてくれている訳だし、それを言うのは野暮なのかもしれない。ああ、早く戻りたい。
ビクビクしながら辿り着いた私の死に場所には、沢山の人がいた。一番真っ先に目に入ったのは、水から引き上げられた生気のない私。それと、濡れることも厭わずそれを抱える、ニオくんだ。彼の表情は、俯いていて伺えない。
でも、そこに私はいないのに。ただ、私の形をしているだけの冷たい塊なのに。それでも大事に私の死を悔やんで悲しんでくれているのが伝わって、やけに申し訳なくなった。今までは死ぬ度に時間が戻るから、後のことなんてなんにも知らないし考えたことも無かったのだ。
「レムレス先輩、いらっしゃったんですね」
隅の方では薄緑に光る結界? の中でセルテくんが涙を流している。悔しげなアレウス先輩と、拠り所なく立ち尽くすフィートくん。辺りを囲む人々の中には、ここまでの道中では一切姿を見なかったのに、なぜかペッカー先輩もラヴァン先輩もドゥエン先輩も居た。
他にも色々と思っていたより酷い有様だが、こんな状況でも、メアくんは割と冷静らしい。いつもの淡々とした声が聞こえて、レムレスくんと二人揃ってそちらへ向く。
「よう」
短くながらも、私相手とは違いレムレスくんはちゃんと返事をした。それにホッとしたのもつかの間、何故かメアくんとばちり、目が合う。
「え?」
「……レムレス先輩」
「あ? んだよ」
「もしやリューネ先輩はそちらに居るのですか?」
そして、急に放たれた空気を読まないその問いに、みんなが様々な感情の籠った眼で一斉にこちらを振り向いた。
「ひえ……」
反射的にか細く声が出る。レムレスくんが私を庇うかのように身体を動かし、それを見てメアくんはやはり、と頷いた。
「なんで分かった?」
「レムレス先輩のお隣では、先程から常に空間にエネルギーの揺らぎが生じています。これが一番の理由ではありますが、貴方は、俺達と違ってやけに落ち着いていますから」
その言葉を聞いて、もう一度ちゃんとメアくんを観察する。ついさっきまでは彼だって随分落ち着いてるように見えたのだけれど、今度のメアくんは……確かに無理をしているように感じた。一つずつ罪悪感が積もっていく。
「……そうだなあ。そうかもしんねぇな」
それに呼応するように、レムレスくんの口の端がくっと釣り上げられた。と同時に、ペッカー先輩がレムレスくんの胸ぐらを掴む。
「………………」
「………………」
「えっ……!?」
無言で睨み合う二人に慌てているのは、私だけだった。なんで!
メアくんには存在を看破されたが、それでも話が通じるのは未だにレムレスくんだけなのでとりあえず呼びかける。
「レ、レムレスくん!?」
裾を引っ張ろうと伸ばした指先がすり抜けた。ああもうダメだ! 止めれない。私ってやつは幽霊になっても無力なのか。
「……お前、何か手立てはあるんでしょうね」
「ハッ。なんだ、死んで嬉しかったんじゃねぇの」
「うるさい。僕だって混乱してるんですよ、珍しくね」
「お前から吹っ掛けてきたクセによくゆ〜よ」
一触即発だ。いつかと違うのは、その理由が私の死体だということか。いざこざの緩衝材になってくれそうなニオくんは、ずっと私を抱えて話にならない。
「はいはい、ちょっとクトゥムは退けて」
その時、今の今まで先生と何かを相談していた学園長が近づいてきた。
「クトゥム、お前ならわかるだろう。これが何を考えてるのか」
「……それは、そうですけど」
「ほら。だとしたら、そっちのリューネも大事にしなくちゃね?」
「………………」
よくわからない会話だ。だが、二人の……いやもしかしたら、私以外の全員の中では筋の通ったものなのかも。ペッカー先輩は顰めっ面だったが、それでもレムレスくんの襟元は解放された。
「リューネ、居るのかい?」
「いる」
「いると思われます」
「へえ、そう」
そうやって先輩を追い払うと、学園長は笑顔で尋ねた。しかしその笑みは、到底良いものとは言えない。まあその、そんなこの状況で晴れ晴れと微笑まれても若干傷つくのはそうなのだが、それにしても先程のレムレスくんに近くて怖い。
ほぼ同時の返答に、学園長の笑みは深まる。メアくんに私がいる辺りを示され、こちらを見た。でも、学園長には私が見えないらしい。
「あはは、全く分からない! お前より強くても、こればっかりはダメなんだなあ」
「……学園長」
「なんだい? レムレス。ああいや、当てて見せようか?」
「御託は要らね〜よ。俺が自分で言う」
「……そう」
そしてまた、学園長は冷たく笑った。ニコニコ、いつもより貼り付けたみたいな笑い方は、ずっと見ていると怖いだけじゃなくて辛くなる。
「じゃ、頼むよ?」
「前置きが長ぇよ」
「はいはい。皆、レムレスから一つ提案があるらしい。聞いてやってー」
その前から視線は集中していたけれど、その発言によって更にみんなの意識がこちらに向かってきたのがわかった。
そんな中レムレスくんは堂々と、しかしすぐにでも割れそうな薄氷の上に立っているかのような不安定な雰囲気を纏って、口を開く。
「俺はリューネを生き返らせる」
「……え?」
時間が止まった気がした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!