月を背負ったファム・ファタル

君のために世界は回る
月浦 晶
月浦 晶

二十四話 機転を効かせて頑張るべきです

公開日時: 2021年7月19日(月) 18:15
更新日時: 2022年3月3日(木) 20:20
文字数:4,111

 また出席の点呼をした後、Ⅳ組の生徒たちはそれぞれ杖を取り出した。ところが私は杖なんて持っていない。それに、先生に言われて木陰から出てきたものの、依然として一人離れたところに佇むジュスティ先輩が気になって仕方ない。

 そのせいで、先生を見上げたり先輩の方を伺ってみたり……私は一人だけ、落ち着きもなく困っていた。


 聞こうかな……どうしようかな……。


 先生は単純に怖いし、ジュスティ先輩もどこかピリピリとしている。いや、なんなら先生もさっきよりちょっと怖さ増してるよね?

 言葉選びを間違えたり機嫌を損ねて両者に何度も殺された私が言うんだから、きっと当たりだ。うん、ぶっちゃけどっちにも話しかけたくない。


 しかしそれでもⅣ組の担任はこの未だ名前もわからない先生で、私のもう一人のお世話係というかなんというか……はジュスティ先輩であった。


「あの……」


 ちなみに飛行術は詳しく言うと、杖を別のものに変換? させて、そこへ魔力を流し溜め込む。定着するまで数秒待ってから、溜めたその魔力を使って空中での制御をはじめとした様々なことを行う、というものらしい。更に言うと結局魔法はイメージのようで、本人が飛べればどんな形でもいいし、なんなら通常の原理で飛べていなくても構わないそう。


 私なんかはホウキでふわふわ〜とか、そんな単純なことしか思いつかないけれど、もし私が魔法を使えたらそれをそのまま実現できたのかもしれない。そこまで考えると、ほんの少しだけいいな、と思う。


「……どうした」

「えと……私は、どうすればいいですか……?」

「今日の体調は?」

「え? あ……割と、平気、です」

「ブレスレットはまだ壊れていないか?」

「は、はい」


 でもブローチは多分壊れました。とはさすがに言えない。


「では、誰かに乗せてもらえ。なるべく高くまで飛ぶように」

「えっ……。……あ、はい……」


 先生なんで? ねえなんで??


 とりあえずまず大人かな……と指示を仰いだのが運の尽きだった。どうしても拒否できない自分が憎い。話が終わってしまったので、先生は全員が見える位置にさっさと移動してしまう。納得出来るかは別だが、とにかく指令が下されてしまった以上、もう先生を引き留めれる用事はない。


 私は致し方なく、言われた通りの"誰か"を探して校庭に散らばるみんなをあたってみることにした。




 まず候補に上がったのは、既にある程度関係のある二人だ。


 レムレスくんは事情を知っている上になんだかんだ優しい。ペッカー先輩はなんかもう散々殺されたし仲良く誘拐もされたしやっぱり事情も知っているしで、遠慮する意味がない。というのが主な理由である。

 というか、出来ることならなるべく後輩に情けないところは見せたくないし、今のジュスティ先輩はもう論外だろう。こんなの実質二択だ。


 そして、二択を一択に絞るためには、どちらがより安全そうかを見極める必要がある。


「あ? リューネ、お前そこいたらあぶね〜ぞ」

「うん……まあ、そうかな。とは思うんだけど、のっぴきならない事情がね……?」


 花壇にほど近い芝生の辺りにいるレムレスくんへ近づけば、彼の杖は既に別のものに変化していた。彼が杖の代わりに手に持っているのは、硬く乾いた細長い原木だ。横向きで飛ぶことを想定しているのだろう、一部が座りやすいように歪んでおり、先端にはランタンが括り付けられていた。


 忠告はありがたいが、今は残念なことに引き下がれない私である。へらりと苦笑いをして見せれば、怪訝そうな顔をされた。


「……なんか言われたか?」

「言われた。誰かに乗せてもらえ……って」


 端的に事情を伝える。するとレムレスくんはため息をついた。なんとなくごめん。


「なら、俺じゃない方がいいぜ」

「え? そうなの?」

「俺は飛行術の成績よくね〜の。だからイメージしやすいように、魔力貯めとく目印でランタンも付けてんだよ」

「そうなんだ……」


 どうやら二人乗りで空を飛ぶのは中々難しいことのようだ。責任が取れない、と断られ、私の選択肢はひとつになってしまった。


「じゃあ、ペッカー先輩かあ……」

「あ〜……いいんじゃねぇの? アイツ、ムカつくけどこれに関してはセンスあるからな」

「そうなの?」


 ちょっと意外だ。いやでも、別に不良ってわけじゃなさそうだし、そりゃあ得意な授業の一つや二つあるか……。


「私が頼んで聞いてくれるかな?」


 しかしペッカー先輩があんまり素直に頷いてくれるとも思えず、そう尋ねれば、レムレスくんは眉を顰めた。


「……お前バカだな」

「えっひどい」

「んなのわかるだろ。おら、行け」


 よくわからないが、呆れられてしまったのようだ。彼はペッカー先輩の方へ追いやるように手を動かして、私をあしらう。


「はぁい……レムレスくん、ありがとう」

「ハイハイ……ったく」


 そんなわけで、私は花壇付近から逆時計回りに少し歩いて、グラウンドの土の上で既にぷかりと浮いているペッカー先輩の元へやってきた。


「ペッカー先輩」

「はい、なんでしょう」


 どう見ても一人用じゃない、三人くらいは乗れそうな大きな絨毯? に座っている彼は、名を呼べば間髪入れずに返事をくれた。


「あの……いや、うーん……どこから言えばいいですかねえ」

「は? あなたそれは無いでしょう。歯切れ悪すぎますよ」

「そうは言われましても……」


 単刀直入に乗せてください、じゃもちろん伝わらない。かと言って、先生にこう言われてレムレスくんにこう勧められて〜と説明をするのも、お互い面倒だし嫌がられそうだ。


「……レムレスとはあんなに話してたじゃないですか」

「はい? それって関係あるんですか?」

「あなたのそういう所嫌いです」

「ええ……すみません……?」


 別に好きになって欲しい訳では無いが、真正面から嫌いと言われるとさすがにちょっと刺さった。

 まあそもそも人間なだけで彼にとってはみんな嫌いなんだろうけど……。


「私は……先輩のこと、嫌いじゃないですよ」


 殺される時も回数は多かったけどあんまり痛くなかったし、心を読まれるのもそんなに今のところ問題ないし、最近は人間嫌いにしてはよく話してくれて結構優しい。まだ少しトラウマは疼くが、それもいつか風化することだろう。多分。


「ペッカー先輩、これ乗せてくれませんか? 私、誰かと空を飛ぶように先生に言われちゃって」


 やっといい言葉が思いついた私は、私の胸の辺りまで浮かんでいる絨毯にそっと両手を乗せ、ペッカー先輩を見上げる。彼の緑色の瞳は色味こそ明るいが、ぐるぐると淀んでいた。へんなの。


 けれど、ああもしかしたら、人間と関わることが増えたから疲れたのかもしれない。死に戻り十数回目程の私もきっと、こんな目をしていたはずだ。

 そう思えばなんだか親近感が湧いてきたので、黙ってこちらを見つめてくるペッカー先輩の返事を根気強く待つことにした。


「………………手」

「はい?」

「手、貸してください」

「……どうぞ?」


 そのうちに彼は手を差し出してきたので、言われた通りに従う。どうやら諦めて折れてくれたらしい。ふわりと浮遊感がして、絨毯の上に乗せられた。思っていたより手触りが良い。


「わ、すごい。ありがとうございます」

「いえ、別に」

「そういえば、なんでこんな形なんですか?」

「……空をひとりで飛んでいると、何も聞こえなくて落ち着くんです。けれど乗り心地が悪いと快適な時間の質が落ちるでしょう。だから、逃避のためにこれだけは頑張ってましたね」


 皮肉げに口元を歪ませ笑ったペッカー先輩は、更に少し高度を上げた。魔法も何も関係なく、ただ飛び降りたら怪我をしそうなくらいの高さになってきて、少し怖い。


「あの、先輩。これどこまで上がります?」

「まあそれなりには」


 それなりってどれくらい〜〜〜??


 高所恐怖症ではなかったはずだが、掴まるところがないというかなんというか。安定感が足りない気がしてやっぱり怖い。せめて安全運転に務めて欲しい。


「ていうか、私乗ってほんとに良かったんですか?」


 一人で空にいると落ち着くというのは、単純な音だけでなく心の声も聞こえなくなるからだろう。

 正直なところ、彼の能力? のことはよくわからない。興味がないので詳しく聞いたこともない。手帳には心の機敏を視ると書いてあったが、声や音として捉えることも可能らしい。条件とかあるのかな?


 まあとにかく、共に誘拐された時にちょっと追及してからはふわっと何となくで流しているが、本来それって大変なことだと思うのだ。その印象はずっと変わってない。

 だから、私もつい顔見知りだからって頼ってしまうけれど、もう本当は彼に近づく意味もないし……返答次第では今後の身の振り方を考えるべきなのではないか。と、そう思ったりするわけである。


「嫌だったら乗せてませんよ」

「……それはそうですね」


 しかし、乗せてくれる前はあんなに渋ったくせに、案外あっさり返されてしまった。うーん、でもたしかに。本気で嫌なら、ペッカー先輩は一瞬で拒否しそうだ。


「じゃあ、人嫌いじゃなくなったとか……」

「は? 冗談にもなりません。そんなわけないでしょう」


 あっそれは違うんだ。


「そうなんですねえ」


 結局、何故か私の存在は彼の中で黙認されている。ということしかわからなかった。まあそれならそれで、うん。ペッカー先輩がいいならいいや。

 どうせ私は死に戻りに苦しめられているだけなので。


 気づけば絨毯は丁度校舎の三階の窓辺りまで浮き上がっていた。そよ風が気持ち良い。そういえば、他のみんなはどうしているのだろう?

 恐る恐る首を動かし、まず周囲を見回す。同じ高度には誰もいない。そこでどうにか下の方を覗けば、ぷかぷか浮かんだレムレスくんが見えた。その近くにセルテくん、ふたりは会話をしている? ようだ。そして先生は相変わらず地上に立っている。


「あれ?」


 ジュスティ先輩はどこだろう。あんなに目立つ人を見つけれないなんて有り得ない。再度周囲を見回すと、タイミング良く青色が落ちてきた。


 ……落ちてきた?


「えっ」


 今まさに急降下中のジュスティ先輩と目線が交わる。いや、なんで? 何やってるんですか!?


 割かし平和だな〜などとぼんやり思っていたが、幻覚だったのかもしれない。




 こんなの私にどうしろって言うんだ……!!



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