それから私は少々目元が赤くなったジュスティ先輩や、無傷の学園長と共に館を出た。ホールの崩落跡を見てさすがの学園長も顔を顰めていたのが印象的だった。
「まったく、リューネはいつも無茶をするね。結局これも使わなかったし」
「あ……す、すみません……」
出発前、学園長に持たされたお助けグッズが詰まったポシェット。腰のベルトの輪っかの部分に引っ掛けるようにして持ち運べるはずだったそれは、何度目かのループから装備をやめた。中身の説明をされると、ちょっと申し訳なさで胸が痛い。
「まあ、無事ならいいんだけれどさ。で、アレウス」
「………………」
「アレウス?」
「は、はい!」
「これは、どうしたい?」
これ、と称されたのは、私たちの後ろに佇むジュスティ家のことだ。なんでも殺人級だったあのトラップたちは、国が防犯対策で付けていたらしい。ここは元々築ウン百年とかでそれなりに歴史的価値があったそうなのだが、その上事故物件になってしまったために、住む人間も居なければ取り壊しにも踏み切れず……という感じで、とりあえずの処置だったようだ。
つまり、床が落ちたのは家が傷んできていたことによる連鎖反応で、あれ自体は罠じゃなかった。本来は人が死ぬわけないものばかり、ということである。まあ私はどっちにしろ死んだんだけど。
「……そう、ですね……」
「お前が生きている以上、この家はお前のものだ。冤罪の訴えが通れば……というより、その手帳も後押しになるから通るだろうと思っているのだけど。とにかくそうなればここの修繕費用は国から出るだろう。押収された家財も返ってくるはずだ」
「………………」
「ああそれに、私がアレウスを匿う必要も無くなるね」
以前学園長室で見たファイルが宙から現れる。澄まし顔の学園長はそれを難なく手に取った。そしてパラパラとファイルの中身を再確認すると、私の方へ後半のとあるページを開いた状態で、ファイルを渡してくる。
そこにあったのは、見知らぬ男性について調べられ纏められた事細かな資料だ。添付された写真の中の男性は、やけに身なりが良い。おそらく貴族階級の人なのだろう。
「これ。この写真のやつが、アレウスの殺害を依頼してたんだよね」
「えっ……あ、そうなんですか……」
「そうそう。突き止めて依頼をやめさせるの、なかなか手間でね〜まあ今は前に捕まえてくれた下っ端暗殺者くんと一緒に拘束してるんだけど」
「へぇ……」
温厚そうな顔つきとは裏腹に、なんともまあ酷いことをするものだ。自然と少し眉が寄る。ここからは本当に私が介入できる領分ではないし、張本人でない私に何かを言う権利はない。ただ、この貴族さんには真っ当に、正当に、罪に見合った罰を与えられて欲しいと思った。
というか今回って、やっぱりほぼ学園長が何とかしてくれたよね……。
「……学園長はすごいですね。私はなんか……まあ、無茶といえば無茶ばかり、で……」
尊敬の意から開いた口だったが、言葉を紡ぐ度、私の声は萎んでいく。ああ、なんだか墓穴を掘ってしまった気がする。
「うん? そうだね。たしかに私は大抵の事はこなせるよ。その賞賛は素直に受け取ろう。それにリューネが無茶ばかりなのも、私から見たら事実と言う他ない」
「う……」
「でもね、あと一歩が足りない時。私はいつもリューネに助けられてきたよ。ありがとう」
学園長はそう言って、微笑んだ。
ジュスティ先輩の巻き添えで死んで始まったこの第二区画。学園長が死に戻りを認識しているわけはないけれど、こうしてお礼を言われると、死んでいった沢山の私も無駄じゃなかったんだと思える。
死亡以外にも、選択肢のせいで強制的に後輩との仲を拗らせられたり、紐なし空中バンジーをさせられたり、他にも二度も三度も暗殺者と対峙することになったり、エトセトラエトセトラ……本当に大変だった。
いや、にしてもろくな目に遭ってないな!?
一瞬、解放感に騙されてさも良い思い出かのように回想したが、そんなことは一切なかった。もう既に第三区画が怖い。
学園長、お願いだからその訴訟の件が終わったらなるべく早く、一刻も早く私が帰る方法探してください。
「さーて、と。アレウス、考えはまとまったかい? そろそろ帰りたいんだが」
手の中のファイルが消えた。学園長に倣って振り返れば、ジュスティ先輩は頷く。
「はい」
「よしよし、じゃあお前の結論を聞かせてもらおうか」
「俺はこの家を修繕して、かつての両親と同じように管理していきたいと思います。ですが、良ければもう暫く……今まで通りで居させてください」
そして彼は、深く頭を下げた。学園長はそれを見て、面白そうに笑う。
「なるほどね。まあ、お前の理想のためには私と繋がりがあった方が有利な時も多いだろうし?」
「いえ! そんな理由では……!」
「あはは、いやいや冗談。これでも多少はお前に情があるんだぜ? 別に好きにすればいいよ」
「っ……ありがとうございます」
どうやら、ジュスティ先輩は学園長へ相当恩義を感じているようだ。元より礼儀正しい人ではあるが、いつも以上に敬意を払っているのがありありとわかった。
まあそっか……ある意味命の恩人みたいなものだろうし……。
とりあえず、今後何かが劇的に変わる訳では無いらしい。私的にも死亡原因がひとつ減っただけでだいぶ生活が楽になる。これからお互いもっと平和に生きれるというなら、それは良いことだ。
「はい! じゃあ転移の魔法式書くから、ちょっと二人はそこら辺で待ってるように」
空気を切り替えるような学園長の発言を受け、私は学園長と入れ替わるように、門柱の近くにいるジュスティ先輩のところへ歩み寄る。
「………………」
「用があるなら言え」
「あ、えっと……隣にいてもだいじょぶですか?」
「……構わん」
「ありがとうございます」
相変わらず腕を組んで佇んでいるだけで威圧感は抜群だし、私を殺した時間軸があるという事実が消えることは無いけれど、彼にも色んな過去があって色んな思いをこれまでしてきた。それを考えると、見た目で判断したり、ただ恨むことなんてもう出来そうもない。
なんなら、命を狙われていたイコール死の危険があった、ということで……ちょっぴり同族意識すら芽生えた気もする。
「先輩先輩」
「なんだ」
「お互い頑張りましょうね」
「……貴様は何を頑張るんだ」
「そりゃあもちろん、死なないように過ごすことですよ!」
当然だ。死ぬのは基本辛いし痛いし、そう何度も繰り返したいものじゃない。これは本当。遺憾ながら死に戻りなんてものに縛られている私だが、死亡は最低限にしたいに決まっている。
当たり前のように言い切れば、ジュスティ先輩はフッと笑みを零した。
「ああそうだったな……貴様は弱い」
「そうですよー」
何せ異世界人だし。
「弱いくせに、やけに強いから、不思議なものだ。それに、目を離すとすぐおかしなことになっている」
「ん……? それ褒めてます??」
首を傾げれば、ジュスティ先輩は私を見下ろすのをやめて、顔を正面へ向ける。
「学園に居座るなら、誰かが監督してやらねば」
続いたその一言は、明らかに私への許容だった。
そうだ、そういえば私はこの人に学園をやめろと言われていたのだ。なんだかそれすら懐かしい。というか別にいつだって私も学園をやめれるものならやめて、さっさと故郷へ帰りたいんだけど……今はさすがにそんな思いは野暮だろう。
大事なのは、ジュスティ先輩が私へそう言ってくれるほど、彼の中で心境の変化があったということだ。
「……そうですね。よろしくお願いします」
単純に嬉しかったものだから、笑いかけた。
「あ、そうだ。先輩は何を頑張るんですか?」
「別に目標は変わらない。俺は爵位を賜り、王宮に勤める。そしていつか……」
「いつか……?」
「俺が我が家門に恥じない当主となった時、この家に住もうと思う」
その時、ふわりと風が吹く。揺れる青髪の向こうに見えたジュスティ先輩は、いつもより何倍も柔らかく微笑んでいた。きっと、今後はみんなの前でも、こうやって肩肘張らないジュスティ先輩がいるはずだ。
「そっかあ……素敵ですね」
「……貴様にも感謝している。巻き込んで悪かったな、リューネ」
「え、ああいえ! 全然……」
たしかに巻き込まれはしたが、それも避けられないものだった。逆に巻き込まれに行かなければ、謎の力で更に酷いことになっていたかもしれない。少なくとも私は、これで良かった。終わりよければすべてよしとも言う。
「良ければ、俺のことは名前で呼んでくれ! その……これからも同じⅣ組として、よろしく頼む」
「それは……良いんですか?」
「ああ。これが今できる貴様への誠意の見せ方だ」
おもむろにこちらへ差し出された手は、どう見ても握手を求めている。そうか、私は結局選択肢のせいで逃げたから、彼とは握手を交わせていないのだ。
少し目線をさ迷わせてから、私はそっと手を重ねる。よし、ちゃんと心構えをすればこれくらいなんてことない。
「こちらこそ、よろしくお願いします。アレウス先輩」
一番初めなんかは、彼が私に向けた手には杖が握りしめられていた。敵意に満ちた瞳に怯え逃げようとすれば、その杖の先端から水泡が現れて……私は苦しみ死ぬ。
もう殺さないでくださいね。
晴れやかな表情のアレウス先輩を見つめ、心の中だけで、そう唱えた。そして手と手は離れる。
「そうだ、じゃあ私も先輩にお伝えすることが!」
「……? なんだ」
「私、魔法にめっぽう弱いのは異世界人だからなんですよ」
「は?」
私の弱さは結局、別世界の人間である。というそのたった一点からきているものだ。だからこれは前々から伝えたいと思っていた。
「あ、学園長が呼んでますね。行きましょう、アレウス先輩!」
「は、いや、おい! おい、待て!!」
やっと言えた〜よかった〜!
追いかけられても、何故だか恐怖は感じなかった。
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